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秘すれば花、ハグすれば戀  作者: 濱マイク
1/3

愛する事なら、誰にも負けない。

【プロローグ】



「お友達で居たいだけの他の奴はどうか知らんけどさ、俺は嘘は嫌いなんだ。本気で好きだから、お前が欲しいんだ」


翌週の日帰りドライブの打合せが終わり、帰ろうとドアを開けようとしていたひかりの腕を掴み、キョトンとする彼女を半ば強引に引き寄せ抱きしめようとしました。


彼女は胸の前に腕を上げて優しくでもハッキリと抵抗しました。

それが、嫌だからなのか恥ずかしいからなのかポーズなのかは、彼も覚悟を決めて必死だったのでわかりませんでした。


でも彼女の柔らかくしなやかな身体と、甘い匂いだけはしっかりと焼き付きました。


5分程も立ったまま揉み合っていたでしょうか。彼女の半べそをかいた潤んだ瞳を見つめながら、彼は不意に力を抜き身体を離しました。


「ごめん、でも、いい加減な気持ちじゃないんだ」


彼女は荒い息をしながら黙っていましたが、その場に立ち尽くして、直ぐに逃げようとはしませんでした。


「お願いだから、こんな事、もうしないで」


やっと絞り出すようにそう言いました。


「嘘はつきたくない。もう、お友達じゃ嫌なんだよ」


彼には何の根拠も確信もありませんでしたが、もう走り出してしまったのです。

止めようがありませんでした。


彼女は暫く黙って彼を見つめていましたが、そっとドアを閉めて帰って行きました。


終わったな、って泣きそうになりましたが、後の祭りです。

もう取り返しはつきませんでした。




【シベリアにて】



内地から遥々海峡を超えて、凍れる北国の街のとある私立大学に、ひとりの若者が入学しました。


大学の偏差値的には見るべき処もなく、都落ちという言い方も出来ますが、彼の価値観は人一倍捻くれていて、知名度とか就職に有利とかで選ぶ都にある大学には全く興味が湧かなかったのです。


だから敢えて地方都市の大学を探し、たまたま受験した北国と南国の2つの大学に合格したので、一度も行った事のない未知の雪国で、スキーやスノボでもしてみたいなぁ〜、ボーイズビーアンビシャスだし〜等という、なんとも単純かつ恐ろしく脳天気な選択をしたのでした。


大学のある街の学生アパートに引っ越した彼は、二重サッシの窓に感心し、窓から見渡す限り白一色の景色にも感心し、彼の部屋は2階でしたが、1階が雪に埋もれて真っ暗な冷蔵庫状態になっている為中々借り手が付かない事にも、なるほど〜、といちいち感心しておりました。


取り敢えず、合格祝いにお袋さんに買って貰ったダウンジャケットを着込み、現地で買ったばかりのスノトレを履いて、早速積雪の街を散策して回りました。


異邦人としての純粋な好奇心に突き動かされ、目ぼしい初体験のスポットをチェックする為でした。


て、言うか、街中が積雪で真っ白でよくわかんね〜よってのが正解なんだけど。


区画整理はきちんとされていて、まさに碁盤の目の様な真っ直ぐな道ばかり。

駅前通りの突き当たりには、謂わば街のど真ん中なんだけど、広大な敷地で歴史を物語る酪農高校がデンと鎮座しており、およそ内地では考えられない程の牧歌的なスケール感があり、只々圧倒されるばかりでした。


ローカル色豊かな農耕馬の競馬場があったり、すぐ裏山に毎年必ずヒグマに何人かのハイカーが食べられるというスキー場があったりで、文化の違いに戸惑いながらも、土地特有の和みがあり、そこそこエキサイティングな処もありました。


とは言え、結構な田舎は田舎だったので、チェックすべき場所はそれ程多くは無かったのですが、スポットとスポットの距離が果てしなく遠くて、歩く以外1時間に1本レベルの公共交通機関しか移動手段がないこともあって、散策は途中で半ば諦めてしまいました。


大学のキャンパスは、街の西側へ何処までも真っ直ぐなだらかな坂道を登った丘の上にあり、正門から校舎までも両側に広大なグランドを挟みながら又真っ直ぐ坂道を登りきった処にありました。


アパートから徒歩でゆうに30分程かかりましたが、それでも大学の周りには余り居住地区が無いので、駅からのスクールバス以外は、通学距離としては最も近い部類に入ります。


スキーのジャンプ競技で有名な附属高校と短大も併設していて、学園としてかなり広大なキャンパスになっていましたが、言ってしまえばそれしかないので、周りは殺風景と言えば殺風景でした。


