1-12 仕事始め
マンモン商会は、西地区でももっとも大きな通りにあった。
さすがは大手の商会だ、いいところに陣取ってやがる。
しかし、訪ねたところ会長は留守だと言われた。
どうやら自分の屋敷に戻っているらしい。
「ここですね」
「ずいぶんと豪華な家だな」
というわけで、俺たちはマンモン商会の会長である、マンモン・リドラーの家に訪れた。
貴族の家にも劣らない、立派な家が目の前に建っている。
そりゃ儲けてるよな、当然。
「とりあえず中に入って話を聞きましょう。入れてくれますよね? 門番さん」
「どうぞお通りください、聖女様」
「? えらく素直ですね。主人に確認を取らなくてもいいのですか?」
「マンモン様はとても寛容な方でございます。突然の来客でも、快く受け入れてくださるのです。そのまま正面玄関からお進みください。奥の階段を上がれば、正面の部屋にマンモン様がいらっしゃいます」
「……ありがとうございます」
門が開き、俺たちはマンモンの敷地内に入る。
あっさり中に入れたってことは、それだけボロを出さないという自身があるからかもしれない。
正面玄関の扉を開き、中に入る。
中も豪華なもんで、光り輝く装飾品が眼に良くない。
「ここにいると視力が落ちそうですね。さっさと行きましょう」
「オーケー」
言われた通り、奥にある階段を登ってすぐの扉の前まで行く。
ノックして中に入ると、そこには椅子に座った豚――――いや、肥えた……これもダメだな――――太った……もうそれでいいか。
太った豚がいた。
間違えた、太った豚みたいな男がいた。
その横には、孤児院を襲撃してきた大男もいる。
この時点でほぼ確定なんだがなぁ……。
「ようこそいらっしゃいました、聖女様。それで、本日はどのようなご用件で?」
「ご機嫌よう、マンモンさん。実はあなたに聞きたいことがあって来たのです」
ルナはいきなり本題を繰り出した。
マンモンは笑顔を崩さず、しかし眼が笑っていない状態で口を開く。
「なるほど。聞きましょう」
「時間も惜しいので、単刀直入に。あなたは、薬物の取引や、人身売買に手を出していますね?」
「……ぷっ……ははははは!」
真剣な顔で問うルナに対し、マンモンは我慢出来ないとばかりに笑い出した。
「何を仰るかと思えば、そのような世迷い言を……聖女様もずいぶんとお暇なようで」
「誤魔化すのですか?」
「誤魔化すもなにも、私どもはそのような商売に一切関与しておりません。この国では犯罪でしょう? 大衆向けに商品を取り扱う我々が、裏商売に手を出す訳がないではありませんか!」
マンモンは、下品な笑みを浮かべて言い切った。
白々しい、明らかに嘘である。
ルナも、完全に黒と評価しているはずだ。
「しかし、あなたの部下が確かに証言しました。最早国が動くのも時間の問題ですよ?」
「部下? はて? それは誰のことでしょうか……」
「っ! あなたまさか……」
信じられない、こいつ――――。
「今頃牢屋で倒れている部下のことなど、私は一切知りませんねぇ!」
そうだった、この地区の人間の内の何人かは、確実にこいつに買収されている。
つまり、役人のもとに送ったあの部下の男は、買収された人間に処理されてしまっている可能性が高い。
確実な証人を殺されてしまった。
「私が裏でどれだけ悪事を働いていようが、明るみに出ることは決してないのです! ご理解いただけたのでしたら、どうかお帰りください。他に用があるのでしたらお聞きしますがね?」
勝ち誇った顔しやがって。
反論したいところだが、証人を消された今、こいつを牢にぶち込む手段はなくなった。
ルナの表情はあまり変わっていないが、手詰まりであることは確かである。
「……分かりました。今日のところは退散させていただきます」
