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日光


「あ、気が付いた?」


 気が付くと、目の前に夕がいた。


「……俺、寝てたのか?」

「うん。この部屋についてすぐ」

「そうか。流石に、負担が大きすぎたか」


 ゆっくりと上体を起こし、周囲を見渡した。

 必要最低限の物しか置かれていない、無味無臭の簡素な部屋。窓が開いているから、換気はされているみたいだが、それでもやや埃っぽい臭いがする。そう言えば、もともとここは空き部屋だと夕が言っていたっけ。


「ん? あ、日の光」


 窓から射し込む日光が、今現在に渡って俺達を照らしている。

 吸血鬼は日の光を浴びると灰になるんじゃあ。


「大丈夫だよ。生きている限り、灰になったりしないから」

「そう、なのか? いや、でも」

「知ってる? キミの言う吸血鬼の弱点は、ほぼほぼ死んだ吸血鬼にしか効果がないんだよ」


 マジか。


「日の光も?」

「うん、平気」

「ニンニクとか」

「ギョウザとかラーメンとか大好き」

「十字架」

「ただのバッテンにしか見えない」

「銀の弾丸」

「それは効く。死んじゃう」


 銀はダメなのか。


「と、言うか。私達みたいな存在はみんな銀が苦手なんだよ。銀が万能すぎるの」

「なんというか……俺の中にあった吸血鬼の常識が色々と崩壊してくるな」


 まぁ、実際のところ日の光で灰になるのなら、今日まで吸血鬼が生き残れているはずはないのか。朝になるたび命の危険がある生活なんて、幾ら強靱な心と体があっても耐えられないだろう。


「んっ、んんん……はぁー……それにしても、もう朝か。随分と寝てたな」

「身体の調子はどう? 一応、寝ている間に血は飲ませておいたんだけど」


 言われてみれば、身体に痛みが少しもない。

 身体はとても健全で、火傷の痕一つ見当たらない。吸血鬼の治癒能力が、いかに優れているのかが一目でわかる。全身に至る大火傷も、血を飲みさえすれば一晩で治るか。こう言う所は便利だな。吸血鬼って言うのも。


「大丈夫みたいだ、問題ない。すまないな、何から何まで」

「謝るのはこっちのほうだよ。ごめんね、うちの蒼夜が」

「まぁ、あれは間が悪かったんだよ、仕様がないさ。……すげー痛かったけど」


 昨日のことを思い浮かべつつ、些細な悪意を込めて理解を示す。


「そう言ってくれると助かるよ。でも、きちんと謝罪はしないとね」


 夕は視線を部屋の扉のほうへと向かわせる。

 釣られて俺もそちらに視線を向けると、罰が悪そうな顔をした蒼夜がいた。


「その……なんだ……悪かったよ。早とちりしちまって」

「……あぁ、そうだな。その謝罪は受け取るよ。ただ、それはそれとしてだ」


 寝かされていたベッドから降りて立ち上がる。

 歩行に問題はなさそうだ。問題なく拳も握り締められる。そう、確認するように拳を握ったり開いたりしながら、蒼夜の側にまで歩み寄る。

 そうして蒼夜の真正面に立つと、拳を振りかぶり、そのまま振り抜いた。


「――ぐッ」


 頬を穿たれた蒼夜は、勢いよく吹き飛んで廊下の壁に激突する。

 その際、衝撃で脳が揺れたのか、ふらついて立っていることが出来ずに膝をつく。そんな様子の蒼夜に更に近付き――だが、今度は拳ではなく、手を差し出した。


「こいつで全部、チャラだ。後腐れなくな」

「……一発でいいのか?」

「よく言うだろ? 殴るのほうも痛いんだよ」

「……そうかい」


 差し出した手を、蒼夜は掴む。

 ふんばりを効かせて、引き上げるように蒼夜を立たせた。

 そこには、もう蟠りや後腐れなど存在していない。


「和解は済んだみたいだね。帳くんの調子もいいみたいだし」


 口を挟むことなく、ただ成り行きを見守っていた夕は、そう明るい表情で言う。

 俺が拳を握り締めたのが、夕からは見えていたはずだ。それでも黙っていたのは、止めなかったのは、こうなることがわかっていたからだろう。なかなかどうして、察しがよくて助かる。


「さ、丸く収まったんだから、これに着替えて。はやく食堂にいこう? 朝ご飯、もう出来てるよ」


 手渡されたのは、上下の衣服だ。

 今着ている服は、燃えて焦げてボロボロだった。


「あぁ、そうしよう。その話を聞いたら腹が減ってきた」


 思い返せば、昨日の昼頃から飲みはしたが、何も食べていない。

 腹の虫が喚き散らす前に着替えを済ませ、胃袋に何か詰め込もうと俺達は食堂へと向かう。廊下を進むにつれて、良い匂いが漂ってくる。まだ見ぬ朝食に期待を膨らませつつ、食堂に続く扉を開くと、沢山の子供達が出迎えてくれた。


「あー、やっと来たー」

「おねーちゃんたち遅いよー」

「はやくっ、はやく座ってー」


 駆け寄って来た子供達に手を引かれ、席にまで誘導される。

 ここだよと、教えてくれた女の子にお礼を言って頭を軽く撫で、イスに腰を下ろす。朝食の献立は、白米、ベーコンエッグ、味噌汁、小松菜のおひたしだ。


「その様子だと、蒼夜と仲直りしてくれたみたいね」


 近くから聞こえた声に反応して振り向くと、隣に虹子さんがいた。


「えぇ。それはもう後腐れなく」

「そう、それはよかったわ。ありがとう、蒼夜を許してくれて」


 もしや、そのために俺をこの席に?

 ふと誘導してくれた女の子に目をやる。

 女の子は、こちらの視線に気が付くと、花のような笑顔をみせてくれた。


「まぁ、いいか」


 それほど気にすることでもない。


「さて。全員が揃ったことだし、朝ご飯を食べましょう。はい、みんな声と手を合わせてー」


 いただきます。

 食堂にこだました数多くの声音は、そして賑やかなものへと変わっていく。

 吸血鬼の日常は、人とさして変わらない。みんなで集まって朝食を食べる。暖かな団欒と、幸せな朝の一幕。ここだけ切り取ってみれば、人の死などとは無縁のように思えてしまう。

 しかし、だからこそ、色濃く思う。

 ここにいる全員が、人の血なしには生きられないということ。

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