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秘すれば花、ハグすれば戀  作者: 濱マイク
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雪融けの季節

北国の大学の春休みは頗る長くて、だいたい3ヶ月以上あります。


その代わり夏休みが短くて1ヶ月ちょっとしかありません。


豪雪地帯である事を考えれば当たり前なのですが、学生にとっては有難く、バイトの稼ぎ時な訳です。


内地の実家に戻った彼は、近場で比較的高額な防水工事のバイトを見つけて、稼ぐ事に専念しました。


現場は想像以上に高所作業が多くて、流石に最初はビビりましたが、セーフティロープや安全ネット等、危険でない事が確実と確認できれば、高層ビルの空中ゴンドラの中で、マックやドトールでいらっしゃいませ〜とか言ってるのとあんまり変わらなかったのです。


間違って落ちて死んだらそれは寿命だっただけの事と割り切る事にしました。


実は、年末に念願の車の免許を取っていたので、二束三文の激安の中古車を買って北国へ持って行こうと、計画していたのでした。


4月にバイトを終えた時点で、そこそこ纏まった資金ができた彼は、大学にいる間だけ保てばいいという観点で10万円以下の激安車を見つけ、必需品であるスタッドレスタイヤもネットで中古品を二束三文で揃えました。


ひとりでは道中キツイので、隣の県にいる同級生を誘って内地を半分北上して途中からフェリーで北国の港に上陸しました。


内地仕様の車なので、バッテリーだけは心配でしたが、取り敢えず今は走れましたし、何より吹雪の通学に比べればヒーターの暖かさが天国のようにありがたかったのでした。



内地から戻って二日目に、奇跡が起こりました。

天と地がひっくり返ります。


ひかりが訪ねて来ちゃった!


アパートの前までは来た事がありましたが、部屋まで訪ねて来たのは初めてでした。


そんな能動的な行動を彼に対して一度もした事が無かったので、突然の訪問に慌てふためいて言葉になりません。


「ど、どどうしたのぉ?」

「誘いに来たんだ」


「誘いって、ど何処に?」

「近くさぁ」


「何で?」

「忙しい?」

「んなわきゃないけどさ」


「じゃ行こ」


暫くぶりに大量に洗濯して、ドンと部屋干ししていたので、身を屈めながら覗き込むようにして会話していました。


上目遣いに彼を見上げるひかりの瞳があんまり綺麗にキラキラしてるんで、彼は内心ドギマギしていました。


外出の用意をしてアパートを出ると、確かに、恐ろしく、近かった。


歩いて5歩。


あの隣のアパートだべさ!


彼氏を紹介するつもりなのかぁ?


少し拍子抜けしたものの、5歩じゃ考える間も躊躇する間も後悔する間も無い訳で、既に部屋の中でした。



部屋は広めの2DKの様です。

部屋の主は、やや小柄な30歳位の和かな優しそうな男のひとでした。



ひかりに好意以上の気持ちを持っているらしい事は一目見てわかりましたが、話しはここでは終わりません。


その部屋には10人からの男女が集まっていたんです。


なんだぁ?


ヤンキーの集会とは違うようです。

優等生の集まりみたいな感じ。


宗教の勧誘っぽいな。

そういうことかい!

勘弁してくれよ〜


場の雰囲気がわからず多少狼狽えてしまいましたが、ひかりがこっちって誘導してくれて、何とか輪の中に座る事ができました。


ひかりが一人の女の子と親しげに話してます。


「友達?」

「うん」

「ひかりちゃんが誰か連れてくるの、初めてだよね〜」

「ハハ(笑)そだね」


そなの?

ちょっと嬉しいかも。


深くは追求しない。

世間話だ。


と、思ったらややこしい事になって来たのです。


一人ひとり自己紹介が始まったんだ!

聞いてね〜よぉ。


集まっているのは確かにご近所さん達で、言わば地元の青年団みたいな感じでした。


10代から20代が殆どで、家主のノグチさんが30歳で最年長らしい。


宗教団体とかの青年部かな?


彼は内心怪しんでいましたが、そんな隙も充分には与えられぬまま自己紹介させられ、ひかりが唯一連れて来た男友達として、いつの間にか居場所が確保されたのでした。


よくわかんないけど、喜ぶべき?


いつの間にかゲームが始まりました。

リクレーション部の会合?

仲良しごっこ?