「ええ、お気をつけて」
「行きますよ」
「……ああ」
俺とルナは、屋敷を後にするために、この部屋から出た。
そのとき、マンモンが声をかけてくる。
「あ、そうでした! 最後に一つ、伝え忘れたことがあったのです」
「……何でしょう?」
「あなた方が昨晩滞在なされた孤児院、あそこの子どもたちは実に可愛いですね。とても良い値がつくのではないでしょうか?」
「……お前! まさかあの子どもたちを――――」
とんだド外道だ。
もとから外道には違いなかったが、まさかそこまでするとは。
「急ぎますよ、ククリ。確認が先です」
「……チッ」
抜きかけた剣をしまい、ルナに続いてその場を後にする。
最悪だ、ほんと。
◆◆◆
「やられましたね、これは」
孤児院に戻った俺たちの目の前には、凄惨な光景が広がっていた。
荒らされた家具なんかが散らばり、そこら中に抵抗した跡が見られる。
幸いなのは、血が落ちていないことか。
子どもの姿は、どこにもない。
「国に手配した先生の代わりが、もうすでに買収されていたんでしょうね……そこまでは頭が回りませんでした」
「ちくしょう……」
相手の方が一枚上手だったってわけか、冗談じゃない。
さっきのあいつの口ぶりからすると、子どもたちは近い内に商品にされてしまう。
このまま俺たちが孤児院の子どもが攫われたと報告しても、マンモンの息のかかった役人の手で夜逃げなんてオチにされてしまうはずだ。
「許すわけには行きませんね」
「当たり前だ」
俺はルナに背を向け、孤児院の外に出る。
ルナが、教会と一度だけ通信が出来る魔石を取り出したからだ。
それを使うことが出来るのは『ターゲット』を見つけたときのみ。
使い方を知っていいのは、聖女だけである。
俺は孤児院の玄関近くの壁に寄りかかると、懐から手のひらサイズの金属の箱を取り出した。
中には、棒状の物が詰めてある。
一本取り出して口に咥えると、火の魔石を取り出して、棒に火をつけた。
「煙草、吸うんですね」
「大仕事の前にはな。精神集中のために、一本だけ吸うようにしてる」
ルナが扉から出てくる。
あんたもどうだ――――と煙草の詰まった箱を差し出すと、ルナはいただきますと言ってそれを手に取り、中の一本を口に咥えた。
「勧めといて何だけど、聖女が吸っていいのか?」
「神だってどうせ吸ってますよ。誰かに咎められる筋合いはありません。それより、火をください」
「……それもそうか。ほら」
火の魔石に魔力を通して火を灯し、ルナの咥えた煙草の先端につけてやる。
魔石さえあれば、魔法が使えなくてもこれくらいは出来るのだ。
ルナが煙草を吸っている姿はアンバランスなはずなのに、なぜか妙に似合っている。
絵になるとでも言うのだろうか。
少し見惚れてしまった自分に、イラッとする。
「――――教会への『ターゲット』申請が通りました。どうやら、国からも要請が来てたようです。思いの外すんなりと済みました」
「国からって……さらに上のお偉いさん方ってことか」
変に力を持ってしまっているせいで、買収されていない国の人間からは邪魔に思われていたってことだ。
あのマンモンとか言う男、どうやら敵を作りすぎていたようだな。
「『速やかに始末しろ、生死は問わない。むしろ殺せ』だそうです」
「それはいい。余計な手間がなくなる」
捕獲するのは面倒くさい。
全滅させろと言われた方が気が楽だ。
「『棺桶』は?」
「手配済みです。直に届きますよ」
ならば、俺たちの準備は整った。
俺たちは煙を一吐きすると、孤児院の壁から背を放す。
期限は今日中。
面倒事は、さっさと済ませよう。
「行くか」
「ええ、ここからは――――裏稼業の時間です」
短くなった煙草を手で握りつぶしながら、俺たちは孤児院の敷地を後にした。
さて、お仕事の時間だ。