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マイペースな一つ屋根の下

あと数話、この村での生活が続きます。




「――ヤマセはどうしてあの森にいたの?」




 リーサがしてきたのは、そんな質問だった。

 なるほど……。確かに至極まっとうな疑問だろう。そりゃ見ず知らずの人間が、いきなり自分達の村、そのすぐ側にある森から現れたら気にもなるだろう。警戒もするはずだ。俺だって自分の家の庭からいきなり人骨背負った人間が現れたら、まず間違いなく通報するだろうし。


 しかしどう説明すればいいものか……。

 こことは違う世界から来た、なんて言っても信じてもらえないだろう。下手すれば頭のおかしい奴と認定されてしまう。子供の頃、テレビである芸能人が『○うこりんは○りん星からやってきたお姫様なの~』とか言ってるのを見て、頭がおかしい人だと思ってたし。今は正気に戻って焼肉屋やってたりするし、頑張って欲しい。


 ここは定番である自分探しの旅をしている時に迷い込んだ……これで行くか? 前に深夜の学校に忍び込んで警備員のオッサンにバレた時もこれで何とかなったしな。学校に遅刻しそうになって自分の家から他人の家を通過しながらまっすぐ学校に向かったときもこの言い訳でなんとかなったし。そんなことをしていたら、俺は町中で『あっ、自分探しの人だ。今日こそ何か見つかった?』みたいに声をかけられるようになってしまった……。自分探しの人ってハムの人みたいだな。


 それともここは記憶喪失設定でいくか? 古今東西、主人公が目を覚ましたら記憶がなくなっていたってのはRPGのお約束だしな。

 俺がどちらの選択肢を選ぶか考えていると、リーサが声に真剣味を加えながら言った。

 

「あの森はね、1年前から結界が張られてて、誰も中に入れなかったの」


「……結界?」


「そう。1年前にあの森に入った冒険者の人が中から張った結界。それのせいで昨日まで誰も森の中に入ることができなかったの。入れなくなったのは森の一部分だけだから、そこまで困ったことにはならなかったけどね。ちょっと狩りの範囲が狭くなったくらい。その結界が昨日、急に無くなったから、慌ててボクが様子を見に入ったんだ。そしたらヤマセが現れて――」


「とっさに俺を射ち殺したのか」


「殺してはいないよ!? ヤマセ生きてるよね!?」


 そりゃそうか。死んでたらここにいるのはゴースト山瀬ってことになる。物理耐性すげえ高そうだな、ゴースト山瀬。矢とか普通にすり抜けそう。


「……ねえどうしてヤマセは結界が張られていた森の中から出てきたの? ヤマセは一体どこから来たの?」


 リーサの顔を見る。

 リーサの表情からは未知の存在に対する不安と警戒、俺を信用したいという想いが交じり合った複雑な感情が読み取れた。


「まだ会って全然時間も経ってないけど、ヤマセは悪い人じゃないとボクは思う。変なこと言ったりするけど……面白いし。ボクは目がいいから、その人の表情の動きや振る舞いで何となくその人が嘘を吐いてたり、演技してたら分かるんだ。だから……ヤマセは凄くいい人だと思う」


 リーサの目がまっすぐ俺を見つめる。心から俺をいい人だと思っている、優しい顔。

 その顔が森で初めて見た時の、狩人の表情に変わる。


「……でもボクは狩人でこの村を守らなきゃならない。ヤマセがもしこの村に不利益をもたらすモノなら、ボクは排除しなきゃならない。……だから、ヤマセの口から本当のことが聞きたい。ヤマセがどういう人でどうしてあんなところにいたのか。ヤマセがいい人だってことを、ヤマセの口から教えて」


 リーサの言葉は酷くまっすぐで、純粋なものだった。

 心の底から俺を信頼したいと思っている。会って間もない俺のことを。

 この言葉を発するにどれほどの覚悟と勇気を必要としたのだろうか。彼女が浮かべている狩人の表情はよく見れば、瞳に辛そうなものが浮かんでいた。手もギュッと自分のスカートを握り締めている。

 他人を疑ったり、糾弾するようなそういうことが苦手なんだろう。狩人として自分の村を守るという責任感だけで優しいはずの自分を抑えている。


 俺は彼女の想いに応えたいと思った。


「分かった。でもな、多分信じられない話だと思うぞ」


「大丈夫。ボクはヤマセの話なら絶対に信じるから」


 その信頼感は俺に怪我をさせた罪悪感からくるものか。それとも彼女本来のものか。恐らくはそのどちらでもあるのだろう。いや、どちらかというと天秤は後者に傾いているはずだ。

 ちょっと話しただけだが、彼女は優しい子だ。色々な人間を見た俺だからわかるが、彼女は心の底から俺を案じている。そんな子にこんな辛い顔をさせるのは、俺としてもかなりしんどい。