最初は山田君ゲーム。

斎藤さんゲームのハシリですね。

これがまた意外に面白くて、かなり盛り上がっちゃいました。


終わった頃には皆んなでかなり打ち解けていて、なるほど、大衆心理というものの操作はこんな感じで行われるのかなぁなどと後になって思ったのでした。


2時間ほど大騒ぎして、そろそろお開きかなぁ〜って思ってたら、全員で大掃除が始まっちゃって。


この部屋を使う為の暗黙のルールみたいでした。


挨拶をして部屋を出ると、ひかりは何となく徒歩で5歩の彼のアパートに付いてきました。


「内地から車持ってきたんだ」

「外の白い車?」

「うん」


「便利っしょ」

「何処へでも行けるよ。今度ドライブ行こっかぁ」

「いいね〜、うちは車ないからさ、あんまり遠くに行った事ないさぁ」


ひかりは東の果てのある岬の名前を口にしました。


有名だけど、彼もまたそこがどれ程遠いのかはその時点では全く理解していませんでした。

もちろん、そこは無謀な若気の至りです。


「じゃ、来週行こうよ」

「本当に?」


ひかりは、気の許せる男友達の一人として彼の事を認識しているのかも知れません。


それはありがたい事でしたが、何か物足りない気持ちは隠せませんでした。


東の果ての岬の話で盛り上がり、ドライブの日時を来週に決めました。


「ね、指相撲、しようよ」

「何で?」

「ふたりでいる時にするゲームとしてはさ、最も男女の力の差が無いっしょ」


一番大事なのは、スキンシップさぁ。


半ば強引に彼女の手を取り、優しくでもしっかりと指を絡ませました。


柔らかくて綺麗な指でした。



「今日さ、何で俺を誘ったん?」


ずっと疑問だった事を聞いたみました。


ひかりは少し考えていましたが、言葉を選びながら話してくれました。


「ノグチさんからね、一緒になりたいって言われたさぁ」

「プロポーズ?」


あの野郎、10個も下の可憐な少女に何言ってんだい!

淫行やんか!


「そんなはっきりしたもんじゃないさぁ、おとなしい人っしょ、手紙貰ってそうなるといいなぁって書いてあったさぁ」


「いい人みたいだよね」

「そうなんだよね〜」


「で?」


「ちゃんと考えてあげなきゃいけないんだなぁって思ったのね」

「うん」


「そういう人生もあるのかなぁって」

「うん」


「今カレシとか居ないから、確かに選択肢としては有りっしょ」

「そうなんだ」


ないない。ね〜よ!



「私ね、〝浪漫〟辞めたの。」


え?ええ〜!


「聞いてねぇよぉ〜」


「来月からS市の保育専門の学校に通う事にしたんだ。」


そうでした。

ひかりの夢は保母さんになる事だと、初めて話した時に聞いていたのです。


S市は北国で一番大きな街です。

通うとしたら2時間はかかるかな。


「保母さんにね、なりたかったんだ。ずっと前からそう思ってたのね。

諦めていいのかなぁ〜ってさぁ。」

「うん」


「ちゃんと考えて、やっぱり諦めない事にしたんだ」

「そっか」


「で、ね。私も口下手っしょ、これからの付き合いにも影響するしさぁ。それとなく何気に教えてあげるにはさぁ、彼氏が居たんだ〜って肌で感じてもらうのが一番いいかなぁ〜って」


「ちょっと待って。それ、俺?」

「そうそう」


「だから、そうそうじゃなくて、俺、彼氏なの?」

「全然」


全否定するなよ。


「当て馬かい?」

「そうそう」


そうそうじゃなくてさ!


「効果はあったかな?」

「あったしょ〜、私が男の人を紹介するって事は、そういう事だもん。」


「言われないと、わからない人も居るべさぁ」

「でもさ、仮にそれでわからないならね、これから先もきっと私の本心が見えない人なんだって思うんだ」



確かにノグチさんは、社会人だし和かでしたが、妙にテンション低かったのは事実です。


時々、気がつくと彼の方をじっと見てたし。


隣のアパートなのに、また、いつか顔合わせるべさぁ。


やばっ

月夜の夜ばかりじゃね〜し。



指相撲の勝負がついても、彼は彼女の手を離しませんでした。

当たり前です、離す訳がありません。


「好きな人の手を握りたかっただけなんだ。」


彼は和かに冗談っぽく、でも声に出して言葉にする事で、彼女に告りながら、自分の気持ちを確認していました。


ひかりは黙ったまま、握られた手をただ見つめていました。


やっぱり、離したくないや。


(つづく)

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