1-2 大聖ゼノン
本日二話目です。
「やあ、ククリ君。調子は良さそうだね」
「大していつもと変わらない。それより、用件は?」
あれから半年が経った。
ルナに教会まで連れて行かれたあと、俺は教会の軍の兵士を育成する機関へと送られた。
座学から、戦闘の訓練まで、やることは盛りだくさんだ。
短期間ではあったが、他の訓練兵に混ざって厳しい訓練を受けた。
そして、それらの訓練を終えた俺は、今日から正式な教会軍だ。
卒業式も終えて、明日から正式な兵士としての訓練と努めが始まる。
そのためにも、今日は身体を休ませておかなければならないんだが……。
どういうわけか、この教会を統括する男、大聖ゼノンに呼び出しを受けていた。
「まあまあ、そんな急かすことないじゃないか。生き急いだっていいことはないよ?」
「俺はすぐにでもこの場所から寮に帰ってベッドで寝たいんだが」
なんたって眠い。
明日から俺は他の訓練兵とは違う行動を取らなければいけないんだ。
そこからは精神を研ぎ澄ませ続ける日々が続く。
ゆっくり眠れるのは今日しかない。
「それもそうか。じゃあ早いとこ本題に入ろう。まず、『八席』での卒業おめでとう。半年という短い期間で追い上げ、他の訓練兵をほとんど抜いて十席以内に入るなんて、私も驚いた」
「どーも」
八席というのは、全訓練兵の中で上から八番目の成績を取ったということだ。
他の訓練兵が三年で訓練するのに対し、俺は半年しか期間がなかった。
それなのに、他の訓練兵を追い越し、なおかつ上位成績陣に組み込めたというのは、我ながら悪くない結果だとは思う。
「じゃあ、これからの話だ。前提として、この教会がどういうものかは知っているね?」
「バカにしているのか?」
「こういうのは確認を含んでいるんだよ。分かるね?」
面倒くさいことを要求してきたな。
俺は思わず舌打ちをしてしまった。
教会――――。
ゼノンという男が作り上げた、国すらも手を出すことが出来ない巨大組織。
神を崇め、その教えを世界中に発信している。
対抗宗教や組織を押さえ込むために、武力を手にした結果、国の軍すらも越えるほどの戦力が誕生してしまった。
この教会が置かれている大国は、万が一にでも戦争まで発展させないたてに、独自の契約を結んだ。
片方が他国に攻め込まれたとき、もう片方が加勢として介入するという契約。
これにより、教会と大国は世界最大の権力を得ていた。
「――――これでいいか?」
「うん、80点かな。聖女の説明が抜けてるし」
「国や外の街で先頭に立って、布教をしていく女たちのことだろ? これでいいか」
「合格。合格した君は、これからそんな彼女らの一人に、護衛として寄り添うわけだ」
この教会には、五人の聖女がいる。
世界中に散らばった教会の支部に祈りを捧げに回ったり、教会の手が届いていない場所まで出向き、教えを広めるのが聖女の仕事だ。
当然、反対勢力や自らの悪名を広めたがっている悪党に狙われることも多い。
そのため、一人が一人、護衛を持つことが許されている。
ルナは、その一つしかない枠に俺を入れるらしい。
物好きもいたものだな。
「君の護衛対象は第三聖女のルナだったね。彼女は物腰が柔らかいから、五人の中じゃ特に狙われる。前任者は野党に襲撃された際に死亡。この話の通り、危険度は並じゃない。さながら戦地の中心に立ち続けるようなものだ……覚悟は出来ているかい?」
「そんなものはない。俺はもらった金の分だけ働く。死んだらそのときだ。時の運はどうしようもない」
「その考えは嫌いじゃないね。人間一人の命を、自分の命をかけて守れと言っているんだから、私の方からもそれなりの金額を払うよ。ただ、その契約がある限り、君は命を捨ててでもルナを守らないといけないんだ」
「分かってる。勝手に仕事を放り出して逃げたりはしない」
どんなに危険であろうが、一度引き受けた以上は遂行する。
命を懸ける価値があるほどの金はもらっているんだ。
身体さえ許せば、死ぬまでルナの護衛してもいい。
「いいね、約束を守る人間は貴重だよ。私も君のことは大切にしよう。いくつか道具を渡しておく。護衛の必需品だ。なくしたときはすぐ新しい物を用意するから、申請は早めにお願いするよ」
「気前がいいな」
「もちろん、二個目以降は有料だよ。神様ですらタダじゃ動かないんだから」
「いい性格だな、お前も神も」
ゼノンの差し出してきた小袋を受け取る。
腰のベルトにつけ、落ちないことを確認すると、俺はゼノンに背を向けて歩き出した。
「おや? もう行ってしまうのかい?」
「何だ、まだ話があるのか?」
「いや、ないけどね。少しくらい世間話をしようじゃないか」
俺はため息を吐き、立ち止まる。
本当だったら、すぐにでもこの場を立ち去りたい。
この男と話していると、それなりに疲れるのだ。
こいつが上司じゃなければ、有無を言わさず退散するんだが……。
「そんなイヤそうな顔をしなくてもいいじゃないか。なぁに、話はすぐ終わるよ」
「じゃあさっさと言ってくれ」
「連れないなぁ。500年生きたドラゴンだってもう少し話を聞いてくれるよ?」
「……はぁ」
こいつのこう言うところが苦手なのだ。
ペースを狂わせられるというか、いちいち例えが分かりにくいところとか。
「まあ、君も忙しいだろうしね。簡潔に話しておこう」
最初からそうしてほしい。
「これから教会の中を歩いてるときは、ルナを守ると言うより自分の身を気にした方がいいよ」
「……どういうことだ」
「聖女の護衛って立場は、かなり名誉なものだ。それを目指して教会に入信する者も少なくない」
「だろうな」
護衛は、多くの場合で訓練兵から選ばれる。
詳しい採用基準は聖女に一任されているらしいが、若く先がある訓練兵を選び安い傾向にはあるようだ。
若い聖女は特に歳の近い者を選ぶ。
もちろん、経験を積んだベテランの兵や、多くの実績を持つ老兵を選んだ聖女もいる。
決して数は多くないが。
つまりは、訓練兵としていい成績を収めることが、聖女の護衛に近づくための方法と言うことだ。
「そんな人間が、途中から入ってきて半年で訓練を終え、さらには聖女の護衛に選ばれた人間をよく思うかい?」
「……そういうことか」
何となく察しはついていたことだが、俺はかなりイレギュラーな存在だ。
他の連中と同じだけの努力をせずに、名誉ある立場に選ばれてしまった。
さぞかし妬みを買っていることだろう。
気持ちは分かる。
ある意味コネで行き着いたようなものだからな、周りからすれば反感だらけだろう。
そうは言っても、どうにか出来ることではないと思うが。
「さすがに闇討ちされるなんてことはないと思うけど、警戒は怠らないようにね。事故に見せかけて――――ってことはあるかもしれない」
「ずいぶんと恐ろしいことで」
「この教会はあまりにも大きくなりすぎた。もはや全部を把握することは、私でも不可能なんだよ。悪いけど、自分の身は自分で守ってもらうしかない」
「……忠告どうも。端からそのつもりだよ」
俺はそう言い残し、巨大な扉から外へ出る。
最後まで何か言いたげなゼノンの顔が、酷く印象的だった。