05.やけど
転移先は、その時の指定で毎回変わる。
ニィを治してくれるところ!
と、強く念じて移動した人間界は、どこかの暗い山の中だった。
とにかく、人間に会わなければ。ニィを人間に見せなければ。
どちらに行けば良いのか分からない。
やみくもに、山をニィを背負ってメドューは動いた。
背中のニィは重いし熱いし、背中はすっかり焼けてズキズキ痛む。
魔王の加護のお陰か、山に小雨が降りだした。
熱さは少し和らいだが、今度は道がぬかるんで動きづらくなった。
ついに、メドューは力尽きた。ニィを背負ったまま、山の中で倒れ込んだ。
***
「・・・か? 大丈夫、ですか、気を確かに・・・」
メドューは聞こえた声に意識を取り戻した。
なんだ。目の奥が焼けるような感覚がある。
目をうっすら開ける。暗い山の中、ランプを持った人間が傍にいた。
「火事にあわれたのですか、なんということ・・・」
人間。メドューは縋った。コハツの記憶や感情を頼りに、人間のように話す。
「ニィ、兄の様子が悪いのです、お願いです、治してください」
「えっ・・・それでわざわざこちらに?」
相手は動揺してランプを揺らしたが、素直にニィの具合を見てくれた。
「これは…」
「治りますよね!?」
「…私にできることは限られています、それでも良いのでしたら、手を尽くします…」
「お願いします!」
人間は、自分の名をリィナと言った。女であると匂いで分かった。この山で修行中の身の上だと話した。何の修行かはどうでも良い。
メドューとリィナは支え合ってニィをリィナの暮らす山小屋まで運んだ。
運んでから、メドューはハッとした。自分が魔物とばれるのは、マズイ。ニィを診てもらえなくなる!
山小屋の灯りのしたでバタバタ動き出したメドューを、リィナが不思議そうに声をかけた。
「どうされました?」
こ、こいつ、全く気付いてない!
ラッキーだが、生存本能的に大丈夫なのかコイツ。
もしかして、自分の蛇の髪がむしりとられているから、蛇女だと気づいてない?
いやそれにしても、人と違うだろう、色々。
とはいえ、リィナが気づいていないのだ、黙っているに限る。
***
リィナは手当の心得があるようだった。
そして、ニィは酷いやけどを負っているが、まだ生きているのも確認された。ニィが熱を遮断する衣服や手袋を身に着けていたのが救いだと。
リィナはニィの口に、金色の液体を垂らした。強い回復薬らしい。
ニィが生きてくれているだけで、メドューはホッとした。
思った以上に、メドューにとってニィの存在は大きいのだと気づく。
メドューはニィが深く眠るベッドに腰掛けて、動かないニィをじっと見つめた。
「ニィ、早く元気になってくれ、寂しいよ」
「ご兄妹で逃れてこられたのですね」
リィナが尋ねるので、メドューはコクリと頷いた。
リィナは、薬が足りない、とメドューに話した。
それは、金さえあれば、手に入れられる薬なのだろうか?
「あの、リィナ。例えば、蛇女の毒牙の毒とか、蛇女の涙とか…あるんだけどさ、リィナにあげるから、それで、薬、手に入れられないか?」
「まぁ! メドューサの涙があるんですか!」
リィナは予想以上に食いついた。
涙がそんなに高価な品だとは思わなかった。確かにメドューはあまり泣かない。だったら、道中のボロなきした分を、全部ビーカーに溜めれば良かった。
リィナは興奮して頬を染めていた。
「メドューサの涙があれば、手持ちの材料で効力の高い薬が精製できます! お兄さんに、使えますよ!」
「そうか!」
メドューは興奮してリィナの手をぎゅっと握った。
ジュっと音がした。メドューは手にやけどを負った。
人間に触れるのは、注意しなくてはならない。
***
零した涙は、受け止めると黒く鈍く輝く玉になる。それを用意してくれた皿に集めて、リィナに渡した。
リィナはさっそく別室に籠った。薬の精製に入ったのだ。
「ニィ、ニィ。今、薬を作ってもらっている。早く元に元気になってくれ」
また涙が出そうになるのを堪えた。
涙も劇薬のはずだ。ニィの上に零すわけにはいかない。
決してどこも触れないように注意しながら、メドューはニィの顔がよく見えるように、ベッドの傍にしゃがんでニィの顔を見つめる。
「ニィ、ニィ、コハツを置いていくな。ニィがいないと寂しくて潰れそうだ」
あまりうるさくしすぎたのか、ニィがふっと目を開けた。
「ニィ! 気が付いたか!」
ニィは目をうっすらと開けたがぼんやりしている。
「ここは、人間の、山の、リィナの山小屋だ、今、薬を精製してくれてる、だから、死ぬな」
ニィの手がピクリと動いたので思わず掴んでしまった。
ジュっとまた焼けた。
ニィは薄くだけれど、メドューを見て安心したように笑った。
ニィがまた眠りに落ちる。
手がブスブスと音を立てて、あまりに痛むので、メドューはやっとニィの手から自分の手を離した。
触れられれば、いいのに。