ある街のどこかの屋上にて
街には実に多くの数、種類の人間が縦横無尽に歩き回っている。老若男女、外国人、学生、サラリーマン、主婦に主婦、家族連れの父、母、子供等々、まるで人間の見本市のようだ。私は買い物で来ていたビルの屋上から街を見下ろし、その多種多様さを改めて感じているところだった。
(うん、やっぱり良い街だな)
長い髪が風でたなびくのを軽く手で押さえながらそんな風に思った。今このビルの屋上には私と他に数人いる程度で割と静かだ。多くの人はビルの中で買い物やお茶を楽しんでいることだろう。私はすでに用事を済ませており、帰る前にフラっとここに立ち寄ってみた。この町は賑やかさが売りで私もそれを気に入っているが、たまにはこうして静かなところで一息つきたくなるものだ。
そうして一人でボーっと街の光景を眺めていると、ふと隣に気配を感じた。そちらに顔を向けると、そこには見知った顔の男が立っていた。
「よう、葉月。奇遇だな」
彼は片手を挙げて笑顔を見せる。
「あ、圭介。こんにちは。」
「おう。今日は買い物か?」
「うん。もう済んでこれから帰るところだけどね。圭介は?」
「俺は今日サークルのやつら数人と遊びに行く予定だったんだが、一人風邪ひいちまってな。予定はキャンセル。これから土産を持ってそいつの見舞いに行くところだ。」
彼は肩をすくめてに言った。
「それは残念だね。でもちゃんとお見舞いに行くのは偉いじゃない。さてはその人、気になる女の子なのかな?」
私はにやりと笑いながらからかってみる。言った後でちょっとオヤジ臭いかなとは思ったけど、
「は!?いや、別にそんなんじゃねえよ!」
と彼は明らかに慌てた様子だった。どうやら図星らしい。
「ここまでのテンプレ反応をするとは…ごちそうさま」
わずかに呆れ驚きつつも、彼のらしいなとも思う。
あまりにバレバレな反応をしてしまったのが恥ずかしかったのか、彼は少し顔を赤くしながら言った。
「まあ、その、そいつには普段世話になっているんだよ。それに今回の予定がキャンセルになっちまったの気にしてるかもしれないから、余計に心配でな」
私はその言葉に
(こういうところはやっぱり流石だな)
と思った。彼はよくぶっきらぼうな態度を見せるが、それは照れ隠しする時がほとんど。彼の隠し切れていないやさしさを見るときはいつも心がほっこりする。
「それでここでお見舞いの品を買っていた、といったところか。なるほどね。でもって買ったはいいけどすぐにその彼女のところにいく勇気が出なくて屋上に寄ったと」
「…なあ、俺ってそんなにわかりやすいか?」
意地張るのを諦めたのか、うなだれてそんなことを聞いてくる。
「私は君の素直なところを気に入っているよ」
「おう、ありがと…う?」
釈然としないご様子。そんな彼の姿が微笑ましくて笑みがこぼれる。
「おい!今笑っただろ!?」
「ハハハ。そんなことないよ」
「おもいっきし笑ってんじゃねえか!」
「気のせい、気のせい」
静かだった屋上に二人の笑い声が響く。彼とこの街で知り合って数年、お互いに時たま顔を合わせているぐらいだが、不思議と馬が合う。
ひとしきり雑談を交わした後、彼はようやく決心がついたようで
「それじゃ、そろそろ行くわ」
と前のフェンスを軽く叩きながら言った。
「そう。頑張ってね。」
「お、おう。じゃあな!」
彼は手をひょいと挙げてから屋上の扉へと歩いていった。私はその背が見えなくなるまでその場で見送った。
(ふふ。やっぱりこの街に来てよかった。)
視線を移すと屋上と室内を隔てる窓ガラスに自分の姿が映り込んでいるのが見えた。そこには長い黒髪におとなしめでありつつも凝ったデザインのブラウスとロングスカートを身に着ける自分が立っていた。
その時、また横から声を掛けられた。今度は知らない男だった。
「こんちはー。君、さっきの男にドタキャンされたの?ひでーなー。もしよかったらオレと一緒に暇つぶししない?」
一気にまくし立ててきた。どうやら圭介が私と話して、そのあとに去っていくのを見ていたらしい。この行動力は素直にすごいと思う。
「さっきの男の子は偶然鉢合わせた友達ですよ。それに私もそろそろ帰ろうと思っていたところですので、残念ながらそのお誘いは遠慮させていただきます。」
内心で面倒くさいと思いつつ、それを表には出さずにやんわりと申し出を断る。しかし、それで素直に引き下がるタイプでもないらしい。
「帰るってことはこの後暇でしょー。いいじゃん、遊ぼうぜ!それにしても君、背が高くてスラッとしていて素敵だね~。それに…」
(まさか、こうやっかいな人に絡まれるとは。まあ、でも…)
いまだ露骨に嫌な顔をせずに、あえてその男に向かい合ってニコリと笑みを浮かべてから言ってやる。
「ごめんなさい。僕、彼女がいるんです。だからお兄さんとは遊べないな」
「それでさ~…へ?」
ペラペラとお世辞やら何やら言っていた男はピタリと口を止めてから気の抜けた返事をした。私の言ったことがすぐに理解できなかったようだ。というか私をナンパしている時点でそれは当たり前のこととも言えるが。
「ですから、僕みたいな男をナンパするより女性をターゲットにする方がいいと思いますよ」
「・・・・!!」
男はパクパクと何かを言おうとするも言葉が出てこなかった。
私はそれを見てから改めて笑みを作る。
「それではごきげんよう」
そう言ってその場からゆっくりと離れる。そうして私はようやく家路についたのだった。