 だから俺は正直に話すことにした。


 自分はこことは違う世界の存在であること。そこで死んで神様に会ってこの世界に送られたこと。森の中で目が覚めて歩き続けてリーサと出会ったこと。


 俺の話を聞いていたリーサは終始真剣な表情だった。到底信じられない話だろうが、途中で話を遮ることもなく最後まで聞いてくれた。


「と、いうわけだ」


「そっか……そうなんだ……」


「信じられない話だろ?」


「うん。ボクの頭じゃ全然理解できないし、信じられない話だと思う。――でも、ヤマセは嘘ついてないんだよね? だったら、信じるよ」


 本当に信じてくれたのか……。


「うん。分かった。ヤマセは嘘を吐いてない。ありがとうね、本当のことを話してくれて」


「いや、リーサも聞いてくれてありがとう」


 いきなり自分の秘密について話すことになるとは思わなかったが、こうして無事伝わったようでよかった。

 下手をすれば完全に頭のおかしい奴として、距離を置かれる可能性もあっただろう。この家どころか村から追い出されていたかもしれない。


「ヤマセは……ボクが守るから」


 俺の話を聞いたリーサは、何やら決意を決めたような表情でそう言い、立ち上がった。


「あれ? どっか行くのか?」


「大丈夫。大丈夫だから。ヤマセは大丈夫だから」


「なにが?」


 大丈夫大丈夫と連呼されると、全然大丈夫じゃないと思ってしまう。パ○プロのやり過ぎだろうか。 

 だが嫌な予感がする。


 リーサは俺に真剣な目を向けたまま続けた。


「――あのね。ヤマセは多分、森の結界が解けた瞬間にフラッと迷い込んだんだ、ボクよりお先に。そしてヤマセは森の中にいた悪い魔物に変な呪いをかけられちゃったの。それで自分がここじゃない世界から来たっていう意味が分からない記憶を植え付けられたんだと思う。でもね! 大丈夫だから! この村の村長は凄い悪魔祓いだから! 村長に頼んでヤマセを助けるから! ヤマセはボクが守るから! 絶対に守って見せるから!」


「ちょっ、待って」


 俺の制止も聞かず、本部○蔵のようなことを言って家を出て行ったリーサ。

 10分も立たないうちに、年季の入った老婆を連れてきた。


「お願い村長! ヤマセを助けてあげて!」


「全く、入浴中のワシを無理やり連れ出して何かと思えば……」


 見ると村長と呼ばれた老婆からは、ほかほかと湯気が立ち上り、果物のような香りが漂ってきた。果実を浮かべた風呂でも入ってたのか。慌てて服を着ました、みたいな感じで肩やら膝が露出している。誰得なんだこの描写……。


「うむ。では参るぞ」


 そして老婆は俺に塩をぶっかけたり、目の前でぶつぶつと呪文を唱えたり、デカい葉で全身をばしばし叩いて来たり、くっそ苦い薬草を飲ませてきたりした。得体の知れないお香をかがされたり、服を脱がされて色んなところを見たり触られたりもした。それをすぐ側でハラハラした表情や真っ赤な顔で見守るリーサ。

 それから幾つかの質問にはい・いいえで答えさせられ、『母親と恋人が誘拐されてどっちを助けるか』みたいな心理テストをいくつか受けさせられた結果――


「うむ。――至って問題なしじゃ。呪いなんぞ何もかかっとらん。体の方もついでに調べたが、驚くほど健康じゃ。小さな怪我や病気もない。ついでに言うと性格は不真面目じゃがひょうひょうと仕事をこなし同年代には嫌われるタイプじゃな。年上と年下に受けはいい。ラッキカラーは青と白の縞模様じゃ。ラッキーアイテムはキノコじゃ」


