1-5 吐露
控室に戻った俺を迎えたのは、やはりルナだった。
「抜け目ない人ですね。ちゃっかり自分の武器を隠し持ってたなんて」
「まずはお疲れ様だろうが……まあいいけど。そりゃ馬鹿正直に全部回収させるわけないだろ? 大きな武器はさすがに隠せないが、コンパクトな道具ならいくつかくすねてる」
「はぁ……まあそれはいいとして、やはりそれを使ってしまうほどにイオナは強かったですか?」
「強かった。武器がなくて『仕込み』が出来なかったら、最後の一撃を喰らって俺は死んでいた」
実際、イオナの作戦にはそれなりに驚いた。
一瞬ひやっとしたのも事実であり、武器が剣だけだった場合の防ぎ方はまだ思いつかない。
「まあ、勝利したのは事実ですしね。とりあえずはおめでとうございます。これで安心して明日からの護衛の任務につけますね」
「どーも。んじゃまた明日」
「ほんとーーーに連れない人ですね! もういいです! また明日!」
今日は最後の自由な日だから、早く解放してあげたいって言ってたのはどこのどいつだよ……。
普通に控室から出ようとした俺を押しのけ、ルナは出て行く。
相当お怒りの様子で、頬を膨らませて大股で歩いている。
「……思いの外人間味があるんだな、聖女って」
と、俺も俺で行くところがあったんだった。
歓迎はされないだろうけど。
◆◆◆
「……ッ!」
「ん、起きたか」
「貴様!」
医務室のベッドの上で、イオナが眼を覚ました。
飛び起きたと思ったら、俺を睨みつけ始める。
寝起きから忙しい女だ。
「元気そうだな。顔面にも切れ込みを入れたから心配して見に来たけど……その様子なら大丈夫か」
イオナの身体には、どこにも傷がない。
教会の医療班の技術の賜物だ。
と言っても、魔法の一つに人体を再生させるものがあるだけだが。
「……笑いに来たのか」
「だから、心配して来たって言っただろうに……まあいいや、元気なら」
俺は座っていた医務室の椅子から立ち上がり、部屋を出ていこうとする。
真剣勝負だったからと言って、女の顔に傷を残したら申し訳ないなと思った俺が馬鹿だったのかもしれない。
「……ッ! 私は! 認めない! あんな卑怯な技を使う者がルナ様の護衛などと――――」
「――――じゃあ」
イオナの叫びに、俺は振り返る。
「多人数で襲い掛かってくる外敵が、それぞれ人質を取ったり、寝込みを襲うような卑怯な手を使ってくる。そんな連中からも、ただ真正面から戦って聖女を守れると思っているのか?」
「ッ!」
「何人死のうが関係ないとする連中が、死体の山を壁にして迫ってきても、お前は守れるのか?」
「……」
イオナは黙った。
考えこむ様子を見せると、絞りだしたような声で言う。
「そ、そのような状況……例え貴様でも――――いや、誰であっても防ぎようがないだろう……」
「守るんだよ、自分が生きている内は。他の何を犠牲にしてでも、その身を滅ぼそうとも、命ある限りルナを守るんだ」
今度こそ、イオナは言葉を失ったようだ。
まあ、こいつは見たところエリート街道を行きたいだけの普通の女だからな、自分の命をかけることについてなんて考えたこともなかったのだろう。
こんな風に偉そうに語っているが、俺だって目的は金だ。
語る資格なんてないが、少なくとも、命をかける覚悟を知っている。
毎日が命がけの生活だったしな。
そもそも、成り上がりのために己を鍛えた者と、今日を生き抜くために日々力を磨いた者では、精神面で差がでる。
「……お前に覚悟があれば、あのとき身体を動かすことも出来たかもな」
そう言い残し、俺はイオナの反応を見ずに医務室を出る。
今後、もうあいつと関わることはないだろう。
基調な時間を無駄にしてしまった。
大人しく部屋に戻ろう。
明日からは辛い辛い護衛の任務だ。
◆◆◆
時間が過ぎるのは早いもので、翌日はすぐにやって来た。
少し早めに支度を済ませ、教会の外の門のところでルナを待つ。
それにしても……この神父のような服どうにかならないのか。
一応、動きやすいように余計な装飾はなく、黒いジャケットに白い十字が刺繍されているだけの服。
そして、伸縮性のある真っ黒なズボン。
上半身を4つに分けるように縫われている白い十字の刺繍以外は全部黒であり、少し悪趣味だ。
神父のような服と言ったが、これでは到底神父とは思われないだろうな。
「てか……あいつ遅すぎだろ」
そうこうしている内に、巨大な教会の建物の最上階にある鐘が、七の刻を知らせた。
ルナが来る気配はない。
それから待ったのは、20分ほどか。
ようやくルナが姿を現した。
ものすごい青い顔で、頭を押さえながら――――。
「何となく察せられるものがあるが、一応聞く。顔色悪いぞ、どうした?」
「うう……少々昨日……飲み過ぎまして……」
「だろうな」
完全に二日酔いだ、これ。
聖女ともあろう女が……他の連中に見られてたら示しがつかないな。
「若い女が何してんだか……」
「貴方だってそんなに歳変わらないじゃないですか……うっ」
確かに俺とこいつは、差があったとしても一歳くらいだ。
ちなみに俺の歳は19歳である。
「き、昨日は第四聖女に付き合わされて……うっ、ちょっと待って下さい。一回吐きます……」
「お、おい待て!」
「うぷっ」
「あぁぁぁぁ!」
俺は慌ててルナを抱えて、教会の外壁から少し離れたところに並んでいる木の下へ走った。
目の前でひたすら吐いているこいつが聖女だと言って、誰が信じるのだろうか?
俺だったら信じられそうにない。
てか、信じたくない。
そして、いくらか時間が経過した。
「――――お騒がせしました」
「本当にな」
吐き終わったルナは多少回復したようで、ようやく一緒に出発することが出来た。
となりから若干酸っぱい臭いがする。
控えめに言って、不快だ。
あと、背中をさすってやっているときに、ちょっと服の裾についた。
ものすごくこの部分をちぎって捨てたい。
「き、気を取り直して……では最初の支部に向かいましょうか」
「気を取り直すのはお前だ……はぁ」
「仕方ないでしょう? 神は二日酔いをお救いなさらないんです」
「そんなもの救ってたらキリがないだろうが」
神は便利屋か何かか。
「聖女のイメージが総崩れだぞ……」
「聖女だって人間です。酒に溺れることもあります」
「死んでも人前でそれを言うなよ?」
「言いませんよ。これでも正統派聖女なんですから」
「……」
出だしから不安しかない。
とりあえずは仕事をこなす必要があるから、俺たちはお互いに顔色を悪くしつつ、最初の教会支部がある街へと向かった。