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11.ジロ

 幾つもの油染みが付いた木製のテーブルの上には食い散らかした肉類や飲み掛けのアルコールに混ざってコインが並べられている。

 幾つもの書きなぐりが見られる紙の上に置かれたそれら銀色の表面には、周囲で明々と燃える松明の炎がそのまま映る。

 

 余程の物好きが集団に居たのであろう。硫化した銀貨を念入りに磨きあげたのか、保存に細心の注意を払ったのかの何れかだ。

 

 

 テーブルを挟んだ二人の人物は一言も発っさず、じっと互いの表情を読み取ろうとする。

 一人は深く被ったフードとベールで表情どころか、目元さえも伺うのが難しいように思える。椅子に腰掛けた高さからして年少の域を出てないことが窺える。

 

 対するもう一人は頬に傷跡の残る柄の悪そうな男。顎髭を無精して伸ばしたその男は傭兵だと言われれば、傭兵のようにも見えるし、盗賊だと名乗れば盗賊であることを疑わないだろう。

 

 到底、堅気には見えないが、精悍な顔付きからして男前と言っても過言のない若い男は銜え煙草のまま、正面の人物をじっと見据える。その火種は唇とほんの少しの隙間しかないのだが、それを気にする素振りさえも見せない。


 

「うーん……コール。かな?」

 フードの人物が少し甲高い声でそう呟くと、周囲がどよめく。

 そのどよめきを気にする素振りも見せず手にしたカードを静かにテーブルの上へ置く。

 

 Qと4のツーペア。


 

 それまで内面を晒さないよう堪えていた男が苛立つようにテーブルへ札を投げ置く。衆人がテーブルの上を滑ったカードを目で追うとJと8のツーペアと分かる。

 

「くそっ負けだ! まーた負けた!」

 男がそう口惜しがると、ギャラリーは更に盛り上がる。彼等二人の賭けの最中であったが、その二人の勝敗に対して賭けが行われていたのだ。

 

「よーし、ジロに賭けた奴に配当するぞー」

 胴元役になった男がジロと呼ばれたフードの人物に賭けた面子に金を配る。

 

 

「賭けた金額と変わってねえじゃねーか」

 配当を受け取り、金額を確かめた男が声を荒げる。ただそこに不穏な空気はなく、酔っ払いがふざけて大声を出したようなものだ。

 

 胴元役の男も直ぐ様「そりゃそうだろ、皆が皆ジロに賭けたからな。穴狙いで賭けたのもトーレスの旦那だけだもんなあ」と笑って返す。


 

「揃いも揃って、お前ら全員がこのガキに掛けるなんて……せめて全取り位の夢を狙っても良いんじゃねえのか? 俺に賭けたのが俺だけしか居ねえってのは寂しいぜ」

 勝負に負けた男がそう応える。

 

「トーレスの兄貴の運は俺達も信じちゃいるが、カードに関して言えばジロの勝負強さには敵わないですぜ。まるでこっちの手札が見えてるんじゃねぇかって位上手い駆け引きするからなあ」

 Jのカード二枚の表と裏を交互に透かすように見ながら別の男が返す。

 

「それで、どうするんだ? ジロ。勝負はお前の勝ちで間違いない。賞品は前に言ってたアレで良いのか?」

 

「うん。出来れば黒いのが良いな。それとボクのサイズに合わせてくれると嬉しいんだけど」

「そうか、分かった。男の約束に二言はないからな、明日には手配させる」 

「うん。ありがとう。それと、これ食べても良いんだよね?」 

「ああ、構わないぜ。それも勝ったお前の物だからな」

 

 それを聞いた小柄な人物が、ベールを取り、深く被ったフードを脱ぐと綺麗に剃り上がった黒い頭が現れる。

 

 スキンヘッドと言えば強面の代名詞とも言えるのだが、幼顔には似つかわしくなく、笑顔を浮かべるその小さな顔も黒い。

 

 ただそれが黒い皮膚ではなく、呪術的な刺青が隙間無く施されたものであると気付くと大抵の人は驚きと共に後退る。現れたのは異形と呼べるものだったが、この中でそれに驚く者は誰一人として居なかった。 

 

 ジロと呼ばれた少年がテーブルの上の腿肉にかぶり付く。その光景はまさに食べ盛りと形容できる食べっぷりで、見守っていた周囲の食欲さえも揺り動かした。

 ごくりと誰かが喉を鳴らしたのが聴こえたのか、「一人じゃ食べきれないからみんなで食べようよ」と少年が声を掛けると待ってましたとばかりに一同が揃って食事に手を付ける。こうなると早い者勝ちだ。

 

 *


『やっぱり大勢で食べるご飯っておいしいし、楽しいね』

 

『ああ、そうだな……』

 

『ずっと続くと良いね』

 

『ああ、そうだな……』

 

『お腹でも痛いの?』


『ああ、そうだ……いや、すまん。考え事していた』



 あの村から脱出してから既に20日程経っていた。何らかの形で後を追ってきておかしくはないだろう。

 

 あの儀式の場に居たものには昏睡の状態異常を漏れ無くプレゼントしてきたのだが、魔力や魔法が存在するのなら、俺の与えた状態異常など幾らでも回復する手段がある可能性が高い。

 

 追われる立場であることは、愉快な日々が続く程、その重圧が蓄積するばかりでしかなかった。

 

 俺の心の安寧はいつ訪れるのだろうか。

 

意図せずフラグが立ったような。

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