今日から女 (ショートショート79)
朝の談話室。
「女になるぞー」
皆を前に、小林恵一は声高らかに宣言した。女として、残りの人生を送ろうというのである。
女になることは以前からずっと考えていた。
ただ他人の目が気になり、思い悩み、ためらい、これまでどうしても口に出せなかった。
しかしだ。
このまま男であり続けたなら、かならずや後悔する日が訪れる。これからは自分の気持ちに正直に生きるのだ。
恵一の宣言に、皆があきれた顔をしている。
だが、恵一は真剣である。
「もう決めたんだ!」
前にもまして大きな声で言い放った。
完璧な女。
今さらそれは無理である。だが、オネエぐらいにはなれるはず……。
――まずは見かけからだな。
恵一はさっそく女になる準備にとりかかったのだった。
ここは事務室。
若い女が飛びこむように入った。
「お化粧品と女物のパンツがほしいって、小林さんがそう言い張ってきかないんです。ダメだって、何度も言ったんですけど、どうしてもって」
「パンツって、小林さん、たしか紙オムツじゃなかったかしら?」
「はい、ずいぶん前から」
「こまったわね。でもどうして、そんなことを言い出したのかしら?」
「女になるんですって。どうも、朝のニュースを見てから急に……」
「朝のニュース?」
「放送してたんです、平均寿命のこと。女性は男性より七歳ほど長いって」
「そうかあ、長生きしたいのね」
「もう十分してますけど」
「そうよね」
施設長はクスリと笑ってうなずいた。
今年、小林恵一は百歳になる。
この介護施設では一番のご長寿。
本日もすこぶる元気である。