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12.旅の楽団? 嘘つきは盗賊団の始まり

 ジロ。名前さえ与えられなかった彼を識別するものとなった。

 

 トーレスを頭目とするこの四〇あまりの集団は(トーレス)が言ったとおり裏も表もなく楽団だった。

 旅をしながら街々で曲芸や楽曲、見世物小屋を人々に興する集団。俺達は彼等に拾われた。

 

 

 倒木に捕まったまま川を下っていたのだが、いつの間にか眠ってしまい、そのまま流され続けたようだった。食べすぐ寝るとなるものは豚ではなく、死体かもしれん。コレ()な。まあ、食べ過ぎ注意ってやつだ。


 気が付いた時には埃っぼい毛布に包まれていたのだか、とにかくその温かさに安心した。

 当然、辺りを確認してうえで仰向けになってお約束はしてみた。天井無かったけど。


 

 

 彼等が言うには川縁に漂着した逃亡奴隷の死体を弔うつもりで引き揚げたのらしかったが、生きている事が分かると介抱してくれたようだった。

 

 一番の心配事だった、この異形の身に驚かない事を不思議に思っていると、一団にいる異形は自分一人ではなく、それも複数存在していた。

 

 全身を体毛に覆われた女性。象男とでも呼べそうな容姿の大男。見世物小屋の見せ物としてその身を衆人に晒すことで対価を得ていたのだが、彼等は稼ぎ頭でもあり、平等に扱われる一団のメンバーでもあった。 


 どうやら珍しい動物や芸をする動物もおり、サーカスの一団といった方が的確なのかも知れない。

 

 見ようによっては逃亡奴隷に見える俺達は見せ物としての価値は無く、ただ養われるだけだった。

 ふと、積み荷の荷下ろしを黙って手伝おうとしたのだが、「気持ちは嬉しいが、ガキに仕事させるような集まりじゃないぜ俺達は」と何か触られたくない様なものがあるのか勘繰った。


 そうして数日の間、この集団の様子を観察していた一言も発せずに。彼等の目には陰鬱な少年に映っただろうか。

 

 

 小さな街で興行を終えたある晩、膝を抱えて様子を伺っている俺達の横にトレースが立つと、此方を見もせずに語り出した。


「出自や川で流されていた理由は語らなくて良いからよ、お前らの名前くらい教えちゃくれないか? 初めに言ったとおりオレ等はよ、見たまんまの旅の楽団さ。お前に何かしようとは思っちゃいねえよ。お前が何かをしようってのなら、オレ等はオレ等が出来る範囲で助けてやるさ」

 

 『何このイケメン。台詞までイケメンじゃねぇか』


 これが率直な感想。

 

 『いけめんって何?』

 

 同居人の質問は無視する。居候は俺かも知れないが。

 

 「旅の楽団っていうのは嘘だと思ってた」

 敢えて辿々しく応える。

 

 「ははっ オレ達が嘘ついてたらそれこそ盗賊団になっちまうじやねぇか。嘘つきが泥棒の始まりならば集団で嘘ついちまったら窃盗団だな」

 

 いや、まさに盗賊団だと思ってましたよ。俺。

 

 「で、名前は?」

 

 これは困った。何も考えていなかった。内面でやり取りする限り俺達に呼称は必要ないが、普通に生活をしようと思ったら呼称は絶対に必要だ。

 

 早急に考えなくてはと焦る。

 

 名無しの権兵衛? 溺れていたから土左衛門? 生きてるけど。名前を言っても良いあの人? 寿限無? ヨシ○コ? ユ○スケ? ……和名は微妙だ。ならば英名か? ジョン・ドー? いや、一人分だけでは駄目だ。俺自身の名前も考えなければいけないとなると。FとAか? そんな良い作品産み出せない。ドリーとテリーか? 頑健なイメージはないな。ウィルバーとオーヴィルか? 生涯さくらんぼは勘弁。……いまいちピンとくるものが無い。

 

 遠くから『おーい帰ってこーい』とでも言っているような何かの遠吠えが聴こえてきた時にピンときた。

 

 「……タ……ジロゥ」

 「ジロって言うのか! そうか! 宜しくな! 改めてオレはトーレスだ。何か困った事があったらオレに言うと良い」

 あっ……。


 『じろってなあに?』

 『……今、お前のものになった……お前の名前だ。人の中で暮らしていくには自分を表す言葉が必要なんだ』

 

 『そっか……ぼくの名前か……じろ。ぼくの名前。ぼくの名前はじろ』

 どうやら名前が嬉しかったようでジロは眠るまでずっと名前を反芻していた。


 *


 翌朝、目が覚めたジロは朝の挨拶よりも前に「ぼくの名前はじろで、キミの名前は?」と聞いてくる。

 

 「……太郎……いや、タロだ」

 安直な思い付きで出てきた名前をそのまま言うことは出来ずに、ジロと同じように短く区切った。

 

 「ぼくの名前はじろ。キミの名前はたろ……」

 またしても名前の反芻が始まり、それは朝飯まで続いた。

 

 由来は絶対に説明できないな……これは……。

 

 

 *

 

 

 襤褸を纏った黒く禍々しい少年。


 見た目を客観的に表現するとやはりこうなるらしい。ハゲが付かなかったのは彼等の優しさだろうか。

 

 この異質さは街ではとても目立って居たようで、有ること無いこと噂されてしまっていた。

 噂なんて所詮噂でしか無いと言っていたトーレスでさえも、予想していた売り上げに届かないとなると、頭を抱える他ないようだった。

 街を離れた後でどうするかと云う話題に成ったときに、服があれば良いと意見した。

 

 同年代の者も、ジロと同じくらいの背格好の者はいなかったので、サイズが一番近い楽団のメンバーから譲り受けた。

 そのメンバは渋々ではあったが、トーレスが「次の街に行ったら新しいの買ってやるから」と一言言うと喜んで差し出した。これには楽団の他の女性が抗議したのだが、「そんな金があるならとっくにプレゼントしてやっていたさ」の一言で終わった。イケメンテラオソロシス。

 

 「コレすごくきれいだね」とジロは喜んで衣服を提供してくれたサリーというダンサーに率直な感想を述べていた。つまり、女性物というわけだ。

 口許を隠すベールまでついた衣服だったので、初めは彼女の名前なのか洋服の名前なのか混同した。

 

 俺の男としての尊厳のために言っておくが、男の娘願望はない。「you言っちゃいなよ」と尋ねられても答えはNOだ。と思う。

 

 こんな問答でこの集団を盗賊団にするわけにはいかないよな。

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