表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/16

1-3 主席と八席

「お話は終わりました?」


 大聖堂から出た俺に、声がかけられる。

 もう聞き慣れた声だった。

 振り返ると、大聖堂の外の壁に寄りかかる形で、一人の少女が立っている。

 美しい金髪の少女だ。


「ああ、今終わったぞ、ルナ」


「……一応、私のほうが立場が上なのですから、敬語くらい使って欲しいですね。今更ですが」


「悪いな、敬語が使えるほど学がないんだ。今更だしな」


「はぁ、まあいいですが。明日の予定について伝えなければいけないことがあるので、少し話をしましょう。今日は貴方が一人で過ごすことの出来る最後の日ですから、早く終わらせてあげたいのですよ」


「嬉しい余計なお世話だな」


 ルナの斜め後ろについて、俺たちは歩き出す。

 護衛の立場の人間が、真横に立つのはご法度なんだそうだ。

 守れるならどこに立っても同じな気がするが、誰かに見られれば問題にされてしまう。

 ただただ話しにくい。


「明日はまず、街の教会支部を回って、祈りを捧げに行きます。支部は多いですから、泊まりがけの仕事になるでしょう」


「へぇ、高級宿にでも泊まれるのか?」


「まさか。庶民宿ですよ。聖女が贅沢など出来るわけがないでしょう」


「……お前の部屋に高い酒が置かれていること、知ってるんだぞ」


 ルナの歩みが止まる。

 そのままゆっくりと振り返ったルナの顔には、作られた笑みが張り付いていた。


「なぜ……それを?」


「いや……言ってみただけなんだが……」


 酒を飲むことは知っていたから、軽くかまをかけてみた。

 まさか当たっているとは思わなかったが……。

 少しいたたまれなくなって、俺はルナから眼を逸らす。


「その……誰にも言わないから、安心しろ」


「……感謝します」


 ルナは頬を赤らめ、前に向きなおしてしまった。

 堅物の聖女と言ったイメージであったが、少しは可愛げもあるものだな。

 これを口に出すと、多分スネるだろうが。


「と、とりあえず。明日は教会前に七の刻で集合と言うことで」


「あいよ、聖女様」


「嫌味ったらしいですね、その呼び方」


「まさか。敬愛のこもった呼び方じゃないか?」


 からかい甲斐のある女だこと。

 そう思っていると流し目で睨まれたため、そろそろやめておくことにした。

 

「では、また明日。遅刻は厳禁で――――」


「ルナ様!」


 ルナの言葉を遮って、誰かが彼女の名前を呼ぶ。

 声の方に顔を向けると、そこには一人の女が立っていた。

 青い髪が特徴の女だ。

 俺は同じ訓練兵として見覚えがある……気がするのだが、どうにも名前が出てこない。


「イオナですね。どうしたのでしょう」


「何だ、あんた知ってんのか? 元訓練兵だろ? あいつ」


「何でって、イオナは訓練兵の『主席』ですよ? さすがに頭に入っています。あなたもよく知っているでしょう」


「……」


 知らない。

 とは言い難い状況だ。

 一緒に訓練していたはずなんだけどな……。

 周りに無関心すぎたか。

 さすがに無知を晒すのは羞恥心的に辛いため、あえて黙っておく。


「ごきげんよう、聖女ルナ様」


「ごきげんよう、訓練兵――――は卒業したんでしたね。兵士イオナ」


「はい、おかげさまで『主席』で卒業することが出来ました」


「私は何もしていませんよ?」


「いえ、ルナ様にお近づきになりたいという目標があったからこそ、私は『主席』になれたのです」


 さっきからやたら『主席』を主張してくるな。

 そしてチラチラとこちらを挑発的な眼で見てくる。

 いったいどうしたと言うのか。


「ところで、何か用があったのではないですか?」


「そうでした。私は甚だ疑問なのです。なぜこの男がルナ様のお側にいるのですか? 『八席』風情のこの男が」


 風情とは何だこの野郎。

 

「それは私が指名したからですよ」


 俺が口を開く前に、ルナがノータイムで答えてしまった。

 まあ、イオナの問に対する解答はそれしかないんだけども。

 俺は、ルナに指名されたからここにいる。

『なぜ』かまでは知らないが。


「……納得がいきません」


 イオナは身体を震わせ、拳を握りしめていた。

 心底悔しそうだ。

 確かに、逆の立場なら俺だって納得がいかないだろうさ。


 なんたって、本来であれば『主席』が護衛になるはずだからな。

 

