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1-9 夜襲

「というわけで、あなたたちの先生は少し具合が悪いので、お医者さんに連れて行くことにしました。ひとまず今夜は私たちが先生の代わりです」


「せんせーだいじょうぶなのー?」


「早く元気になってほしいね……」


 孤児院に戻った俺たちは、まず子どもたちに先生についての説明をした。

 しばらく帰ってこれないこと、その間の面倒はこの国の人間が見てくれること、そして、今夜だけは俺たちが孤児院にいて面倒を見ること。

 今日はもう帰ることが出来ないが、明日の朝一番で教会へ戻り、報告しなければならない。

 そのため、ずっとここにいるわけにはいかないのだ。


 子どもたちには申し訳ないと思ったが、俺たちは二人とも料理が出来なかった。

 夕食は買ってきたもので済ませ、子どもたちを部屋に戻して寝かせる。

 ルナが聖女と言うこともあり、子どもたちはずいぶんと信用してくれているようだった。

 

「寝静まりましたね」


「みんな腹いっぱい飯が食えたからな、腹に血が行っているんだろう」


 子どもたちの寝顔は、なんとも健やかなものだった。

 水浴びもさせられたし、久々に良い環境で寝られているからだろう。

 

「それにしても……クスリか、あの様子だと相当な人数に出回っているな」


「でしょうね。そういえば、先ほど回収人からとある情報を渡されました」


 ルナの手には、紙切れがあった。

 いくつか文章が書かれている。

 いつの間に渡されたんだろうか……。

 回収人は神出鬼没とは、よく言ったものである。


「西地区含め、この国全体で行方不明事件が続出しているそうです。十分注意するようにと」


「……何かクスリの売人どもとつながりを感じるな。勘だが」


「私もそう思います。どうやら行方不明事件が起き始めた時期と、ここの孤児院の先生がクスリに溺れた時期はかなり近いようですし」


 さっき、報告のために子どもたちに先生のおかしくなった時期を聞いておいた。

 その時期と、行方不明事件が始まった時期が近いらしい。

 関係性を疑うのは自然だろう。

 

「ま、明日から教会に調べてもらえば分かることだろう。今日はもう寝とけよ」


「あなたは?」


「寝れると思うか? 俺は護衛だぞ」


「難儀な仕事ですね」


「誰のせいだと思っているんだ……」


 護衛は、確実に安全と言える場所以外では寝ることが出来ない。

 まあそんなところ滅多にないわけで、教会に戻ったときくらいしかまともに寝られないだろう。

 二、三日なら寝ずに動くことは出来るが、その先は厳しいな。

 ……移動のときに、少し寝させてもらうか。

 

「では、おやすみなさい」


「ああ、おやすみ」


 ルナは開いていた部屋のベッドを借りて、そこに横になる。

 俺はその周りで待機だ。 

 眼を閉じたルナの顔は月明かりに照らされ、とても美しかった。

 本当に、黙っていれば美人なんだがな……。


「無防備なやつだ」


 一応、俺も男だってのに。

 まあ頼まれても手を出したりしないけどな。

 ――――そう言えば、あいつの寝顔もこれくらい綺麗だった気がする。


「ん?」


 そのとき、外に設置しておいた俺の『結界』に、反応があった。

 俺はすぐに窓の外を見る。

 窓から差し込む月の光が、何かで遮られた。

 次の瞬間、俺の視界は真っ黒に染まる。


「がっ――――」


 意識が飛びそうな激痛を全身に感じながら、俺は部屋の壁をぶち破って廊下に転がった。

 ホコリが舞う中、ぼやけた視線の先には男が立っている。

 右腕が、床に着くほど大きい。

 何だ……あの腕は。


「くそっ……」


 頭を振って、意識を覚醒させる。


(まずい、剣を落とした……)


 壁に背中をつけながら立ち上がると、再び視界が黒く染まった。

 さすがに二度は喰らえない。

 とっさに廊下に転がり、体勢を整える。

 俺の視界を埋めたのは、またも男の拳。

 身長と大差ない大きさを持つ、鋼鉄の拳だ。

 

「ずいぶんイカした拳だな、おい」


「……」


 男は壁に刺さった拳を引き抜くと、再びそれを振りかぶる。

 受け止めるってのは絶対に無理だ。

 腕が使い物にならなくなる。

 後ろに跳ぶのも危険性が高い。

 ならば――――。


「よっと!」


「フンッ!」


 前しかない。

 真っ直ぐ向かってくる拳の下を潜り、前転して男の向こう側へ抜ける。

 その間に、落ちていた剣を拾い、鞘から抜いた。


「ムッ!?」


 男は左手で裏拳を放ってくるが、普通の腕なら防げないことはない。

 腕を交差させて防ぐ。

 前言撤回。

 普通の腕でも重いわ、こいつ。

 たたら踏んだ俺に、男は鋼鉄の拳の方を振り上げる。

 しかし、ここなら焦ることはない。

 すでにルナのいる部屋の前だ。

 迷わずそこに飛び込むと、俺の後を巨大な拳が通過する。

 

