07.再会
冷たい空気が顔を撫でた。
呼ばれた気がして、メドューはふと目を覚ました。
「・・・んん?」
自分の周り、ヘビーの身体が巻き付いていた。
この光景は、メドューの生涯、何度か覚えがある。冬眠の構えだ。
つまり、意図せず冬眠してしまったのだ。
ヘビーの身体をヨイショと押しやって、違和感に気づく。
メドューは自分の手のひらをじっと見た。
「ん? あぁ、幼返りしてしまったか…」
明らかに、自分の手が幼くなっている。
人間のままであれば10歳頃の年齢のはずだが、魔物なので食べて力をつけて20代半ばぐらいの身体で過ごしている。それが、小さく巻き戻っていた。自分の身体を見やる。うーん、10代前半か?
火傷や頭髪は完全に回復していたものの、あきらかに個体として弱体化している。
どうやら損傷が酷すぎて回復に魔力が足りず、身体を小さくして余った魔力で身体を治したようだ。
それもこれも空腹のせいだ。
困ったな、とメドューは思った。
これでは人間界の片隅で暮らした方が良いレベルだ。魔界の中央は基本的に強者ばかりなので、このままだと日常の小競り合いでうっかり死ぬかもしれない。
考えながら、よいしょ、とヘビーの身体の中をよじ登るようにして、顔を出す。
「ん?」
やはり風が吹き込んでいた。
「んんん? ・・・ニィ、か?」
なぜだか目の奥が痛い。冬眠明けのせいだろうか。けれど、風の中に、ニィの匂いが混じっていた。
「・・・コハツ!!!」
扉の外に誰かいる。顔が良く見えない。大きな人影が自分たちに駆け寄ってきた。
「ニィ・・・?」
呼んでみたけれど、違和感も感じる。
「コハツ! コハツ! 俺の妹! 無事だった、無事だった!!」
メドューは、ヘビーのなかから、ひょいと抱き上げられた。
初めて見る顔だった。ニィに似ている。
「あれ? ニィか? ニィだよなぁ?」
「そうだ、コハツ、お前は何、小っこくなってるんだよ」
大男が、メドューをギュっと抱きしめて、それから顔を見つめてきた。
あれ、人間も急に大きくなったり小さくなったりするのだろうか。知らなかったが。
ニィに会えた嬉しさよりも、よく分からなさの方が先に立った。
「ニィ、ニィ。なぜそんなに成長している? ニィだよな?」
大男のニィはおいおい泣き出した。
ダメだ、話にならない。
「コハツさん…! 分かりますか、私です、リィナです」
「へ?」
すぐ傍に、人が現れた。なぜかまた、目の奥がジンジン痛んだ。
「・・・リィナ」
告げられた名前を復唱する。
「そうです、8年前、雨の日、やけどを負って、私の山小屋に来られました、コハツさん!」
「・・・8年・・・」
「お会いできてよかった! リオンがずっとあなたの事を心配してた…!」
やっと、その人が見えるようになった。
リオンって誰だっけ。あぁ、ニィの名前が確かリオンといったか。
そう思って、違和感を感じた。
なぜ、ニィを、そんな名で呼ぶのだろう。
それに…。
「・・・リィナ?」
メドューは訝しげに呼んだ。眉を潜める。
「リィナは、もっと、若かった」
「だって、8年、経ちました!」
リィナと名乗る女は、そっとメドューに手を伸ばした。
「あっつぅ!!」
ジュッと音を立てて、触られたメドューの頬が焼けた。
「リィナ! 待て、触れないでくれ」
メドューを抱えるニィが、慌ててリィナからメドューを遠ざけた。
「ご、ごめんなさい」
リィナは息を飲み、慌てて手を引っ込めた。
「大丈夫か? コハツ。あぁ…」
ニィが銀色の厚手の手袋をつけた手で、メドューの頬にそっと触れた。赤く焼けた肌を見て悲しそうに眉を下げる。その目はまだ涙で濡れている。
それから、思い出したように気が付いてメドューを抱え直した。
「すぐ薬をつけよう…倉庫は無事か?」
メドューは焼かれた頬を押さえて、茫然とした。冬眠開け直後のためか、うまく頭が働かない。
「倉庫・・・ニィ、そうだ、食べ物が欲しい、腹が減った、力が出ない」
ニィは目に涙を浮かべたまま、愛しげにメドューの頭を撫でて笑う。
「分かった。好きなものを取りに行こう」
動きに気づいたか、とぐろを巻いて冬眠中だったヘビーも起きた。
ヘビーは、見知らぬ人間に向かって、シャーっと酷く威嚇した。