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鉄血


 湾曲した鋭利な刃が、吸血鬼の腹部を貫いた。

 肉と臓物と骨を断つ、くろがねの大鎌。瞬時に柄を手前に引いてその胴を裂くと、今度は振り返り様に薙ぎ払い、背後の吸血鬼を斬り伏せる。

 振り抜いた刃から鮮血が散り、灰色の地面に斑を描く。


「これで……十七ッ」


 その数字は、周囲に転がる吸血鬼の数。


「残りは、三ッ」


 その数字は、眼前に立つ敵の数。


「すごい、すごい。流石は鉄血とあだ名されるだけのことはあるね」

「だが、ここまでのようだな」


 傷の治りが遅い。疲労も長引いている。喉が、渇く。

 血が足りない。血装と血装に割きすぎた、血を流しすぎた。貯蔵していた血液が枯渇しかかっている。


「もう諦めたらぁ? 潔く諦めるのも一つの手よぉ」


 目がかすむ、足がふらつく。


「――はッ、冗談」


 だが、それでも倒れている暇はない。


「ここは……最後の領地だ」

「あ?」


 影に貯蔵した血液をすべて注ぎ、新たに一つの鉄を創造する。


「四肢もがれようと、首刎ねられようと、ここだけは渡さない」


 それは大鎌よりも、小さな鎌。柄の長さも半分ほどしかない。

 だが、これでいい。これがいい。

 右手に大鎌を、左手に小鎌を、それだけあれば十分。


「ここは俺達の居場所だ。諦めたりしないし、、最後まであがき続ける」


 奴等に一矢報いるには、十二分。


「取れるものなら――取って見ろッ」


 血溜まりを蹴る。


「馬鹿だね。大人しくしておけば、楽に死ねたものを」


 奴の――風血ふうけつの諸手から風が舞い上がる。円を描き、旋風を巻き上げ、勢いを増すそれは、数多の刃となって放たれた。

 回避は、しない。

 必要最低限、奴に肉薄するのに邪魔な刃だけを小鎌で迎撃し、無理矢理に前進する。頬を、腕を、脇腹を、風の刃が裂いていく。しかし、一度として足を止めることなく、少しも速度を落とすことなく、血溜まりを駆け抜ける。

 秒と掛からず間合いに踏み込み、大鎌を薙ぎ払う。


「はい、残念」


 されど、この刃が敵を裂くことは、なかった。


「岩……血」


 岩血とあだ名される吸血鬼の血創。

 その能力は、岩の創造と自身の身体を岩の如く硬質化させること。

 大鎌は正面から受け止められていた。裂くことも、砕くこともなく、刃を掴まれ、勢いを丸ごと殺された。いまの俺に、奴を切り裂けるほどの余力はない。

 大鎌はもう使えない。即座にそう判断し、大鎌を放棄して小鎌で斬り込もうとした。

 だが。


「――がはッ」


 下方から突き上げられるように、何かがこの身を貫く。

 喉の奥から込み上げてくる血液。それを吐き捨て、視線が下へと下がる。その頃になってようやく、自分が何に串刺しにされたのかを理解する。

 自身の腹部を、臓物を、貫いたのは、一本の鋭い樹木だ。

 樹血の吸血鬼。その血創は樹木の創造。


「まだまだ、一本程度じゃあ足りないわよねぇ」


 血溜まりから幾つもの樹木が突き上がる。

 肩を、胸を、腕を、足を、次々と貫かれ、夥しい量の血液が流れていく。血が流れるたび、失せるたび、指先から力が抜けて、ついに得物から手が離れる。

 からん、からんと二つの鎌が地に落ち、消滅する。


「あっはー! やったぞ! ついにあの邪魔くさい鉄血を――」

「ま……だ、終わって――ねーよ」


 血は、すでに流れていた。

 隻翼は、混血は、吸血鬼と人の両方で成り立っている。流れる血も、半分は人間だ。人の血だ。奴等はそれを軽視した。だから、流れ出た血に警戒心を抱かない。反撃すら出来ないと、誤解する。

