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狼血


「結論から言えば、交渉は成立した」


 子供達のいない静かな食堂で、蒼夜は言う。


「俺達が捉えた三人の解放を条件に、奴等の派閥はしばらくのあいだ、俺達に手が出せない」

「手が出せない? 出さない、じゃあなくてか」


 それに交渉材料は――人質は、すでに解放していると蒼夜は言った。

 人質を取ったまま奴等の親玉に言うことを聞かせた、なら理解できる。だが、解放してしまっては、成立した交渉を反故にされる危険性が極めて高くなってしまう。隻翼に通す筋などないと、俺達を疎んでいる両翼は平気な顔をして攻め込んでくる。

 とても不可侵を護るとは思えない。

 護る理由。護らなければならない理由があるのか?


「あぁ、出せないんだ。もし奴等がまたちょっかいを出して来たら、俺達は他の派閥にこう言い触らす。奴等の兵隊は隻翼に大敗するほど弱い、ってな」


 悪評の流布。

 隻翼に大敗を喫した。それは両翼の吸血鬼にとって、この上ない屈辱になる。

 単なる面子やプライドの問題か? 自尊心を傷付けられるのが嫌で、手が出せなくなる? いや、なら、その敗北を払拭しようと、更に戦力を掻き集め、攻めて来ても可笑しくない。手が出せない訳ではない。

 そうなると手が出せなくなる、別の要因があるということ。


「……そうか。隻翼に大敗する程度の戦力しかない。あそこは弱い。そう知った他の派閥が、奴等を攻める」

「そう言うこった」


 誰だって、何処だって、自身の領地は広げたいものだ。


「奴等は所詮、烏合の衆だ。敵意が同じ方向に向いているだけで、味方同士でもなんでもない。虎視眈々と機会を窺って、隙あらば喉元に食らい付こうと、牙を研いでいるような連中だ」


 敵の敵は味方という言葉がある。

 だが、それが成立するのは、飽くまで戦っている最中の一瞬だけだ。その瞬間が過ぎ去れば、敵の敵は、やはり敵になる。利害で結ばれた関係は、解けるのも容易い。


「……やけに自信満々だけど、実際にあったことなのか? それ」

「でなきゃ、安易に人質解放なんて出来るかよ」

「そりゃそうか」


 熱血とあだ名される蒼夜。冷血とあだ名される夕。鉄血とあだ名される哲也。

 このあだ名は何れも脅威の対象として両翼から付けられたものだ。それは、たとえ隻翼だとしても認めざるを得ない実力がある、そう両翼が認識したことを意味する。きっと数多くの吸血鬼を返り討ちにしたに違いない。

 そして、だからこそ経験している。

 両翼が両翼を、純血が純血を、攻め立てるのを。


「とりあえず、此処までが現状報告だ。それで」

「ここからは私の出番だね」


 蒼夜と入れ替わるように、夕が前へと躍り出る。

 気分は何かの講義を受けているようだった。


「今度はなんの話をするんだ?」

「今後、私達が注視すべき敵について、だよ」


 注視すべき敵。

 奴等――風血たちの派閥だけが敵では、当然ない。

 その他すべてが敵である現状、次の敵を知っておく必要がある。次に襲ってくるのは何処か、俺たち隻翼はそれを常に見据えていなければならない。


「私たち隻翼の――明星あけぼしの縄張りは、街の角にあるって言うのは知っているよね?」

「あぁ、それで俺達を押さえ込むように、二つの派閥が覆い被さっているんだろ。名前はたしか、逢魔おうま丑三うしみつだっけか」

「その通り」


 風血を擁しているのが逢魔で、現状において脅威ではなくなった派閥になる。

 街の形を簡略化してただの正方形にした場合、右下の角にあるのが俺たち明星の領地。そして、その左側に位置するのが逢魔であり、真上に位置するのが丑三となる。

 二つの派閥は、いずれも俺達より広い。それ故、逢魔と丑三も領地が触れ合っている、ということだったはずだ。


「と、なると警戒するのは丑三の派閥になるのか?」

「ううん、丑三は実のところ警戒しなくてもいいんだよ。あそこは他とは違うから」

「違う?」


 いったい何が。


「帳くん。前に話した吸血鬼の弱点の話、覚えてる?」

「ん? あぁ、銀が弱点なんだろ?」

「そう、それ。その時の話、もうすこし詳しく思い出して見て」


 思い出す。

 あの時、俺は夕に幾つも質問を投げ掛けていた。吸血鬼の弱点。一般的に知れ渡っているモノの数々を投げ掛け、その何れも否定された。だが、最後の一つだけ、銀だけが吸血鬼に有効打と聞かされた。

 あの時のことを、もっと詳しく。

 銀が万能だと、そう言えば言っていた。私達みたいな存在はみんな銀が苦手だと。

 私達みたいな存在? それはつまり、吸血鬼以外にも、人ではない何かが存在するということか?


「……丑三は吸血鬼の派閥じゃあない?」


 矛盾はしていない。

 虹子さんは以前にこう言った。隻翼の、混血の吸血鬼の派閥は一つだけだと。

 俺はそれを、その他の派閥はすべて純血の吸血鬼のモノだと解釈したが、実はそうではなかったのかも知れない。俺が思い込んでいただけで、他の人ではない何かの派閥が存在していても可笑しくない。


「そう。私達は丑三の派閥を狼の血。狼血ろうけつって呼んでいるの」

「狼血。……狼……まさか、狼男おおかみおとこ――丑三は人狼じんろうの派閥か」


 人狼。ウェアウルフ。ワーウルフ。ルーガルー。ライカンスロープ。リュカントロポス。リカント。リカントロピー。狼人間。獣人。悪魔。

 吸血鬼やフランケンシュタインと共に、知名度において並び称されるほどの異形。人と狼の混血。半人半狼の怪物。満月を見ると狼と化し、人を襲うバケモノ。

 吸血鬼の天敵とされ、吸血鬼と同一視され、吸血鬼と共に語られる存在。

 人浪の狼と、吸血鬼の血。ゆえに、狼血。


「その昔、吸血鬼と狼血との間で大きな争いがあって、狼血はそれに大敗した。多くの仲間を殺され、絶滅寸前にまで追い込まれた。だから、狼血は吸血鬼を嫌っているの。だから、純血でない混血は、両翼でない隻翼は、狼血にとって優先順位が低い」

「優先順位、ね」


 狼血にとって純血も混血も敵であることに変わりはないだろう。

 ただ憎悪のほどが、血の濃さに比例しているのだ。

 吸血鬼としての血が濃いほど憎く思い。血が薄いほど優先順位が低くなる。だから半人半鬼であり、隻翼であり、混血である俺達のような、吸血鬼としての血が薄い存在を後回しにしているに過ぎない。

 あるいは、半分だけ人間であるという共通点が、憎しみを和らげているのかも知れない。まぁ、世の中には同属嫌悪という言葉もあるし、可能性は低いけれど。


「逢魔と丑三。隣接する二つの派閥に今のところ脅威はない。と、なると、俺達はどこを警戒するべきなんだ?」


 他の派閥が逢魔と丑三を越えて、明星に侵攻してくるとは考えにくい。

 丑三は言わずもがな、逢魔とて自身の領地に敵兵を踏み込ませたくはないはずだ。

 それでも侵攻すると言うのなら、少数での行動を余儀なくされるし。それでは明星の領地を落とせない。

 なら、俺達が警戒すべき敵とはいったい。


「私達が警戒すべき相手は派閥じゃない。どこの派閥にも属していない、たった一人の個人」


 夕は、そして、その者の名を口にする。


狂戦士ベルセルク

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