1-1 出会い
生暖かい血で頬が濡れる。
したたる水の音は、俺の持つククリ刀から滴る血の音。
俺の目の前には、三人の男の死体があった。
すべて首や足、腕までにも切り傷がついている。
見たら分かるとおり、俺がこの惨状を生み出した。
こいつらが、女に暴行をしようとしていた屑だったから……。
……というのは建前で、本当は金に困っていたからだ。
金欠で二日も何も食べていない状況で、殺しても誰も文句を言わない連中が女を襲っている。
ここまでお膳立てされれば、俺が動かないわけがなかった。
「……」
俺は無言でしゃがみ込み、男たちの懐を探る。
三人漁って、手に入れた現金は1300G。
まあまあの収穫だ。
これだけあれば、二日か三日はなんとかなるだろう。
「助けていただき、ありがとうございます」
他にも金目のものを持っていないか探っていると、近くで立ち尽くしていた女が声をかけてきた。
長く美しい金髪だ。
服もかなりの上物。
この男たちが襲おうとしたのも頷けてしまう。
こんなスラム街に近い路地裏に来れば、こういう目に遭ってしまうのは当然とも言える。
「……別に。今日の俺はかなりの金欠でね。こんなやつらから金を奪わないといけないくらいに。だからあんたのことはついでだよ」
「ついででも、私はあなたに助けてもらったんです。礼くらい言いますよ」
「礼ならいらないって。俺がほしいのは金だぜ? 持ってないならさっさとここから去りな。二度目はないぞ。俺はもうあんたを助ける理由がない」
目の前で、金を入れた小袋を揺らして見せる。
俺の態度をどう取ったのかは分からないが、女はその整った顔で不適な笑みを作った。
「そんな端金だけでいいんですか?」
「……は?」
女は、俺の足下に何かを落とした。
それは地面に当たった瞬間、ガシャリと重い音をたてる。
袋の口が若干開いており、中身がキラリと光った。
「き、金貨か……?」
「中に10万Gあります。受け取っていただいて構いませんよ」
俺は一歩後ずさった。
この女、不気味すぎる。
強姦されそうになっていたところを、こっちの事情で助けただけだ。
その礼が10万G。
ありえない、一月は余裕で暮らせる。
「そんなに恐れなくてもいいじゃないですか……ああ、なるほど。この程度じゃ足りませんか。ではさらにお礼を付け足しましょう」
「……ますます怖いな。一体何をくれるってんだ?」
10万Gをこの程度と言ったのか、この女。
俺はつま先に重心を移動させた。
いつでも後ろに跳んで、逃げられるように。
この女は、おかしい。
死体から香る血の臭いを嗅いで、それからこぼれる臓物の色を見ている。
なのに、女の顔色は一切変わっていない。
その前に犯されそうにもなっているのに。
俺の経験上、こういう女には共通している特徴がある。
関わってはまずいという特徴だ。
「逃げないでください。私はあなたに危害をくわえる気はありません」
女が一歩近寄る。
俺が一歩遠ざかる。
ただ、女の目には敵意も殺意もない。
このまま逃げ出すのは、逆に女の機嫌を損ねる可能性がある。
「……用件を早く言ってくれ。このまま不格好に踊っていたくはない」
「あら、連れないんですね。まあいいです。他に人が来てもややこしくなるだけですし」
女はその場に立ち止まり、俺に向かって腕を突き出す。
身構えた俺だったが、よく見ると、その手は差し出されたものだった。
つまりは握手の要求である。
「私は、あなたと仕事の関係を結びたいのです」
「……は?」
「内容は、私の専属護衛。身の回りの世話から、危険分子の排除まで、私のために働く仕事です。もちろん給料もそれなりのものを支払います。そこに落ちている金額が、可愛く見えるほどの。ただし、半年ほど講習と訓練を受けていただきますが」
護衛――――ようは、この女の安全を守る仕事か。
前に、そんな仕事をしたことがある。
正直なところ、仕事はほしい。
一文無しで生活する辛さを、今の俺はイヤと言うほど知っている。
それを脱出出来るならば、よろこんで飛びつきたい。
しかし、懸念すべきはこの女のこと。
「……相当警戒させてしまってますね」
「当たり前だ。せめて自分が何者なのかくらい明かせ」
「あ、そうでしたね。忘れてました」
何だこの女。
天然なのか、わざとなのか判断しにくい。
「私は『教会』の軍三番隊聖女、ルナと申します。あなたの力を、私に貸してくれませんか?」
「教会の人間……しかも聖女と来たか」
聖女と聞いて、俺の頭に一人の女がチラついた。
俺に目をかけてくれて、恩人と言ってもいい立場の女だ。
その女と、このルナと名乗った女は、どことなく似ている。
どちらも、『聖女』だからだろうか。
「実のところ、聖女とは存外狙われるものでして。最近もよく分からない団体にちょっかいを出されているのですよ。護衛期間はまだ未定ですが、ひとまずその団体が片付くまで――――と言うことでどうでしょう?」
「断ったら?」
「この話はなかったことに。そしてそこに落ちている『お礼』も回収させていただきます」
なんと言うことだ。
これで、俺の選択肢はほぼ絞られたと言っていい。
それにしても、断ればなにも与えないとは、かなり無茶苦茶を言っている。
まあ……『教会』の人間だしな。
「……いいぞ」
これはもう仕方がない。
金が惜しいのだ。
それに、あいつと同じ立場の人間なら、信用してもいいはずだ。
騙されてるなら、そのときはそのとき。
こいつの演技力の勝利だろう。
どうせ失うものは命しかない。
命一つで大金を狙えるならやすいもんだ。
「お前のその仕事、引き受ける」
俺はルナの手を取った。
「――契約完了ですね」
ルナは笑って、俺の手を強く握った。
「俺はククリ。元奴隷用兵だ」
「……武器の名前なんですね」
「気に入らないか? なら好きに呼べよ」
「いいえ、私は嫌いではないですよ、あなたの名前」
そう言って、ルナは微笑む。
なんとも美しい笑みだった。
「改めて名乗りましょう。私はルナ、聖女です」
「そちらはずいぶん綺麗な名前だな」
「気に入らなければ好きに呼んでいただいて結構ですよ」
「別に、嫌いじゃないぞ、お前の名前」
ルナは少し驚いた表情を浮かべた後、くすりと笑った。
どうやら少しは言い返すことが出来たらしい。
「契約通り、これからお前のことは俺が守る。この命と、お前からもらう金に代えて」
「現金な方ですね。善人よりもよっぽど信用できますが」
俺は、ルナの目を見て言った。
ルナも軽口で俺に合わせてくる
これが、俺の運命を大きく変えた、聖女という存在との出会いだった。