 その隙を、一瞬の気の緩みを、鉄の血創を以て突き貫く。


「――な!?」


 今更、この程度で奴らは殺せない。

 だが、一矢報いてやった。


「はッ……ざまぁ――みろ」


 鉄の槍は、たしかに三人を貫いた。


「き――貴様ァ!」


 怒りに呼応するかの如く、血創は、旋風は、激しく逆巻いた。

 乱回転する無数の刃。それは天を突いて舞い上がり、集いて一振りの剣と化す。

 身体は、もう動かない。防ぐ術も、逃げ果せる術もない。

 風血は振り下ろす。激情に身を委ね、思うまま致命の一刀を下す。

 そして、鮮やかな血の飛沫が散った。



 散ったのは、哲也の血だった。


「な――に!?」


 哲也から流れ出た血の溜まりを強く踏み締め、血飛沫は舞い散る。

 天と地がひっくり返ったかのように、血の雨を逆さに降らせながら、俺達は哲也の元に到着した。


「蒼夜っ!」

「わーってる!」


 負傷した哲也を護るよう、血混じりの氷が半球状に包み込む。

 同時に、今まさに振り下ろされた風の剣を、蒼夜の火炎が跡形もなく焼き尽くす。


「帳くんっ!」

「了解」


 発動するは、血装。

 重く、長く、俊敏に、うねる鞭の武装。地の底から這い出すように生み出した鞭を、強くしならせ横一閃に薙ぎ払う。完全に敵の虚を突いた連携は、敵に反応する暇すら許さず、終了する。

 つまり、敵のすべてを吹き飛ばした。


「哲也はッ、無事か!?」

「大丈夫。酷い傷だけど、まだ息はある」


 赤く氷結した血創に手をあてて、夕はそう言った。


「敵の――樹血の能力は今の不意打ちで消えているし、この中にいればちょっとずつだけと傷も回復する。問題は――」


 見据える先、それぞれの視線の先には、吹き飛ばした吸血鬼が映っていた。


「あいつ等をどうするか、だよ」


 男が二人、女が一人の三人組。

 いずれも手傷を負っているが、致命的なものではないと見える。


「――まったく。まったく、まったく、まったくさぁ! どうしてくれるんだよ。せっかく鉄血を殺す寸前だったってのにさぁ! よくもまぁ邪魔してくれたよなぁ」


 三人のうちの一人、小柄で生意気そうな男が、そう声を荒げる。


「熱血に、冷血。あとは……誰だ? お前。――まぁいい。どうせ全員、殺すんだ」


 援軍として俺達が駆け付けても、奴等に引く意思は感じられない。

 敵意も殺意もある。戦いは避けられない。


「蒼夜は右の岩血をお願い。私は樹血を倒す」

「あぁ」

「と、なると俺はあの生意気な奴か」


 西の陸橋を攻められた。

 そう聞いた時、夕と蒼夜は敵の予想を終えていた。敵のうちあだ名があるのは三名だけ。岩血と樹血、そして風血だと断定できていた。

 そして、ここに到着する直前にみた、あの巨大な風の剣。

 このことから、奴の血創は風と見てまず間違いないだろう。聞かされていた敵の情報と合致する。奴が風血とあだ名される吸血鬼。聞いていた通り、生意気でいけ好かない奴だ。


「帳くん。私と蒼夜でなるべく速く敵を片付けるから、それまで持ち堪えて」

「わかった。それまで死なないように気張るとするよ」

「……勝手に死ぬんじゃあねーぞ」


 二人はそう言うと、ゆっくりと俺から離れて各々の敵と相対する。


「一対一……この風血の相手が、無名のお前だと? ハッ、なんだ捨て石かぁ? お前」

「捨て石かどうかは試してみればわかるさ。それに、もしかしたら捨てられた石が頭に直撃して、その低い身長が更に縮むかも知れないぜ?」

「――お前、いま、なんて言った?」

「聞こえなかったのか? クソガキって言ったんだよ」

「ぶッ――殺すッ!」


 互いに、地面を蹴って肉薄する。

 混血と純血。隻翼と両翼。吸血鬼同士の死闘が、いま幕を開けた。 

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