02.情報とワイングラス
ある日ニィが、メドューに心配そうに言った。
「知ってる? なんだか、勇者ってのが生まれたらしいよ」
「は? 何だそれは」
ニィは、便利な転移アイテムを購入して持っている。それでさらなる毒の販売や、肉や情報を仕入れによく人間界に行っているのだ。ニィは人間界の情報に精通していた。
しかし、せっかくのニィの情報だが、メドューは勇者を知らなかった。
部屋の隅の大蛇のヘビーが、シャーっと声を出した。『勇者、キケン』だそうである。ヘビーが言うのなら余程だろう。
「分かった。なら、王に伝えておく」
とメドューは答えた。魔王に言っておけば、安心だろう。
「・・・コハツ・・・蛇女として、昔、人間の若者にだまし討ちにあって首を切り落とされた事があるって…言ったよね」
「あぁ、うん」
メドューにとっての黒歴史である。
「その若者も、勇者だったんだと思うよ。勇者は普通の人間じゃないんだ、強いんだよ…」
心配そうに説明するニィに、メドューは心底嫌そうに顔をしかめた。
思わず、見えない敵を睨んでしまい、傍、血を注いでいたワイングラスがピンっと割れた。メドューには、睨んだ対象を石化したり割ったりする能力がある。
メドューはそれにショックを受けた。
「あっ! 呪いのグラスー!! 亡国の王の盃ー!!」
血を注ぐと、亡国の王の無念と恨みつらみが血に大放出されて、注いだ血の味わいを深くしてくれるグラスだったのに!! 割れた。
「・・・気に入ってたのに割れちゃったね」
「二つとなく掘り出し物だったのにぃいい」
「別のが倉庫にあるよ。いつか割れるものだからスペア代わりに買っておいたんだけど」
「ニィ! ニィ! 本当か!?」
「敵国の姫と、反逆の騎士と、執念の老婆と、どれが良い?」
3つから選べるらしい。なんてすばらしい。
「ま、まろやかな味わいのを求む!」
期待に満ちた声をあげるメドューに、ニィが呆れつつ微笑んだ。
「さすがに俺は味見はできないよ。じゃあ、3つもってくるから、全部試して、選べばいいよ」
ニィは血は飲まない。どうしてもと言う時は、特別な錠剤を入れてからしか飲まない。別にそれは不満は無い。ニィは人間だからだ。
「やったーぁああ!!!」
喜びのあまり、メドューの頭髪の蛇すべてが口々に『楽しみ』『ニィやるぅ』と騒いでいる。
「話は戻すけど、コハツ、気を付けるんだよ。勇者になんて会わないようにね」
ニィが銀色の手袋をした手を伸ばし、心配そうにメドューの頬を撫でた。
「大丈夫だよ、勇者なんて、人間なんて、怖いものか」
嫣然と笑って見せるメドューだったが、ニィは心底心配していた。
「コハツ。大切な僕の妹。兄さんの言葉をよくお聞き。絶対、勇者に会ってはいけないよ」
その心配は杞憂である。
魔王に守られた、この地で暮らすメドューのところに、勇者なんていう人間がこれるはずはない。