見渡す限りの大平原の地平線を眺め下ろしている感じ。

まさに海の向こう側、異国の地、海外だべさ〜、シベリアっしょ、等と感慨に耽っておりました。




【ひかり輝く】



入学して間もなくの頃、一番安い学食が休みの日の為に、近所で食事の出来る店を開拓していました。

彼には好き嫌いが全く無く何を食べても生きていける奴でしたが、好みは煩く言い出したらきりが無いので、面倒くさいのて割愛します。


或る日、やっと、おいおいこりゃなかなかどうして目茶苦茶ええんでないかい!ってお気に入りの店を見つけてしまいました。


アパート近くの路地裏で見つけた、今時こんな店があるのかぁ〜ってくらい前近代的な見た目の、喫茶〝浪漫〟


今どき〝浪漫〟です。


〝浪漫〟はその名に負けず、時代錯誤も甚だしいラブホテルの様なケバいソファを並べた、元スナックを居抜きで喫茶にしたインテリアで、やたら懐かしいゲーム機を兼ねた各テーブルに、ブリキの灰皿を当たり前に置いている、昭和を絵に描いたような、内地に居たらおそらく一生縁が無いかも知れない、昔ながらの、如何にもだべさ〜の喫茶店でした。


メニューはナポリタンとサンドイッチとカレーライス。

在り来たりな貧しいメニューですが、値段が懐に優しく、学生の飢えは凌げたのです。


アパートの側には、まともな食事を食べられる店が全く無かったから、と言う理由以外に、実は、そんな些細な事を一蹴してしまう程の最高峰の付加価値が付いていたので、そんな惚けた店でも我先にと学生達が挙って通っていました。



その店に、ひかりが居たからです。



およそ場違いな美少女。



ひかりは2歳年上のアルバイトでしたが、ちょっと困った様な薄めの眉毛の下に、まつげの長い潤んだ大きな瞳がキラキラしていて、まさにひかり輝いていたのです。


かといってそれを武器にする様な私って〜可愛いだけなのぉ〜ゴメンね〜的な脳味噌発酵娘では無く、俯き加減で自分の存在を限りなく消そうとしているかの様にも見えました。


衝撃が走りました。

胸がドキドキして止まらなかったのです。


彼が自分のオンナに求める理想像って、彼女そのものだったのです。


一点の曇りも無く、全く非の打ち所がない、ど真ん中だったのです。

未熟な若僧なりに、生涯もう二度とこの人以上の女に逢う事は無いべさ〜って確信したのでした。


掃き溜めに鶴なので、当然、彼女目当てに何人かの男の子達が競って通っていたのは間違いありません。

もちろんその頃の彼も、その烏合の衆のひとりにしか過ぎなかった事は言うまでもありませんが。


彼女は何時も和かでしたが、妙に真面目で身持ちが固く、誰も彼女の心を射止める事はありませんでした。

彼氏が居ない訳がないべさ〜、と言うのが半分諦めも混じったもっぱらの噂でした。




梅雨が無いので、短い初夏を迎えようとしていたある日、突然転機が訪れました。

本当に偶然なんだけど、彼女と帰り道が一緒になったのです。


後ろから声掛けて来て、こっちなの?って。


彼はあまりの驚きと嬉しさに狼狽えましたがおくびにも見せず、


いえいえ、勿論貴女の家の前までですよって(笑)


よしっ、掴みはOK!だべ?


彼は落ち着き払って見せてはいましたが、内心その僅かばかりの間に彼女の情報を得ようと必死でした。

名前も、年上である事も、自宅が近い事も、経歴もその時に聞き出したんです。


その頃の彼女にはきちんとした将来の夢と目標があったのです。


彼女は、既に北国で一番大きな街のミッション系の短大を卒業していましたが、自分の夢の為に、新たに附属の保育専門学校の入学金と授業料を貯めていたのでした。



と、彼のアパートの近くまで来たその時、奇跡が起こったのです。


青天の霹靂。


何とした事でしょう、彼女がアパートまで付いて来ちゃった!


わっわわわわわ〜(汗)


彼は一瞬で舞い上がってしまいました。

俺に気があったのかぁ〜?って自惚れがピークに達しました。


ところが次の瞬間、彼女は右手をスッと挙げて、じゃ、またね〜って、目の前の隣のアパートの1階の部屋に入っていったのです。


なっななななんなんだよぉ〜(泣)


そこって彼氏のアパートかい!

それも歩いて5歩の隣かい!

わざわざ俺にそれを知らしめるために付いて来たんかぁ?


彼は呆然とその場に立ち尽くすしかありませんでした。


彼の狂おしくも切ない眠れぬ夜は、この日からなんと一年近くも続くのでした。


(つづく)

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