10.馬鹿だ
勇者は倒れているニィとリィナを飛び越えて、大剣をメドューに向けて構えた。
「リオンがお前をどれほど大切に想っていたか! それなのに!」
ギラギラと目を光らせてメドューに告げる。
「お前は、どうあっても魔物だ、敵でしかない!」
あぁ、死ぬのだ。
メドューは、まるで未来を知っているかのように思った。
力量が違いすぎる。何もかもが自分の手に届くところにない。
いっそ冷静に死を受け入れられるほどに。
ヒュっと死がメドューに襲い掛かって…来なかった。
「っ、コハツに、」
ニィが、勇者の足に縋り付いた上、勇者に魔法を放ったのだ。
「ッ!? リオン! 何を、血迷った、か!?」
身内からの攻撃を受けて、勇者が見事に動きを止められている。
ニィがふらりと揺れながら立ち上がり、
「ふざけんな、俺の妹にテェ出すな」
自分に身体強化を施して、ガツンと勇者に頭突きをした。
勇者がグラリと揺れる。
メドューは目を見開いていた。
ニィ、ニィ、なんてかっこいい。
感激でプルプル震えそうだ。惚れ直した。
「リィナ! 俺に回復を頼む!」
「っく、待って、」
「悪い、先にリィナが回復してくれ、その後で頼む」
勇者に小まめに状態異常魔法をかけ続けながら、ニィはリィナと回復していく。
「リオン、やりすぎよ。ユウキの精神的ダメージが酷いわ」
「仕方ないと思わないか」
「うん・・・でも異常かけすぎ。ユウキが可哀想よ。それに…コハツさんが攻撃するから…」
チラっと、ニィとリィナがメドューを見やる。
「だ、だ、だって、だってニィが悪いじゃないか!」
「そうか? …俺はそれでもいいけど…。コハツ、リィナにきちんと謝りなさい」
「くっ」
メドューは屈辱の方でプルプル震えた。
「み、見せつけやがって! ニィなんて嫌いだ、仲間になんて絶対なってやるもんか、さっさと出ていけー!!」
メドューの言葉に、ニィもリィナもハッとどこか青ざめた。
「コ、コハツ、頼むから来い。一生のお願いだ」
「イヤだ。勝手に行け」
「コハツさん、お願いです、どうか」
「ニィを助けてくれた事には感謝するが、嫌だ!」
リィナが泣きそうな顔をする。ニィも辛そうだ。
勇者は、ニィに状態異常をかけられ続けているのに、目だけでギっとメドューを睨みつけていた。
「勇者の仲間になど、ならない!」
メドューは宣言する。魔物のプライドと、女のプライドがかかっている。
最後には、根負けしたらしいニィとリィナがしょんぼりと肩を落として、状態異常をかけ続けた勇者を引きずって出ていった。
「コハツ…。俺たちが死んでも、元気で生きるんだよ」
「・・・!」
立ち去っていく、ニィの死ぬとか言う発言に動揺した。
メドューは叫んでいた。
「絶対死ぬな! 絶対だぞ!」
ハッと、ニィとリィナがこちらを振り返る。パっと希望に輝いたような笑顔になった。
***
ニィは、リィナにまだ動けない勇者を押し付けて、ダっとまたメドューのところに駈け込んで来た。
「だったら一緒に行こう、な、な?」
メドューの元に近寄り目線を合わせて座り込み、ニィが物凄く一生懸命頼んできた。
必死だった。メドューの心が少し揺れた。だが。
じっと黙ったままのメドューに、ニィは覚悟を決めたような真剣な顔をした。
「仲間に入るのが、無理なら」
ニィは少し震えていた。
「俺たちが行ったら、ここからすぐ逃げて。リィナの山小屋にでも。良いか、勇者と戦うな。逃げろ」
「・・・」
ニィは本当に必死だな、と、メドューは思った。
メドューは静かに口を開いた。
「大丈夫だよ、私の王が死ぬものか。だから大丈夫だ。ニィこそ、逃げろ。リィナを連れてでもいい。勇者など、捨ててしまえ」
ニィが辛そうに目を伏せた。泣きそうな顔をしていた。
「今更それは無理だ。…コハツ。ごめん、俺は、リィナが好きなんだ。勇者に加わるとリィナが言った時に、色々迷った。一人でコハツの元に戻り、先にコハツを逃がそうか、とか」
「・・・」
「コハツの事が心配だった。俺一人でここまで来るのも難しかった。勇者たちとならここまで来れると考えたのもある。だが、心配だったんだ。リィナの事も。好きで、危うくて、放っておけなかった、だから俺も勇者の仲間に入った」
「・・・」
メドューは、話を聞きながら、ニィをリィナに会わせた自分を馬鹿だな、とどこかで思っていた。けれど、間違いなく正解でもあった。きちんとニィを治してくれたからだ。
「…魔王は、倒す事になる。それが勇者の使命で目的なんだ。それだけの力をユウキは持っている。魔王は勇者に倒される」
ニィの言葉に、見事に意見が合わないな、とメドューは思った。こんなに話が合わないなんて、初めてなんじゃないか。
「・・・俺は、コハツが好きだよ。コハツが生きててくれて嬉しかった。妹として本当に大切だ。礼を言いたいぐらい…でも」
ニィはコハツの頬に、銀色の手袋の手をあてて、言う。ニィはまた涙を浮かべていた。
「選ばなければならないのなら、俺は、リィナを選ぶ。そう、約束した」
「・・・」
メドューは無言で、自分の頬にあてられていたニィの手を外した。
事実を辿るように、口に出す。
「・・・リィナと約束したか」
「あぁ」
「そうか」
そんな約束が交わされたという事は。リィナがニィに迫ったのだ。
あまりにコハツを思い案じるニィに。魔界に戻ろうとするニィに。リィナが抱えきれなくなったのだ。
どうしても確かめなければならない程に。
メドューはニィの向こう、家の外、リィナたちの様子に目を向けた。
家の外、動けないでいる勇者に向かって、リィナは何かをコンコンと説き伏せるように話している。
メドューについて勇者に言い含めているような気がする。メドューを、受け入れさせようとしている。
8年前だというあの日、ニィを背負ってリィナのところまで行った。連れて行ったのはメドューだ。
リィナに託しながらも、何度「こいつ大丈夫か」と思ったか。
そんな、リィナになぁ。そんな、リィナがなぁ。
「・・・リィナもニィの事が好きなんだな」
好きどころか大好きだ、と思うが、そこまで正直に口にするのは嫌だった。
「ごめんな、コハツ」
とニィが言った。
何を謝る事がある。何も謝る事は無い。
泣きそうだけどな。こっちもな。
結局、ニィは勇者とリィナのところに戻っていった。
家はこちらなのに。ニィは向こうに戻って行ったのだ。
メドューはぼんやりと、その姿を見送っていた。
8年。8年は長いな、と、メドューはどこかボゥっと思う。メドューとニィが関わり始めた年数より長いはずだ。
そりゃ身長だって顔だって色々変わるだろうさ。恋だってするだろうよ。
こっちは、ただ、眠ってただけだっていうのにな。
馬鹿だなぁ。




