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暗闇


「よう、今日は顔色がいいみたいだな」


 中央に噴水が設けられた、こぢんまりとした休憩所。備え付けられたベンチの一つに腰掛けていた育太は、俺の存在にに気が付くとすぐに立ち上がった。


「もう見てないのか? あの夢」

「あぁ、お陰様でな」


 あの日以来、自分が吸血鬼であると自覚して以来、あの夢は見ていない。育太にそう言われるまで、悪夢に魘されていたことを忘れていたほどだ。

 夢、というよりはフラッシュバックに近い現象だったのだと思う。

 余りに衝撃的で、鮮烈な記憶が、眠っている間に映像として再生されてしまっていた。

 だが、それでも慣れてしまえば、吸血鬼の生活に順応してしまえば、衝撃も鮮烈も薄れてしまう。だから、夢を見なくなった。現実は夢よりも刺激的だ。


「ここから近いのか? ラーメン屋」

「あぁ、ここからちょっと歩くけどな」


 それは偶然にも、あの日に交した約束だった。

 美味いラーメン屋を見付けたから食いに行こう。危うくその約束も果たせずに死にかけたが、なんとかこうして生きてこの日を迎えることが出来た。幸いなことに、吸血鬼になってもニンニクは食える。


「んじゃ、行くとしますか」


 育太に案内されながらラーメン屋に向けて歩き始める。

 他愛のない話をしながら、ゆっくりと街の中を行く。ほんの少し前まで当たり前だったことが、今ではとても貴重な時間と感じてならない。友人との会話が、街の風景が、流れていく時間が、とても尊いと思えるほどに。


「ついたぜ、ここだ」


 あっと言う間に目的地に辿り着き、俺達はラーメン屋へと足を踏み入れる。

 内装は至って普遍的。特に変わった所はなく、カウンターとテーブルの席がある。メニューの種類は豊富なようで、張り出されたラーメンの種類は多い。それなりに繁盛しているようで、席の空きはそれほどないように見えた。


「おっちゃん。俺、味噌ラーメンね」

「俺は醤油で。あと、ギョウザも」

「あ、それ俺も追加で」

「あいよ。味噌と醤油、ギョウザ二つね」


 カウンター席に座り、注文を済ませる。


「そういやさ。夢の話じゃあないけど、また出たらしいな吸血鬼」

「……へぇー、そうなのか。どこで?」

「ここから少し離れた所にデカい陸橋があるだろ? あそこの下に血塗れの男がいたんだってよ」

「そいつはまた、ありがちな話だな」


 心当たりがありすぎる話だが、惚けたように言って水を一口含む。

 それにしても、陸橋の下に血塗れの男か。

 恐らく、哲也が倒した吸血鬼のうちの誰かだろう。あの戦いで死んだ奴は多いが、生き残った奴も少数ながらいるだろう。傷が癒え、死なずに済んだ誰かを、偶然人間に目撃されたという訳か。


「なんか、最近こう言うこと多いよなー。あー、やだやだ。平和な日本はどこにいったのやら」

「多いか? 吸血鬼の名前なんて月に一回、聞くか聞かないかくらいだぞ」

「あぁ、違う違う。多いって言うのは、吸血鬼じゃなくて流血沙汰のほうだよ。ほら、この前だって事故があって当たり周辺、血の海になったって言うじゃん」

「んんん、まぁな」


 それもあの日の出来事だったっけ。


「それに加えて、なんかこの周辺で不良が集まって悪さしてるって噂もあるんだぜ? 実際そいつらに血が出るまで殴られたとか、カツアゲされたとか、そう言う被害者だって結構いるみたいだし。もう治安なんてガタガタだぜ」

「まるで野蛮人だな」

「それによー。その不良集団、自分達のことをなんて呼んでるか知ってるか?」

「いいや。見当もつかないな」

「――ベルセルク、だってよ」

「は?」


 それは、その名は、つい最近になって聞いた言葉だ。


「どう言うことだ? そ――」

「はい、お待ち遠様」

「おっ、来た来た」


 ラーメンとギョウザの介入により、話は流れてしまう。

 ベルセルクと名乗る不良集団。これは偶然の一致か、それとも。


「ん? 食わねーのか?」

「いや、ちょっと考え事してただけだ。いただきます」


 疑問は尽きないが、いまは目の前の醤油ラーメンを平らげるとしよう。



 夜。星の輝きが街の光で掻き消される頃。

 昼間、ラーメン屋で昼食を取った俺達は、その足でゲームセンターやらカラオケやらに赴き、この時間になるまで遊び歩いた。いまはその帰り道、育太とも別れ、一人で帰宅する真っ最中。

 一人になって空に浮かぶ月を眺め、思うのはやはり昼間に聞いた不良集団のことだ。

 ベルセルク。

 異常や異端に憧れる年頃の少年なら、自分達を大きく見せるため、見栄を張って付けそうな名前ではある。由来も、意味さえも知らず、言葉の響きだけで、そう名乗ることはままあることだろう。

 だが、どうにも引っ掛かって仕様がない。

 偶然とは、思えない。


「たしか、この近くだったか」


 不良の集団に襲われた。そう被害者が主張する場所が、この近くにある。

 そこは自宅からもそう遠くない位置だ。そう思うと、余計に気になってしまう。ふらりと、すこし立ち寄ってみるか。そんな気分にもなってしまい。何をどうしようという訳でもないが、自ずと爪先がそちらへと向く。


