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日常


 朝、目が覚めると、そこは夢の中でもなく、古びた孤児院でもなく、この十数年間を共にした自室だった。

 何を当たり前のことを、こうして思っているのだろうか。

 そう自嘲しつつ、ここ数日の出来事が頭の中で鮮明な映像と共にループする。ベッドから降りても、階段を下っても、洗面所で顔を洗っても、朝食を前に手を合わせても、そのことばかりが浮かぶ。

 心此処にあらず。

 特に、吸血鬼になってから二日間は、常人が一生のうちに体験する刺激や恐怖を凝縮したかのような濃い時間だった。夕と蒼夜に言わせれば、こんなことは序の口らしいが、この先が不安で仕様がなかった。


「帳、あんた今日はうちにいるの?」

「あー、今日の予定は……」


 寝起きで冴えない頭をなんとか巡らせて思い起こす。


「あぁ……昼から出掛ける」

「お昼は?」

「いらない。出先でなんか適当に食って帰る」

「そ、はやく帰ってきなさいよ。あんた、最近、帰りが遅いんだから」

「へいへい」


 相も変わらず、母さんは心配性だった。


「おかーさん。今日のお弁当なにー?」


 黙々と朝食を口に運んでいると、二階から妹の日和ひよりが降りてくる。


「からあげ」

「えー、またー」

「嫌なら自分で作りなさい」

「ぶえー」


 世にも奇妙な鳴き声を発し、日和はいつもの定位置につく。

 俺の斜め前、対角線上、互いに顔を合わさなくていい位置だ。

 べつに仲が悪いとか、最近喧嘩をしたとか、そんなことはない。ただなんとなく、そうなっているだけだ。いつの間にかそうなっていて、べつにそれでも良いかと気にしもしないでいる。

 そんな当たり前の日常を、いまこうして再認識しているのは、俺が吸血鬼になったからか。


「それとって」


 視線の先にあるのは醤油差し。


「ん」

「ありがと」


 そいつを手渡すと、この後に会話が続くこともなく。

 日和は手早く朝食を平らげると「いってきまーす」と言って、返事もまたずに家を後にする。現役の高校生の朝は何かと忙しいモノで、いつもああして急ぎ足だ。

 忙しない妹がいなくなり、ゆったりした時間が過ぎていく。


「あら? あの子、お弁当」


 日和が家を後にしてからしばらくして、母さんが気が付く。テーブルの隅にある、薄いピンクの四角い包みに。

 日和の昼食になるはずだったそれが、今も変わらずそこに置いてあった。


「まったくもう、慌ただしいんだから……帳」

「……行かなきゃダメか?」

「あんたどうせ昼まで暇なんだから、それくらいしてよ」

「はぁ……わかったよ。これ、食ったらな」


 こうなるならもう少し遅く起きるんだったと、すこし後悔した。

 いや、だとしても届けに行かされるか。どう足掻いても運命を変えられなかったことに絶望しつつ、諦めたように最後のウィンナーを口へと放り込んだ。


「――あいつ、友達と一緒か」


 年頃の青年には似付かわしくないピンクの包みをぶら下げながら、歩くことしばらく。妹の通う高校までの通学路をなぞるうちに、日和の背中を発見する。が、その隣にもう一人、同じ制服を着た女子高生がいた。


