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血液


血装けっそう血創けっそう?」

「そう。武装の装と、創造の創。血を以て武装し、血を以て創造する。だから、血装と血創って言うんだよ」


 古ぼけた孤児院の真下に位置する地下空間。

 装飾や色合いなど何もない、ただただ無機質でだだっ広いこの場所は、いわゆる吸血鬼の訓練場だった。隻翼が両翼に負けないよう、混血が純血に虐げられないよう、自衛の術を学ぶ場所。

 俺はここで夕と蒼夜の二人に、戦闘の手解きを受けていた。


「これが血装で」


 夕の手の平にある血溜まりから、赤いナイフが迫り上がる。


「こいつが血創だ」


 次に蒼夜の手の平にある血溜まりが、赤く燃え上がる。


「血装と血創、ね」


 血を以て武装し、血を以て創造する。

 血でナイフを武装し、血で炎を創造する。

 それが吸血鬼に備わった特異な能力。

 しかし、それは血装と血創だけに止まらない。その特異さは影にまで及ぶ。

 吸血鬼の影には、ちょっとした便利機能が備わっているのだ。それは、自らの影に重なった血液を貯蔵しておける、というもの。

 昨日、公園の血溜まりがいつの間にか消えていたのも、この影の所為だ。月明かりに映し出された影が、血溜まりと重なり、そのすべてを吸い込んだ。だから、消えてなくなった。

 もともと、他の生物に変身したり、若返ったり、常識離れしたことが出来るとは知っていたが、まさかここまでとは思いもしなかった。まるで魔法や超能力だ。


「その炎は夕も出せるのか?」

「ううん。私の血創は炎じゃあなくて、これ」


 不意に投げ渡される何か。

 放物線を描くのは、球状に固められた血液だ。

 それを目で追い、軌道を見極め、手の平で受け止める。


「――冷たっ」


 鋭く手の平の感覚を刺激したのは、冷たさだ。

 驚いて手が滑り、冷たいそれから手が離れると、その直後に硝子を割ったかのようなけたたましい音が響く。粉々になったそれは、まさしく血で創られた氷塊だった。


「氷、か。人によって違うのか? 血創って」

「うん。個人によってそれぞれ違うよ。能力によって名前も違ってくるし。ちなみに私が冷血で、蒼夜が熱血って呼ばれているよ」

「冷血と熱血ね」


 冷やして、熱して、氷と炎か。


「帳。てめぇはたぶん、もう血装――武装のほうは出来るはずだ」

「……身に覚えがないが」

「でなきゃ今頃、焼かれて灰になっている。跡形も残ってねーよ。俺はあの時……それくらいの火力で血創を放ったんだ」


 殺すつもりで放った。

 あの時、蒼夜はそのつもりで俺を焼いた。だが、そうはならなかった。全身に大火傷を負いはしたものの、死には至らなかった。それは何故か? 俺が無意識に、身を護るため、血装を発動していたから、か。


「そう言えば夕にもらった輸血パック。あの時、投げ付けていたっけな」


 炎を前にして、それを消火しようと、焼け石に水を覚悟で投げていた。

 それが結果的に、俺の命を救っていたのか。


「ん? でも昨日、殺したあいつは、そんな素振りを見せなかったけど」

「ま、何事も得手不得手があるってこった。血装と血創も、出来る奴と出来ない奴がいるんだよ。てめぇは出来る側だ。とりあえず、やってみな」


 無造作に投げ渡された輸血パックを受け止めた。

 これを、この人の血を、武装へと変質させる。


「ん……こう、か?」


 頭で思い描いた血装を、手の平を介して伝達する。

 すると、瞬く間に血液に変異が起こり、それはパックを突き破って形を成す。

 一振りの剣として。


「まぁ、こんなもんか」


 二度、三度と試し切りのように空を斬る。

 強度は特に問題なし。本気で握っても柄が潰れないことから、あの吸血鬼の頭よりは硬いことがわかる。質量も重すぎず軽すぎず、良い塩梅に調節されている。


「一発で成功か。まぁ、一度できたことだ。当然だな」

「蒼夜は出来るのに結構かかったけどね」

「るせー」


 夕と蒼夜のやり取りは、まるで本当の家族のようだった。

 しっかり者の姉と、やんちゃな弟。きっと昔からそんな関係だったのだろうと、この光景を見て思う。


「あ? なに笑ってんだ」

「いや、べつに」


 顔に出ていたか。


「それより、次は創造のほうの血創を――」


 その時、地上へと続く入り口から声が響く。


「てきしゅー!」


 可愛らしい、警鐘が。


「敵襲って言ったか、いま」

「チッ、次から次へと」

「とにかく、訓練は中断。地上にいくよ」


 戦闘訓練を一時中断し、地上への階段を駆け上る。地上に戻り、急いで食堂のほうへと向かうと、一人の見知らぬ吸血鬼が目に入る。傷だらけの彼女は、自分を抱き締めるようにして震えていた。


「どこが襲われてるの?」

 彼女の前で難しい表情をした虹子さんに、夕が駆け寄る。

「西の陸橋よ」

「またぁ!?」


 夕の反応を見る限り、襲撃されたのは一度や二度じゃあないらしい。

 隻翼は嫌われる、か。


「敵のクソッタレはどのくらい居る?」

「かなり多いみたい。今は哲也が抑えているけれど、長くは持たないわ」

「……わかった」


 ほんの僅かに間を置いた夕は、そう言って踵を返す。

 その足音は強く響き、俺の目の前で止まる。


「帳くん。いまは少しでも人手が欲しい。戦える戦力が欲しい。だから――」

「あぁ、わかった。一緒に戦う。ここに居させてもらうんだ、きっちり家賃は払わないとな」

「……ありがとう、帳くん」


 にっ、と夕は笑う。


「本当に連れて行くのか? そいつはまだもう片方――血創だって覚えてねーんだぞ」

「それは現場に向かいながら説明するよ。それに血創が使えなくても、そうそう簡単に帳くんはやられない」

「どうしてそう言い切れる」

「蒼夜も気付いているでしょ? 単純な身体能力に限れば、私達より優れているって」

「……けっ」


 すこし不機嫌そうな顔をしたが、しかし蒼夜は否定しようとはしなかった。


「決まりだね。それじゃあすぐに――」

「あ、あの!」


 今まで震えていた傷だらけの吸血鬼。

 彼女は絞り出すような、精一杯の小さな声で言う。


「私は、なにも……出来ませんでした。だから! お願いします。みんなを、助けてください」

「うん、大丈夫だよ。私達に任せて」


 声も上手く出せないほど、心に募った不安や恐怖。それらを優しく和らげるように、夕は微笑んだ。大丈夫だ、任せろ。その言葉はきっと、傷だらけの彼女に微かにでも安心を与える言葉だ。勇気づける言葉だ。

 そして、それは自らに課した覚悟の証でもあった。


「行こう。哲也が待ってる」


 俺達は孤児院を後にする。

 足早に路地へと向かい、両側の狭い壁を交互に蹴って屋根へと登り、そこから陸橋を目指して駆け抜ける。

 現時刻は午後二時を過ぎたころ。吸血鬼が白昼堂々とはな。

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