1-14 殺戮・上
ルナの両手には、真っ白な銃が握られていた。
『セイクリッドD.E』、それがあの二丁の名前である。
「ひ、怯むな! 貴様ら!」
銃の登場に身を引いた手下たちであったが、マンモンの声で気を取り直す。
しかし、動揺は残っているようだ。
銃という武器は、引き金を引くことで、先の尖った鉛玉を吐き出すことが出来る武器である。
はるか昔、『チキュウ』と呼ばれる世界から来たという人間が、この世界に様々な形の銃を持ち込んだ。
鋼鉄の鎧すら粉砕するその威力を見て、人々は自らの力で複製しようとした。
ただ、複製出来たのは外見と弾だけで、実際に撃つことは出来なかったのだ。
発射に必要な火薬が『チキュウ』の物とまったく異なっていたため、威力が出ない。
それを問題視した昔の人間は、その火薬を他の道具で補うことにした。
火の魔石である。
小さな爆発を起こす魔石が組み込まれており、それを別の術式で一方向へ集中させた。
これによって、本物の威力と同等の威力を出すことに成功。
ただし、外見の造形、中の術式、弾の量産にとんでもない費用がかかり、大量生産をすることは出来なかった。
今でも作られていることには作られているが、滅多に手に入れることは出来ない。
教会は技術と財力の暴力で、かなりの量を確保しているけどな。
「そんなに離れていていいのですか? ただの的ですよ?」
ルナが銃口を向ける。
身構える手下たちをよそに、ルナは引き金を容赦なく引いた。
爆音とともに、銃口から弾丸が発射される。
次の瞬間、真正面にいた男の脳天に穴が空いた。
「立派なケツ穴が出来ましたね。おめでとうございます」
……平然とルナは笑っているが、あの銃を撃ったときの反動は尋常じゃない。
威力に伴った反動が全身に伝わり、俺が使うと腕が跳ね上がる。
しかし、ルナの腕は動いていない。
反動すら感じさせない立ち姿だ。
「ち、近づけ! 接近戦で殺せ!」
マンモンが腕をバタつかせて叫ぶと、手下たちはルナを取り囲むように移動しながら、距離を詰めてくる。
俺には誰も目もくれない。
ようやくやつらも聖女の恐ろしさを把握し始めたか。
「おおぉぉぉ!」
「囲んで叩くのはいい戦法ですね。多対一において、もっとも確実に勝利出来ます。しかし――――」
左右から剣を振りかぶりながら、手下たちがルナに襲いかかる。
もう手を伸ばして銃を撃つことが出来ない距離だ。
このままなら、あっけなくルナは殺されるだろう。
まあ、心配はしていないが。
「私に対してはあまりいい手だとは言えません」
ルナは腕を交差する。
すると手を伸ばさないままに、銃口を左右の男たちに向けることが出来た。
引き金が引かれ、二人の男は脳天に穴を開けながら仰け反って倒れる。
剣を振りかぶって真っ直ぐ近づいてくるやつなんて、ルナからすれば的がでかくなっただけだ。
「銃を奪え!」
遠くでマンモンが叫ぶ。
手下たちはそれに応じて、今度は三方向から襲いかかってきた。
単純だが、そもそも銃は二丁しかないのだから、いい戦法だと思う。
「ふっ!」
ルナは一息で左右の男たちの脳天を撃ち抜くと、正面から襲い来る男を見据えた。
このままでは組み付かれる。
そうなれば、袋叩き確定だ。
……そうならないから、ルナは聖女なんだけどな。
「え……」
男は、素っ頓狂な声を上げた。
ルナが、目の前から突然消えたからだ。
「上ですよ」
「ギッ」
軽く地を蹴って宙を舞ったルナは、男の脳天に踵落としを叩き込んだ。
そのまま地面に叩きつけられた男は、頭を陥没させて絶命した。
「な……その身体のどこにそんな力が……」
……この辺りで、聖女について説明しておこう。
『聖女』とは、表向きは神の使いとして、教会の力を広げていく役目を持っている。
その裏側は、国が手を出すことが出来ない極悪人を武力で殲滅する、特殊部隊の隊長だ。
護衛である俺も、その部隊に入っている。
「私はこの裏稼業のために、卵子精子の状態から改造が施されて作られた人間です」
人体改造に人体改造を重ね、戦闘に特化するように作られた人間。
それが、『聖女』である。
細い体に見えても、その中にはありえないほどの筋肉が詰まっており、そこらの成人男性よりも力が強い。
――――そう、これだけ聞くと、いつも思うことがある。
『あれ? 俺いらないんじゃね?』……と。
結論から言って、必要ではあるのだ。
まず一般人は、聖女を普通の女性だと思っている。
それが護衛もつけずに街を歩いていれば、不審がられてしまう。
あと、ここからもっとも重要な点。
「ギャ!」「ぶっ」「っ……」「あっ」
「遅い弱い使えない! あなたたち、もう少し気張ってください」
囲んでいたはずの男たちが、みるみる倒れていく。
頭に穴を開け、地面に血溜まりを広げた。
……もっとも重要な点、それは――――。
「っふふふふっふふふふふふ!」
この女が暴れるのを、押さえる役目である。