 俺は異例なのだ。


「と言われましても、これは決定事項なのですよ? もう変えることは――――」


「私の方が護衛に相応しいです!」


 イオナの叫びが、廊下に響く。

 思いがけない大声に、ルナも一瞬怯む。


「確かに、この男は半年で八席まで上り詰めるほどの実力があります!」

 

 一応、褒めてはくれるのか。


「しかし! それでも私の方が強いです! それに女であることから、どんな状況でもあなたをお守りすることが出来ます! この男よりもよっぽど護衛に適しています!」


「……ふむ」


 確かに、性別と言う面では圧倒的にイオナの方が適しているだろう。

 風呂場や用を足している場面だと、俺は動きにくい。

 ルナが気にしなければ話は別だが……うーん、こいつのことだから、平気で俺を風呂場に待機させておく気もする。

 さすがにないと思いたい。


「確かに、一理ありますね」

 

 ルナはその発想はなかったとばかりに、顔を上げた。

 いや、まあここで乗り換えられると、明日からまた無職なんだが……。

 まあいいか。

 そのときはゼノンに仕事を紹介してもらおう。


「では、こうしましょう」


 ルナが手を叩いた。

 何となく、嫌な予感がする。


「ククリとイオナで決闘をするのです。勝者が私の護衛ということでどうでしょう?」


「え、面倒くさ――――」


「いいでしょう!」


 こいつらは、果たして正気なのだろうか。

 イオナは真顔で、冗談を言っている様子はない。

 むしろこちらを睨みつけ、闘争心むき出しだ。


「では善は急げですね。今すぐ闘技場へ移動しましょう」


「はい!」


「お、おい!」


 歩き出してしまったルナを、慌てて止める。

 

「往生際が悪いですよ」


 ルナは自分より少し背の高い俺の肩を掴み、引っ張って耳元に口を近づける。

 そして、イオナに聞こえない程度の声量で囁いた。


「あなたの実力を疑っている者も多いのです。うるさくなる前に、この辺りで黙らせておきましょう」


「……そういうことかよ」


 手を離し、ルナは再び前を歩き始める。

 要は、イオナを倒し、実力を示せということなんだろう。

 面倒くさいが、さっきのゼノンの話もある。

 ここら辺で黙らせておくべきなのかもしれない。


「チッ……仕方ないか。受けるぞ、お前との決闘」


「当たり前だ。私より弱い貴様に拒否権はない」


「横暴なことで」


 うざったい女だ。

 けど、ここで言い争っても拉致があかない。

 ずいぶんと面倒くさいことになってしまった。


◆◆◆

 この教会には、揉め事を解決したり、祭りごとのための闘技場が存在している。

 巨大な教会の中心にある、コロッセオのような場所がそうだ。

 俺は浮かない顔で、そんな闘技場の選手控室にいる。

 

「……」


「調子は悪くなさそうですね」


「……おかげさまでな」


 椅子に腰掛けていた俺とは別に、ルナが部屋の壁に寄りかかっていた。

 俺はルナに手に持っていた剣を見せる。


「俺の武器は? こんな剣でやれっていうのか?」


「仕方がないでしょう。貴方の武器はすでに回収済みですから、今手元にないのです。それに、私の護衛として街を回るなら、帯刀出来るのはただの剣だけですからね」


「え、聞いてないんだが……」


「明日伝えるつもりでしたから」


 この女……。

 実際のところ、俺は剣が苦手である。

 使えないことはないが、俺の戦闘スタイルに根本的に合っていないのだ。

 とは言っても、これしかないならば仕方ない。

 支給された剣ではあるが、まあ……何とかなるだろう。


「そこまであなたの心配はしていませんが……イオナの実力は本物です。油断して負けたら、本気で護衛交代ですからね」


「はいはい……」


 イオナは本気でルナの護衛になりたいのだろう。

 金儲けなんて不純な動機の俺とは、信念が違う。

 

「負けてやるつもりはないけどな」


 やられっぱなし、言われっぱなしと言うのは、俺の趣味じゃない。

 鞘に収めた二本の剣を手で持て余しながら、俺は闘技場への扉を開けた。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