1-10 剣の雨
「あ、あんた……教会の人間かい?」
「そうだ。ちょいと剣を調達させてもらうぞ。支払いは後日教会の人間が支払う」
『私たちは金づるかぁ……』
無理言って閉店後の武器屋を開けてもらった俺は、大量に並んでいる剣たちを片っ端から紐で括った。
あとはナイフ。
教会支給のジャケットの裏側に大量に仕込んでおく。
武装はこんなものでいいだろう。
『防具はいらないのかい?』
「知ってるだろ? 俺のスタイルに防具は邪魔だ」
相手は集団。
それなら防御力より、機動性を優先する。
剣の束を背中に括りつけ、これで準備万端だ。
「うし、行くか」
◆◆◆
「聖女はそこに入れておけ」
孤児院からかなり離れた水路沿いの倉庫、そこにルナは運ばれた。
2階建てのようで、天井はそこまで高くない。
代わりに面積はとても広かった。
黒装束の一人の指示で、ルナは檻の中に入れられる。
「……悪趣味な場所ですね」
ルナは周りの様子を見て、つぶやいた。
彼女のいる檻の他にも、いくつもの檻が並んでいる。
その中には明らかに正気ではない人間たちが入っており、その内のいくつかでは、黒装束の仲間と思われる人間が女を『使って』いた。
「なるほど、行方不明事件はやはりあなたがたの仕業だったわけですね」
「へっ、そうさ。ヤク漬けにした人間を、金持ちどもの玩具にして売り出すと、結構儲けが出るんだよ」
「おい、余計なことを話すな」
「別にいいだろ? こいつも結局はヤク漬けにしちまうんだからさ!」
「うっ」
黒装束の一人が、檻の外からルナの首元に針を突き刺す。
どうやら液体を身体に流し込む器具らしく、ルナの中に緑の液体が注入された。
「そのままの意味で脳が溶けるほどの快楽を与える薬草を、液体状にした物だ。たったの数回で瞬く間に廃人になっちまう代物だけど、気分は悪くねぇだろ?」
「う……く」
ルナは首元を押えてうずくまる。
その様子を見て、クスリを打った黒装束は、舌を舐めずり回した。
「よく見りゃ、聖女っていい身体してんなぁ……顔もいいしよぉ。おい、ちょいと味見してもいいかな?」
「ボスも鉄腕の用心棒もいないんだ。確認が取れないことはしない方がいい」
「ちょっとだけだって」
男は制止する仲間の声を無視し、黒装束を脱ぎ始める。
下品な笑みを浮かべながら、男はルナの檻に入ろうとした。
「――――命が惜しければ、あなたがたは今すぐここから逃げたほうがいいですよ」
「……あ?」
ルナはそう言って顔を上げる。
その眼はしっかりと焦点が合っており、クスリの影響を受けていないようにも見えた。
男は檻を開ける手を一度止める。
「何言って――――」
直後、広い倉庫の中に、爆音が響く。
どうやら天井の一部が抜けたようで、そこから月明かりが差し込んでいた。
「んだよ……ここもボロくなったな」
「いや、待て!」
一度は身構えた男たちだが、天井が抜けただけと思い、構えを解いた。
それが、彼らの運命が決した瞬間である。
「ぴぎゅ――――」
「ッ!?」
近くにいた黒装束の仲間が、おかしな声を上げながら倒れる。
「どうした!」
仲間が駆け寄ると、そこには床と頭を剣で縫い付けられている男の姿があった。
血だまりが広がっていき、ここでようやく緊張感が辺りに走り抜ける。
「て、敵襲だぁぁ!」
誰かが叫んだ。
黒装束と、その仲間たちが武器を手に取り始め、辺りを警戒しだす。
しかし、彼らの前には、絶望が広がっていた。
「何だ……あれ」
彼らの眼に映っていたのは、屋根を突き破って降り注ぐ、いくつもの剣たちであった。
数にして、数十本。
いくら部屋が広いとは言え、人が固まっている場所にそれを投げ込まれれば、無傷では済まない。
その場の半数以上の人間が、どこかしらに剣が刺さり、戦闘不能にされた。
「そ、空から剣!?」
「……お早い到着ですね、ククリ」
抜け落ちて穴が空いた天井から、一人の人間が降りてくる。
十字架の刺繍が施されたジャケットに身を包んだその男は、辺りを見渡して、つぶやいた。
「いち、に、さん――――残ったのは10人ってとこか。待ってろルナ、今助けだす」
◆◆◆
その場の人数を数え終えた俺は、帯刀していた剣を抜いた。
真上からの奇襲で、半分ほど敵勢力を減らせたのはでかい。
これで手間も半分だ。
天井をぶち抜いて、大体のやつらの配置は確認したから出来たことである。
下手すれば、ルナや他の人間にも刺さってたしな。
まあ、檻があると知っていれば、もっと大胆に出来たけど。
「てめぇ! さっきの野郎か!」
誰だ、あの男……。
ああ、足元に黒装束が落ちている。
さっき襲ってきた男たちの一人か。
それにしても、なぜ下はパンツ一枚なんだ?
