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1-4 数手

 闘技場に足を踏み入れた瞬間、思いもしない歓声が耳に飛び込んできた。


「こういうのって、普通非公開じゃないのか……」


「非公開にしてどうする? この決闘は聖女様の護衛が交代する重要なものだ。教会内部だけでなく、街中の人間に見物してもらうべきではないか?」


「すごい自信だな」


「当たり前だ。私が『八席』に負けるはずがない」

 

 イオナは自身に満ち溢れた眼で俺を睨む。

 闘技場の観客席には、これだけの人数が暇しているのかと聞きたくなるほどの教会関係者がいた。

 観客が多いからといって緊張したりすることはないが、あまり『手の内』を晒すのはよろしくない。

 

 なるほど、そのための仮の武器か。


 ルナのやつ、俺が負けるなんて微塵も思っていないんだな。


「期待には答えないとな」


「何を言っている?」


「こっちの話。主席様には関係のない話だ。それより、そろそろ始めるんだろ?」


 丁度、観客たちの声が小さくなってきた。

 聖女ルナが入場したからである。

 数人の兵士に囲まれたルナは、入場後もっとも見晴らしのいい高所の座席に座った。

 そして、決闘開始の鐘を鳴らす担当の者にアイコンタクトを送る。


「――――これより、元訓練兵『主席』イオナ・アクアーナ対、同じく元訓練兵『八席』ククリの決闘を始める! 両者中心へ!」


「……命の保証はしないぞ」


「俺はしてやるよ」


「貴様ッ!」


「両者構え!」


 おお、怖い怖い。

 視線だけで人が殺せるなら、俺は多分10回くらい死んでいるだろう。

 それだけイオナの視線は痛いくらいに俺に刺さっていた。

 と言っても、それくらいで怯む俺でもない。

 冷静に二本の剣を抜き、両手で構える。

 イオナは腰に帯刀していたレイピアを抜くと、切っ先をこちらへ向けた。


「――――始め!」


「ッシ!」


 イオナの鋭い突きが繰り出される。

 砂埃が舞うほどの踏み込みはそのまま剣の速度につながり、神速の突きへと昇華された。

 しかしながら、明らかな殺意が込められた一撃など、真正面からであれば察知しやすい。

 片手の剣で軽くいなすと、もう片方の剣をイオナに向けて振る。

 

「ふん」


 身をかがめて俺の剣をかわしたイオナは、引き戻したレイピアをお返しとばかりに突き出してきた。

 完全に顔を狙った一撃。 

 当たれば即死、だが避けやすい。

 首を倒してレイピアをかわす。

 イオナの舌打ちが聞こえた。


「これくらいはかわせるようだな」


「当たり前だ」


 お互いに硬直したことで、一度距離を取る。

 イオナは少し息を吐き、レイピアを構え直して俺を睨みつけた。

 どうやら、クールダウンは済んだようだ。

 さきほどまでの分かりやすい殺気は隠れている。


「ふぅ……」


 ここからは、一筋縄ではいかないだろう。

 感情に身を任せて突っ込んできてくれれば楽だったが、冷静になられてしまうと話が変わってくる。

 ここからが本番だ。


「ふっ……ふっ……」


 小さな跳躍を繰り返し、息を整える。

 ギアを上げなければならない。

 武器は違うが、身体の調子を限りなく本来の戦闘スタイルに近づける。

 さて、どこまでこの二本の剣が持ってくれるか――――。


「行くぞ!」


「せっかちなことで」


 さっきよりも速く重い突きが繰り出される。

 俺は飛び上がってそれをかわすと、空中で身を捻った。


「せやッ!」


 真上から両手の剣を叩きつける。

 同時に襲い来る二本の剣を受けきることは、至難の業だろう。

 現に、レイピアで受けることには成功したが、力負けしてイオナは後ろへと弾かれた。


「くッ……」


 今が攻め時。

 たたら踏んでいるイオナに追撃すべく、俺は地面を蹴った。

 一気に接近し、勢いに任せて剣を振る。

 速さを意識した攻撃に、イオナは防御を優先したようだ。

 俺の連撃をレイピアでいなし、受け流す。

 だが、おそらくこいつは防御に慣れていない。


「らッ!」


 二本の剣でイオナを後退させた直後に、回し蹴りを放つ。

 

「ぐっ……」


 持ち手で直撃を避けたイオナだが、体重差や不利な体勢だったと言うこともあり、大きく吹き飛んで尻もちをついた。

 倒れたイオナに歩み寄り、その首に剣を突きつける。


「終わりだ」


「――――誰がだ」


 突如、視界の隅で何かが動いた気がした。

 一瞬の判断で、その場から後ろに跳ぶ。

 

