1-13 断罪
時刻は、夜の八の刻。
すっかり日は沈み、マンモン邸の周りは人の通りも少ない。
当たり前だ、教会の方で人払いは完了している。
俺とルナは、悠々と屋敷の正面へ向かった。
「おや? 今度はどういったご用件でしょう? マンモン様はそろそろお休みになる頃ですが」
昼間と同じ門番が、俺たちを迎えた。
「ククリ」
「ああ」
俺たちは、彼の横を素通りする。
あまりに堂々としていたからか、門番は反応出来ず、俺たちが通りすぎたあとに振り返った。
しかし、振り返れたのは身体だけ。
頭はその場にとどまり、ゆっくりと地面に落ちた。
血を吹き出しながら、頭のない胴体もゆっくりと地面に倒れる。
俺たちは敷地内に入り、正面玄関の扉を開けた。
「聖女様……なぜ再び我が家へ……?」
階段の上には、マンモンが立っていた。
驚愕を隠し切れない顔で、俺たちを見ている。
周りには、マンモンの手下らしき人間たちが、武器を構えていた。
かなりの数だ。
どこから湧いたのかは分からないが、50人かそれ以上はいるだろう。
「ご機嫌よう、マンモンさん。実は、あなたに頂かなければいけないものがあるのですよ」
ルナは一歩踏み出し、マンモンに笑顔を向けた。
「――――あなたの命です」
「ッ! お、お前たち! やれ!」
マンモンが叫んだ。
それに応じて、手下たちはそれぞれの武器を構えながら、俺たちに突っ込んでくる。
「まずは掃討します。ククリ、頼みましたよ」
「ああ、せっかく俺の武器たちも戻ってきたしな」
俺は一番近くまで来ていた手下たちを、背中に背負っていた『棺桶』でなぎ払う。
身長と同じだけの背丈の『棺桶』に横から殴られた手下たちは、みっともなく床を転がっていった。
「何だ……その棺桶は……」
マンモンが驚いている。
驚くのはこれからだってのにな。
「ショータイムと行こうぜ」
棺桶を担いで、上に向ける。
音をたてて棺桶の蓋が吹き飛ぶと、中から一斉に何かが放出され始めた。
それは天井近くまで上ると、勢いを失って床に刺さり始める。
下の階一面に刺さったそれは、ククリナイフと言われる代物だ。
ただ、少し改造が施されており、柄の部分に輪っかの突起がついている。
「なんだこれ!」
「関係ねぇ! やっちまえ!」
手下たちは一瞬怯んだが、気を持ち直してかかってくる。
俺は近くに刺さっていたククリナイフを両手に一本ずつ持つと、目の前の男たちの首に叩き込んだ。
手下たちは武器で防ごうとしたが、ククリナイフはそれを破壊し、さらに首へ到達する。
血を吹き上げながら、目の前の男は床に崩れ落ちた。
「迂闊だな、お前ら」
怯む手下連中に、今使ったばっかりのククリナイフを投げつける。
かわすことすら出来なかった他の手下二人は、頭にククリナイフを食い込ませ、沈んだ。
「う――――おおぉぉぉ!」
やっと事の大きさに気づいたか。
手下たちは束になって、俺に向かってかかってくる。
しかし、俺は床のククリナイフを二本取ったあと、高く跳んだ。
「下りてきたところを狙え!」
誰かが叫ぶ。
良い判断だが、残念ながら俺はもう床に足をつかない。
俺は跳び上がったまま、天井へと吸い込まれていった。
そして、天井に足をつける。
「な、なに!?」
「お前たちも来いよ」
俺は腕を引いた。
すると、下でひしめいている手下の内の何人かが、首を押えて藻掻きながら浮かび始める。
空中で苦しんでいる男たちは、やがてあらゆるものを垂れ流しながら、息絶えた。
それを見て、連中に動揺が走る。
「あ……お、俺……あいつ知ってるぞ……」
手下の誰かが、俺の方を見て言った。
まあ、これだけ傭兵らしき人間たちが固まっていれば、一人くらい知っているやつがいてもおかしくないか。
「護衛に暗殺に戦争、何でもござれの傭兵。手口はバラまいたククリナイフを使ったトリッキーな剣術と、『糸』。それこそ見えないほどの金属の糸を空中に張り巡らせて、その中を悠々と移動する姿は、さながら――――」
俺は自分を釣り上げていた糸を緩めると、そのまま落ちていく。
床に刺さったククリナイフの上に着地すると、持っていた方のナイフで近くの手下の首を切り裂いた。
「――――『蜘蛛』、そう呼ばれていたらしいです」
ククリナイフを足場に、再び飛び上がる。
空中から手下どもを見下ろし、俺はすでに張り巡らせてある糸の上に着地した。
ここはもう、俺の『巣』だ。
あの『棺桶』は、裏稼業時にのみ持ち出すことが出来る、俺たちの本武器が収納されている道具である。
俺の棺桶には少し改造が施されており、開けた瞬間中身が噴出されるように出来ていた。
そのため、部屋中に刺さりまくっているククリナイフには、糸が結んである。
噴出した瞬間、この部屋には大量の糸が張り巡らされるようになっているわけだ。
「俺はすべての糸の位置を把握している。お前らはどうだろうな?」
「ひ、怯むな! 殺せ!」
弓を構えた連中が、俺に狙いをつけた。
射られる前に足場の糸から飛び降りた俺は、再び床のククリナイフに着地する。