近くにはルナの檻がある。
なるほど……間に合ったようだな、いろいろ。
「教会の名のもとに、お前たちを処分する。今武器を捨てて抵抗をやめれば、命だけは助けてやるが……どうする?」
「ッ! ふざけんな! やっちまえ!」
「ここを表沙汰にすることは出来ない! 始末する!」
「血気盛んなこって」
まあ、降参されてもどうしようかと思っていたところだ。
さっさと片付けさせてもらおう。
「まずは――――お前らだ」
「ひっ」
「ぎゃ」
後ろから忍び寄ってきていた連中を、振り向き様に剣を振って喉を切り裂く。
血を吹き出しながら崩れ落ちるのを最後まで見ず、今度は正面から襲いかかってきたやつに対して剣を振った。
「ぐっ!」
「へぇ」
俺の剣は、受け止められていた。
こいつ、さっき子どもを人質に取った黒装束だ。
かなり冷静で、頭も切れそうな男と言う印象がある。
俺がなぜこれだけ剣をバラまいたかは、分かっていないようだが。
「ほっ」
「ッ!?」
俺は足元の床に刺さっていた剣を蹴り上げると、片手でキャッチしてそのまま男の胴体に叩きつけた。
刃が胴体に入り込むのを感じつつ、そのまま振りぬく。
呆気にとられた表情のまま、男は血を吐きながら床に沈んだ。
「てめぇ!」
パンイチ野郎が駆けてくる。
こいつは頭が悪い。
今の攻防を見ていなかったのだろうか?
「うおぉぉぉぉ!」
雄叫びを上げて駆けてくるパンイチ目掛けて、俺はもう一つ刺さっていた剣を蹴った。
鉄板の仕込まれたこの靴は、剣を蹴っても傷つくことはない。
まずは持っていた剣をパンイチに投げつける。
「当たるかよ!」
パンイチは、持っていた剣でそれを防いだ。
と、同時に、俺は空中の一本を掴み、もう片手の一本と合わせて投げつける。
そして床を蹴った。
「がっ! くそが!」
一本はかわされたが、もう一本はパンイチの太ももに突き刺さった。
パンイチは立っていられなくなり、その場に膝をつく。
そこに向かって駆けていた俺は、途中で剣を一本拾い、勢いに任せてパンイチの首を刎ねる。
最後は、唖然とした表情の頭が、床に落ちた。
「う、うわあぁぁぁ!」
真横から剣を振りかぶって走ってくる男がいる。
冷静さを欠いているようだ。
そいつの心臓目掛けて剣を投げると、見事に刺さってそのまま絶命する。
これで残り半分だ。
「喰らえ!」
「死ね!」
「お」
檻の上に、弓を構えたやつが二人。
矢はすでに放たれており、俺に向かって飛んできている。
俺は床に刺さった剣を蹴り上げ、空中で回転させて矢を弾いた。
あっさり矢が防がれたことに驚く連中に、後ろの床に刺さっていた二本の剣を投げつける。
「ぐぇ!」
「がっ……」
それぞれ喉に命中し、檻の上から床に落ちた。
徐々にこの部屋にも血の匂いが立ち込めてきたな。
「あと三人――――」
「ま、待ってくれ!」
残りを始末しようとしたら、突然声をかけられた。
そこには、残った三人が膝をつき、両手を上げている。
「降参! 降参だ! 命だけは助けてくれ!」
「……ふーん」
まあ懸命な判断だわな。
無抵抗になった人間を殺戮するほど、俺は殺人に快楽を覚えていない。
ひとまず、戦闘は終了だな。
「さて……じゃあ、お前らには聞きたいことがある。協力してくれるよな?」
三人の目の前に、剣を投げつけてやる。
半分ほどまで床に埋まった剣を見て、三人は何度も頷いた。
どうやら、これで情報も手に入れることが出来そうだ。
はー、しんど。