「ククリ!」


 部屋に飛び込んだ俺が見たものは、黒い装束に身を包んだ男二人に羽交い締めにされる、ルナの姿だった。


「目的は果たした! 撤退だ!」


「おう!」


「逃がすかよ! 糞野郎どもが!」


 窓から逃げようとしている二人を追うため、俺は床を蹴った。

 後ろの大男には構っていられない。

 逆に殴ってくれるのなら大助かりだ。

 一気にルナに近づける。

 それに、足止め手段なら万全だ。


「ぎゃぁ!」


 窓からルナを抱えて出ようとした男の顔に、切れ込みが入る。

 顔を押えてのたうち回る仲間に、残った男は悲鳴を上げた。


「な、何だ!?」


 よし、ルナが男たちの腕から逃れた。

 このまま回収出来れば――――。


「動くな!」


 手を伸ばした俺を、後ろからの叫びが止める。

 部屋の外から大男を押しのけ、三人目の黒装束が現れた。

 その男の腕には、孤児院の子どもが捕まっている。

 首にナイフを押し付けられており、涙を浮かべている。


「せいじょさまぁ……おにいちゃん……」


「……外道が」


 俺は剣を下ろすかどうか悩んだ。

 仕事の都合上、何があったとしても聖女の身の安全を第一にしなければならない。

 ここは子どもを見捨てて、ルナを確保することが最良の選択肢だと言える。

 辛い話ではあるが――――やるしかない。


「悪いな……俺に人質は」


「ククリ! 剣を下げなさい!」


「……は?」


 俺が飛びかかろうとすると、ルナが怒鳴りつけてきた。

 こいつ、自分が何を言っているのか分かっているのだろうか? 

 教会の聖女が攫われるということが、どれだけ重要なことだと思っているんだ。

 下手すれば、教会の全戦力がこの街に攻めてくることだってありえる。

 当然戦争だ。

 こいつらが何であろうと、街ごと消される。

 

「私は大丈夫です。この聖女一人のために、幼い子どもが犠牲になることはありません」


「ふ、ふざけん――――」


「これは命令です」


「ッ!」


 ルナは、恐ろしく冷静な眼をしていた。

 一切の動揺もないような、逆に不気味に感じるほどの眼。

 俺はどうすればいい?

 この状況で、職を優先するならばルナを助け出すべきであり、立場を優先するならば彼女の命令に従わなければならない。

 時間もない。

 せめてこんな剣でなく、いつも使うアレがあれば――――。


「……早く連れて行きなさい。代わりに、そこの二人には手を出さないこと」


「そんな要求が」


「待て、俺たちの目的は聖女だけだ。こいつらは後でもいい」


「……チッ」

 

 待てと、声をかける前に、ルナは男たちに縛られ、抱えられてしまった。

 ちくしょう、何か作戦があるんだろうな。


「ククリ!」


「……」


「今日の月は綺麗ですね、朝が来るのがもったいないくらい」


「……ああ、そうだな」


 そういうことかよ。

 俺はルナの命令通りに、剣を床に捨てた。

 両手を上げ、その場に膝をつく。


「よし、連れてけ。それと貴様、外に何か仕掛けをしているなら、今すぐ解け」


「……チッ」


 子どもを人質に取るほど頭が回る人間なだけはある。

 そのまま外に出ていれば、首と胴体がおさらばだったって言うのに。

 ……仕方ない。

 子どもやルナを盾にされても困る。

 解除するしかない。


「子どもは外に出るまでは連れて行く。そこで解放してやろう」


 男たちは、窓から順に外に出て行く。

 最後に、鋼鉄の腕を持つ大男が、振り返ってきた。


「じゃあな、負け犬」


 そう言って、大男は飛び降りた。

 

「……言ってくれるじゃねぇの」


 誰もいなくなった部屋で、俺はようやく立ち上がる。

 窓に駆け寄ると、孤児院の前の道路で煙が炊かれていた。

 これではどっちに行ったかが分からない。

 庭に飛び降り、解放されているであろう子どもを探す。

 

「ふぅ」


 子どもはすぐに見つかった。

 煙の外に、気絶させられて横たわっている。

 寝息をたてる子どもを抱え、孤児院の中に戻った。


「お兄ちゃん……何があったの?」


「何でもない。誰か、この子を部屋まで頼む」


 子どもたちもみんな起きてしまった。

 とりあえず最年長であるカロアにこの子を任せ、その場を後にする。

 

「全員寝てな。朝には戻る」


 孤児院から出て、俺は迷わず走りだした。

 腰につけた道具袋から、手の平大の青い石を取り出し、耳に当てる。

 すると、石から声が流れだした。


『うーん……何だいこんな夜中に。私は寝てたんだけど……』


「ゼノン、ルナが攫われた。早いとこナビゲーションを頼む」


『ふむ、了解した』


 これは、一度だけゼノンと直接会話をつなげることが出来る魔石だ。

 魔石を離すまで、常に声を届けることが出来る。

 俺の言葉に意識をはっきりさせたゼノンは、動き出してくれたようだ。


『聖女につけた発信石から、現在地と目的地を照らしだす。私の誘導に従って走って』


「ああ。そうだ、途中で武器を調達したい。武器屋を通る経路で頼む」


『了解、ならそこを右だ』


 大通りを右に曲がる。

 静まり返った道をしばらく走ると、大型の武器店があるのを見つけた。

 

『ククリ君。聖女が攫われると言うのは、こちらとしても想定内だ。多人数で襲ってくる相手に、一人で対処しろってのも無茶な話だしね。君が気に病むことはない。問題は、これから如何に早く聖女を助け出すかだ。そこは君の腕に架かっている』


「……」


『ルナから、時間制限を出されているんじゃないかい?』


 確かに、俺はルナから命令を受けた。

『今日の月は綺麗ですね、朝が来るのがもったいないくらい』、と。

 これは、朝までに自分を助け出せと言う意味だ。

 

『タイムリミットはそれだ。間に合わせるのが、君義務。いいね?』


「ああ、分かってる。そっちも連中のこと調べあげといてくれ」


『任せな。頼りにしているよ』


「頼りにしてるぜ」


 走る速度を上げる。

 まずは武器屋で武器の調達だ。

 急げ、手遅れになる前に。


 ――――聖女が、暴れだす前に。

 

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