09.裏切り
メドューは沈黙した。
勇者の仲間になるかどうか。返事ができるはずはない。
勇者の仲間になるなど、どうしたって、無理だ。
だが…。
ニィはそんなメドューを抱き上げて、ヘビーも連れて、また部屋へと移動しだした。
倉庫を出た途端に、メドューの目の奥が赤く染まる。これは勇者がいるからだ、とメドューは察した。すぐ傍に来ている。きっと、こちらの様子を、観察している。
ぐっと口を引き結ぶメドューの頭をなだめるように撫でながら、ニィがリィナの待つ部屋へと戻る。
「コハツさん」
部屋で待っていたリィナが、戻ってきたメドューたちに心配そうに声をかけてきた。
メドューの目の奥が痛んだ。
あぁ、これは。脅威になる力のせいだ、とメドューは気づいた。
「コハツさん・・・大丈夫? ・・・リオン」
リィナはそっとニィを伺う。
ニィはリィナとふと目を合わせ、目を伏せた。
ただそれだけなのに、リィナは何かを受け取ったらしい。
「・・・」
あれ。と、メドューは思った。
あれ。なに、この二人。
「ニィ。・・・まさかとは思うが、リィナと恋仲なのか?」
「!」
「!」
二人が同時に驚いてメドューを見て、同時に分かりやすく動揺した。
ニィの腕に抱えられたまま、衝撃でメドューは震えた。
「ニ、ニィ…。お、降ろせ、う、裏切ったな…」
「えっ!? 裏切ったって、何その物騒な、コハツ!?」
「そ、そうですよ、あの、そんな、裏切るだなんて、一体、あの、」
ニィとリィナが、揃って同じように驚いて慌てている。
メドューは腕の中で暴れた。
「えぇい、降ろせ降ろせ降ろせ―!!!!」
バタバタ暴れるのをニィが持て余したところを、ヘビーがヒョイとメドューの首根っこを咥えてニィから救出してくれた。
メドューはヘビーに捕まりさっとニィとリィナと距離を取る。プルプル震えながら、ピっと幼い指でニィを差した。
「ニィ、こ、この裏切り者! この私の恋心をどうしてくれる!」
「は!? 恋心! 恋心!?」
ニィが素っ頓狂な声をあげた。
「えっ!? ええぇっ?」
隣のリィナもビックリして声を上げている。
「いや、コハツ、俺を兄と慕ってくれるのは本当に嬉しいよ、でもそれって、恋じゃないだろ、家族愛だろ」
「ニィはそうかもしれんがこっちは違ったぞバカヤロー!!」
双方おかしなテンションで大声だ。
リィナは目を見開いて、口元を両手で覆った状態で固まっている。
「バカヤロー! ニィの事が好きになってたのにー!! バカー!!」
うわぁああん、と10歳児の姿で、メドューは泣いた。
「え、泣くな、え。いや、待て、ちょっと嬉しい、どうしよう」
ニィは動揺しつつ、困りつつ、照れたか顔を少し赤くして頬を指でかいた。
メドューは貴重な涙を滝のように流しながら喚いた。
「ニィなんて、大嫌いだ、絶対仲間になんてなるものか、絶対、絶対、絶対ー!」
頭髪の子蛇たちも『ニィなんて』『見損なった』と口々に喚く。
ニィは軽くショックを受けたようだ。
「え…いやあの…嫌いと言われると心に突き刺さるよ…コハツ。妹として大好きだから…な?」
「うっさい! ニィ、黙れ!」
叫んだメドューから、ゴゥっと、力が放たれた。感情の高ぶりによる突然の攻撃だった。
ニィもリィナもあまりの不意打ちで反応できず、まともにメドューの怒りの一撃を食らって床に伏す。
「っ!」
シャーっと、ヘビーが鳴く。ヘビーの気もメドューにつられて立っている。
メドューは、じっと目の前を見た。
先ほど腹を満たしていたので、無自覚に放った一撃は相当重いものだったらしい。ニィとリィナが床に転がって呻いている。
ちょっと溜飲が下がった。
と、思ったのに。
「大丈夫か! リオン、リィナ!」
目をくらませる光を連れて、人影が扉から飛び込んできた。
***
ドクドクっと、メドューは自分の鼓動が恐怖に震えるのを知った。
メドューの目の奥が赤く煌めく。
注意、注意、危険、危険、危険…。この赤色は。こいつが倒してきた魔物の血の色だと知る。
やっと見えた幼い顔立ち。
なんの情報も持っていなかったのに、これが勇者なのだとハッキリと分かった。
飛びぬけて強い、敵対する力。鋭利な大きな凶器を思わせる存在感。
メドューは強く危惧した。
コイツは、王を倒すかもしれない。魔物の頂点に立つ存在さえも。
身体が震える。無理にそれを抑えようとする。こちらにはプライドというものがある。
シャーっと、ヘビーが威嚇して立ち上がって揺れている。
メドューの髪の子蛇たちも全て立ち上がり、全てがヘビーのような威嚇の息を吐いた。