「この辺か」


 ぽつり、ぽつりと街灯が立つ狭い道。

 大通りとは光量の差が激しく、暗い部分が多い。暗闇ゆえの見通しの悪さと、人気の無さ。賊まがいのことをするなら、打って付けな場所。いつ不良の集団が出没するかも分からないその道を、ゆっくりと進んでみる。


「……いるな」


 そうして数メートルほど進んで、気が付く。

 周囲にちらほらと人の気配がすることに。

 不自然に見えないよう、あたかも気紛れにそちらを見るようにして、気配を目で辿ってみる。確認できた数は五人から六人と言った所か。物陰に、暗がりに隠れて様子を窺っている。

 奴等は闇夜に紛れているつもりだろうが、吸血鬼の目はそんな奴等の間抜けな面がはっきりと見えている。

 寄って集って通行人を襲い、金品を巻き上げる。まるで追い剥ぎの所業だ。自宅の近くにこんな奴等がいては堪らない。


「はーい、そこのお兄さん止まってー」


 頃合いを見てか、前方に三人の少年が現れる。同時に、後方にも三人。

 俺を挟み打ちにするようにし、逃げ道を塞いでいた。


「僕達さー、いまとってビンボーなんだよー。だから、お小遣い。恵んで欲しーなー」

「……お前等が噂のベルセルクって奴か?」

「無視かよ。ま、いいや。そうだよ、俺達がベルセルクだ。噂って言ったからには知ってんでしょ? 俺等に刃向かったらどうなるか」


 六人、それぞれの手には得物が握られている。

 金属バットに鉄パイプ、メリケンサックに、ナイフまで。最後の得物なんかは所謂バタフライナイフという奴で、今日日ドラマでも見ないモノだった。俺の世代でもギリギリしっているか知っていないかの骨董品なのに、よくもまぁ。


「ほら、さっさと有り金おいてけよ。それともサンドバッグになりてーのか」

「生憎と、さっき遊んで来たばっかりなんだ。財布の中身はすっからかんで、有り金なんてものはそもそもない。間が悪かったな」

「そんな嘘を信じると思ってんのか、間抜け」

「信じるも信じないも事実だ」

「なら財布おいてけよ。すっからかん、なんだろ」

「いやだね。この財布は気に入ってるんだ、とってもな」


 金など出さない。

 遠回しにそう言ってやると、不良は一つ大きなため息を吐く。


「いるんだよなぁー、世の中にはこう言う馬鹿が。なに、ナメてくれてんの? お前。俺さぁ、お前みたいな奴、ホントに嫌いなんだよねぇ。たかだか数年先に生まれたってだけで、大人の面して上からモノ言っちゃってくれてさぁ」

「奇遇だな、俺もお前みたいな奴は嫌いだよ。こんな風に、群れてなきゃ何も出来ないガキは特にな」

「……あっはー……もう泣き喚いても許してやらねー。おい、これ持ってろ」


 不良は仲間の一人に金属バットを投げ渡すと、懐から何かを取り出した。

 それはこの状況には余りにも不釣り合いで、不良には似付かわしくないモノ。淡い桃色の可愛らしい装飾が施された、コンパクトケース。不良はそれの蓋を開き、中身からクリーム状の何かを手に取ると、それを躊躇なく頬に塗りつける。

 いったい、何をしているんだ?

 そう、疑問に思ったのも束の間。


「よこせ」


 不良は、仲間から投げ返された金属バットを掴み、その先端をアスファルトの地面に叩き付ける。

 瞬間。酷く重く、鈍い音がして、金属バットは歪に曲がり、道路の一部が陥没する。硬いアスファルトを砕き、地中に突き刺さった金属バットを引き抜くと、不良はニタリと笑い、それを肩に担ぐ。


「野球しようぜ。その頭カチ割ってやっからよォ!」


 そして、その速力は、加速は、人の領域を遥かに超えていた。

 瞬時に間合いを詰められ、振り下ろされる歪な得物。

 その攻撃は遥かに人間をしのぐ威力と速度を誇っていた。

 が、吸血鬼には遥かに及ばない。


「よっと」


 降ってくる金属バットを、意図も容易く掴んで止める。

 片腕だけで、片手だけで、その勢いすべてを殺す。


「な――離せッ! 離せよッ、コラァ!」


 不良が両手と身体、体重のすべてを使って引っ張ろうと、この手は微塵も動かない。それほど力を入れずに握っただけで、金属バットに指が食い込むほどの握力だ。たかだか人間を越えたくらいで、どうにかなるほど吸血鬼は弱くない。


「悪いな、野球は見て応援しているのが一番楽しい質なんだよ」


 空いていた左手を伸ばし、不良の顔面を掴み取る。

 顔を潰さないよう力加減をしつつ、持ち上げて振り払い。左側のブロック塀に叩き付ける。普通の人間なら生死に関わるような危険行為だが、あれだけの怪力が出せるからには、身体のほうもそれなりに頑丈になっているだろう。

 証拠に、血反吐を吐いてはいるが、それだけだ。

 とりあえず、これで一人。


「さて、次はどいつだ?」

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