そうすることで、弓を構えた連中からは他の手下が邪魔になって狙えない。
代わりに、近接武器を持った連中が襲いかかってくるが……。
「くたばれ!」
「あーあ……」
「ぎっ――――」
襲いかかってきた連中は、俺の周りにある糸に無防備に突っ込み、その身体のどこかを失った。
腕やら足やら、はたまた頭、加えて胴体。
それが床に散乱する。
教会特注のこの糸は、勢いよく当たれば金属すら切断できるほどに丈夫で細い。
魔法技工士の技術の賜物だ。
「て、てめぇら動くな!」
飛びかかる危険性を把握した連中は、その場から動かなくなった。
それはそれでマヌケだ。
「動かなかったら当てやすいだろ」
ククリナイフを投げつけてやる。
目の前にいた手下の二人は、それを正面から心臓に受けて倒れこんだ。
これだけやっても、俺は武器を失う心配がない。
近くに刺さっている二本を抜き取り、再び補充は完了した。
「ッ! 周りの剣を抜け! お前ら!」
俺の様子を見て気づいたのか、誰かがそんな風に叫んだ。
その声に反応した連中が、近くにあるククリナイフへ手を伸ばす。
……俺が対策を怠るわけがないのに。
「ギャァァァ!」
絶叫が響く。
手を伸ばした男の腕が、床に落ちていた。
それをきっかけに、様々な場所で悲鳴が上がり始める。
床を丸ごとひっくり返すくらいのことをしないと、ククリナイフたちは抜けないのだ。
「さてと……狩りと行きますか」
俺はククリナイフを逆手に持ち替え、動揺している手下たちに跳びかかった。
◆◆◆
「……ふぅ」
俺は頬についた返り血を拭った。
中心のククリナイフの上に立つ俺は、改めて周りを見渡す。
立っている人間は、俺とルナ以外にはいない。
他の連中は、それぞれ身体のどこかを失った状態で、床に転がっている。
うめき声も聞こえない。
静寂そのものだ。
「いい仕事です、ククリ。では行きましょうか」
「おう」
俺は床に下りると、ルナのもとへ向かう。
マンモンたちは、すでに二階にはいない。
他の連中を始末しているうちに、そそくさと逃げて行くのが見えていた。
おそらく裏口でもあるのだろう。
そして外にも、裏から出ることが出来る場所があるはずだ。
しかし、それは不可能である。
このマンモン邸の敷地は、すでに教会の閉鎖術式によって封じ込められている。
入ることは出来るが、外に出ることは出来ない。
俺たちに都合のいい結界というわけだ。
解除方法はターゲットの死亡か、中にいる聖女を殺害するだけ。
これによって、ターゲットは嫌でも聖女に向かってこなければならない。
「裏口が無理であれば、向かう先は正面ですよね」
ルナは振り返り、玄関の扉を開く。
夜空の下では、マンモンが必死に敷地を覆う見えない壁を殴っているところだった。
「あら、マンモンさん。こんな月が綺麗な日は散歩ですか? いい趣味をお持ちですね」
「き、貴様ァァ! 早くこのおかしな術を解け!」
「構いませんよ? その代わり、あなたの命を頂戴します」
ルナが一歩ずつマンモンに近づいて行く。
マンモンの周りには、あの鋼鉄の腕を取り付けた大男と、その他大勢の武装した手下たちがいる。
屋敷内の連中よりは多くない。
2,30人ってとこか。
ただ、あの大男の実力は本物だ。
あいつだけで普通の傭兵数十人分を補える。
一撃もらってるから分かることだが、真正面からモロに受ければ戦闘不能間違い無しだ。
「ククリ、あなたは後ろで見ていてください」
「は?」
せめて大男だけでも引き受けようと武器を構えた俺を、ルナは手で制した。
「あなたはさっきの戦闘で武器を吐き出しきっていますし、そもそも屋外戦は得意ではないでしょう? だから休んでいて結構です」
「って言われてもな……」
聖女を最前線へ送るってのも――――。
「はっきり言いましょうか? 武器もなく、糸も張り巡らせることの出来ないあなたでは、控えめに言って邪魔なのですよ」
「……」
ちょっと傷ついた。
納得してしまった俺にも、若干落ち込む。
その通りすぎて、返す言葉もない。
「あなたの見せ場は終わりましたしね。ここからは私が仕事をする番です」
俺はその場にとどまり、ルナは堂々とマンモンたちのもとへ向かう。
あまりに動じない立ち振舞いに、俺ですら身震いがする。
震えながら、マンモンは口を開いた。
「き、貴様……本当に聖女か?」
「はい、そうですよ。『教会直属罪人特別断罪部隊三番隊聖女兼隊長』、ルナと申します。今宵は教会の正義の下、あなた方の罪を仕事をしないだらしない神に代わって、裁かせていただくことになりました。これからあなた方の脳天にケツ穴がもう一つ出来ますので、何か伝え忘れたことがあるのでしたら、今のうちにどうぞ」
ルナは、背負っていた棺桶を地面に置いた。
ゆっくりと、棺桶の蓋が地面に倒れる。
中から飛び出した二つの何かを、ルナはそれぞれの手にキャッチした。
「クソッタレな罪人に、鉛玉の天罰を――――」
棺桶から飛び出したのは、二つの形の違う『銃』。
両手に銃を構えたルナは、月の見下ろすこの場所で、最高の笑顔を浮かべていた。