「チッ」


 イオナの舌打ちが聞こえたと思えば、一瞬前まで俺の頭があった位置に、一筋の線が通った。

 その線は空中でバラけると、地面にパタパタと言う音をたてて落ちる。


「――――水の魔法か」


「よく分かったな」


 イオナの周りには、こぶし大の水の玉がいくつか浮いていた。

 人間の持つ『魔力』と呼ばれる超常の力を使い、人の領域から外れた現象を起こす。

 それが『魔法』である。

 俺は一切使えないから詳しくないが、確かこの水の玉は高難度の水魔法だったはず。

 訓練兵だったときの授業で習った。

 一見するとただの水の塊だが、これは発動者の指示で――――。


「撃ち抜け!」


 ――――一撃必殺の弾丸となる。


「速い……ッ」


 俺は真横に跳び、地面を転がった。

 先ほどまで俺がいた場所に、いくつもの線が走る。

 撃ち切った水は魔力を失い、地面に落ちた。


「避けきれると思うな!」


 水の玉が俺を囲むように移動し始めた。

 完全に囲まれるとまずい。

 迷わず俺はこの場から離れるために駆け出した。


「逃げるなー!」


「真面目に戦えー!」


 くそっ、観客どもがうるさい。

 後ろで水の玉が動く気配がする。


「右ッ」


 左へ跳ぶと、となりの地面に右側から発射された水が突き刺さる。

 地面に穴が空くほどの貫通力。

 剣でも防げそうにないな。


「逃げるのか! 負け犬め!」


 どいつもこいつもうるさいな。

 それより周りの水玉に集中しよう。

 今度は左右で動く気配がした。

 強く地面を蹴り、前へ跳ぶ。

 後ろの地面に水が突き刺さった。

 防戦一方ではあるが、ここまでの動きでいくつか分かったことがある。

 まず、この水の玉を発射出来るのは同時に4つか5つ。

 破壊力が故の難易度のせいだろう。

 一筋縄では制御が出来ないはずだ。

 しかし5つくらいなら俺もかわすことが出来る。

 そのことに、もうイオナは気づいているはずだが……。


「まさか……」


「ほう、勘はいいようだな」


 俺は頭上に視線を向ける。

 そこには、他の水玉とは比べ物にならないほどの大きさの水の塊が浮いていた。

 俺を丸ごと飲み込めそうなほどの大きさだ。

 これ食らったら即死かもしれないな。

 てか、今撃たれたらかわせない。

 丁度他の水玉をかわすために、空中に跳んでしまっているからだ。

 

「終わりだ!」


「やべっ」


 状況は洒落にならない。

 今俺に出来ることは――――。


「喰らえ!」


 この手に持った剣を、投げること。

 一本は空中の水玉に、もう一本はイオナ本人にだ。

 

「小賢しい」


 自分に飛んで来る剣を、イオナは身を捻ってかわした。

 剣はそのまま後ろへ飛んでいき、結局地面に刺さって止まる。

 ま、当たらないよな。

 上に投げた剣は、動き出した水の塊に当たった。

 外部からの接触に形を保てなくなった塊は、空中で崩れる。

 しかし、さっき言った通り、水の塊は俺の頭上にあった。

 つまり、俺は形を失った水をそのまま被ることになる。


「――――かかった」


 水を浴びる直前、イオナが薄く笑った。

 猛烈に嫌な予感がして避けようとしたが、さすがに間に合わない。

 俺は全身にその水を浴びた。


「くっそ……びしょ濡れだ」


 髪や服から、水滴が落ちる。

 一気にテンション下がった……。


「呑気にしている場合か?」


 水浸しの俺に向けて、イオナが駆けてくる。

 武器を失ってしまった俺は、イオナのレイピアに対抗する術がない。

 と、思われているんだろうけど、素手での戦闘方法なんていくらでもある。

 とりあえず、何とか組み伏せてやれば――――。


「ッ!」


 迎え撃つために腰を落とそうとして、俺は気づいた。

 身体が、不自然なほどに重い。


「気づくのが遅いな」


 なるほど……そういうことか。


「策士だな」


 さっきの水の塊は、威力ではなく『重さ』を重視した攻撃だったんだ。

 小さな威力重視の水の玉で陽動し、巨大な水の塊を浴びせる。

 その水は通常の数十倍の重さになるように魔力が練りこまれ、俺はまんまとそれを浴びた。

 してやられたと言うわけだ。


「これで本当に、終わりだ」

 

 まあ……それでも――――。


「――――数手足りなかったな」


「ッ!?」


 鮮血が飛び散る。

 それは俺のものじゃない。

 イオナのだ。


「な……何が……」


 イオナの身体は、俺にレイピアを突き出した状態で止まっていた。

 全身には無数の切れ込みが入っており、そこから血が流れ出している。

 動こうとしているのだろうが、その身体は動かない。

 俺が、そういう風に仕込んだからだ。


「悪いな、企業秘密だ」


「く……そ……」


 意識を失ったようで、イオナは脱力した。

 ――――っと、まずい。

 イオナの身体が、一瞬その場に制止した。

 早く『回収』しないと、俺のネタがバレてしまう。

 

「決着!」


 完全に勝敗が決したため、終了の鐘が響き渡る。

 俺の方も作業が終わり、イオナの身体がようやく地面に落ちた。

 途中から誰もが固唾を飲んでこの戦いを見ていたらしく、闘技場は静かだ。

 まったく、一人くらい歓声を上げてくれればいいのにな。

  

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