「あー、面倒臭い」


 誰に言うでもなく軽めの悪態を付きつつ、携帯を取り出して日和に電話を掛ける。

 日和が着信に気が付いたのを確認し、俺自身は携帯を耳に当てたまま、通学路から反れるように角を曲がった。すると、ちょうど良いタイミングで通話が始まる。


「なに? いきなり」

「弁当を忘れた間抜けにお届け物だ。後ろの角にいるから来い」

「あ」


 ぷっつりと通話が途切れ、十数秒して日和が駆けてくる。


「あー、もー! 友達いたのに!」

「だから、気ィ使って隠れていたんだろうが。ほら、さっさと持ってけ」

「うぅー……仕様がないぃー」


 いったい何が仕様がないのか。

 渋々と言った風な顔をして、日和は弁当を受け取った。


「じゃあな。俺は別の道から帰るから」

「うん。……一応、ありがと。一応」

「二回、言ってんじゃあねーよ」


 妹に弁当を届けるというミッションを終わらせ、通学路に背を向けて別の道を行く。

 この道からいくと家まで遠回りになるが、まぁいいだろう。

 日和と一緒に出て行くのも憚られるし、かと言って時間差で踵を返すのも面倒な話だ。幸い、吸血鬼は疲れ知らず、時間もあるゆっくりと歩いて帰るとしよう。


「……ん? あれ? どっかで……」


 ふと、気になることが頭に浮上し、歩幅が狭くなる。

 気になること。それは日和の隣にいたあの女子高生のことだ。なにやら字面だけでみると不審者も良い所だが。とにかく、日和と会話していた際に見た、あの横顔だ。いま思い返してみると、どこかで見た覚えがある。

 遠巻きに見ていたからはっきりしないが、俺はどこで彼女を、日和の友達を見たのだろうか。日和の交友関係なんて知らないし、興味もない。だから、日和が関係のない所で見たに違いない。


「んんん……なんか、引っ掛かるな」


 とは言えど、思い出すことはなく。

 気が付けば自宅の前まで辿り着いていた。



「あぁ、思い出した」


 昼頃。

 当初の予定を消化すべく足を運んだ先で、朝からずっと引っ掛かっていたモノがすっと落ちる。目の前に広がる古びた建物、明星孤児院。俺はここで彼女を、日和の友達を見たのだ。

 傷だらけの吸血鬼を、見た。


「あの子、だったか」


 あの日、敵の襲撃を知らせた者。命からがら逃げ出してきた者。振り絞るような声で助けを請うた者。彼女はこの地区に住み、この縄張りに属する吸血鬼。混血の、隻翼の吸血鬼だ。


「さて……どうしたもんか」


 妹の、兄妹の、家族の側に吸血鬼がいる。

 それは吸血鬼の問題に、日和が巻き込まれるかも知れないということ。

 日和は嫌がるだろうが、一度これは話をしないといけないかも知れないな。


「あー! とばりにーちゃんだー!」


 今後のことに頭を悩ませていると、グラウンドから大きな声がする。

 グラウンドで遊ぶ小さな子供達が、こちらに駆け寄って来ていた。


「あそぼ、あそぼー!」

「肩車してー!」


 純真無垢な子供達。幼いの吸血鬼。

 みんなを見ていると、すこし憂鬱さ加減が楽になる。


「……よーし、ちょっとだけだからな」


 子供たちの要望に応えて、肩車したり、持ち上げて振り回したり、色々なことをして遊ぶ。グラウンドを横断する間だけの短い間だったが、子供達はとても喜んでくれた。それを見ていると、悩みもどこかへ吹き飛んでいった。


「ふふっ、大人気だね」


 子供達に手を振って孤児院の中にはいると、迎えてくれた夕がそう微笑む。


「まぁな。昔から子供には好かれやすい質なんだ」

「へー、蒼夜なんか最初はすっごく怖がられてたのに」

「そうなのか? そうだろうな、うん」


 気性が荒いし、言葉遣いも良くないし、いきなり攻撃されるしな。いや、最後のは個人的なものだが、とにかく子供受けはよくないかも知れない。

 今では子供達にも好かれている所を見るに、根は悪くないみたいだが。


「なんの話してんだ?」


 噂をすれば影が差す。

 とは、昔の人はよく言ったモノで、蒼夜が顔を見せる。


「いいや、なんでも」


 意図せず夕と声が言葉まで揃い。

 蒼夜は更に訝しげな顔をしたのだった。

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