 年季の入った老婆はそう言った。

 俺は感謝の言葉を述べた。


「俺の無実を晴らしてくれてありがとうなババア」


「いいってことじゃ。久しぶりに若い男の体を触れてワシも元気びんびんじゃ」


「せいぜい長生きしろよババア」


「ふぉっふぉっふぉ……」


 ババアは杖を突きながら家から出て行った。

 そして残されたのはベッドに座る俺と、無言のままスッと床に正座をしたリーサ。


「ごめんなさい……」


「なにが?」


「ヤマセを疑いました……。頭のおかしいことを言うから、きっと頭に呪いをかけられたんだと思ってしまいました……」


「そうだな」


「矢で射った上に、若い男の身体に触る村長の趣味も兼ねた解呪の儀式を無理やり受けさせてしまいました……」


 聞いてると酷い話だな。有罪待ったなしだ。

 俺が心に負った傷を加えると、更に罪が重くなるだろう。

 一生俺の側で俺の面倒を見るという終身刑を求刑しても最高裁が許可を出すかもしれない。


 リーサは面を上げた。


「――で、でも……そんなの信じられないよ! だ、だって別の世界なんて……そんな荒唐無稽な話……いきなりされても」


「だから最初に信じられない話って言っただろ」


「うぐっ……」


 しょぼんと落ち込むリーサ。


「まあ気にすんなよ。最初から信じられるとは思ってなかったからさ」


「う、うん……ごめんね。ありがとう。こんなボクを許してくれるなんて……ヤマセは優しいね」


 リーサはちょっと鼻を啜りながら言った。


「いや、やっぱりかなりショックだな……信じてくれなかったショックで夜尿症が発症しそうだ。」


「もう許してよぉ!」


 座っている俺の太ももに顔をうずめてくるリーサ。

 いかんな。涙目のリーサが可愛いから、つい苛めてしまう。



■■■


 その後、リーサの弁解を聞いたり、俺が更にリーサを弄ったりしていると夜になった。

 リーサが作った夕食を食べ、渡された寝巻きに着替える。


「……見ないでね?」


 他に部屋がないので、リーサもここで着替えることになる。俺は紳士なので、リーサが着替えている間は背を向けることにした。ごそごそと衣擦れの音が聞こえる。


「あっ、そう言えばさっきの料理美味かったわ」


「へ? あ、ありがと――って、見ないでって言ったでしょ!? なに普通にこっち見てるの!? それ今言うこと!?」


「感謝の気持ちってな、置いとくとすぐに新鮮さを失うんだ。だからその前に伝えた方がいいと思って」


「なに良いこと言って誤魔化そうとしてるの!? いいから後ろ向いて!」


 寝るときに着る服だろうか、赤いシャツと短パンを抱え体を隠すリーサ。

 その隙間から赤い下着が見えた。下着で覆われた胸は、大きすぎず小さすぎないほどよい大きさだ。

 しかし赤いのばっか着てるなリーサは。ここまで徹底して赤いのばっかり揃えてると流石にヒくわ。


「なんで人の着替え見ながら『流石にヒくわ……』みたいな顔してるの!? 失礼極まりすぎない!? もーっ、いいからあっち向いて!」


 衣服だけでなく顔も真っ赤にしたリーサに従い、後ろを向いた。

 俺を警戒しているのか、背中にリーサの視線がチクチク突き刺さる。


 着替え終わったリーサは、部屋の中の収納スペースから毛布を取り出した。それを床に敷く。


「そろそろ寝ようかヤマセ」


「ああ。あれ、もしかして……リーサは床で寝るのか?」


「そりゃそうだよ。怪我をしてる上にお客さんのヤマセを床で休ませるわけにはいかないでしょ」


「一緒にベッドで寝ればいいじゃん」


「……人の着替えを堂々と見る人と一緒に寝るなんてありえませんから」


 ツンと拗ねた表情でそっぽを向きながら言うリーサ。

 まあ、本人が言うなら別にいいだろう。女の子を床に眠らせることに対して紳士としての心が痛むが……早く怪我を治した方がリーサにとっても助かるだろう。


 ベッドに潜り込む。リーサが天井にかかっていたランプに布をかけた。

 家の中が闇に包まれる。


 ごそごそとリーサが毛布に包まる音。


「……言っておくけど変なことしないでね? ヤマセのこと信用してるからね」


「変なことって……枕元に立って皿の数を数えたり?」


「怖いよ! 何を目的にしてるのか得体が知れなさ過ぎて怖いよ!? そ、そういう変なことじゃなくて……!」


 暗闇の中、リーサの声だけが聞こえる。


「だ、だからその……つまり……ボクの毛布に潜り込んで、えっと……変なところを触ったり」


「腹斜筋とか?」


 腹斜筋は腹筋の左右にある筋肉だ。横っ腹と言えば分かるだろうか。よく腹筋を割ろうとして腹筋運動ばかりして腹斜筋を疎かにしている軟派男が夏の海に現れるが、あれはかなりみっともない。バランスよく鍛えることがパーフェクトボディへの一歩なのだ。一部を集中して鍛えても醜いだけ。……そう剣道有段者の先輩が言っていた。


「どこか分からないけど違うよ!」


「つまり夜這いだろ」


「……っ」


 直接的な表現にリーサが息を飲んだ気配がした。

 多分顔を赤くしてるのだろう。


「するわけないだろ」


「だ、だよね。……い、いや断言されたらされたで、女として魅力がないみたいで複雑な気持ちなんだけど」


「じゃあ5分後に夜這いするわ」


「予告夜這い!? し、しないでよ!? ヤマセ怪我してるんだし、悪化するから絶対にダメだよ……!」


 しないって言ったら不満言うし、するって言ったら拒否するし。女って本当こういうところあるよな。

 

「もう寝るから! 変なことしないでね! お、おやすみっヤマセ」


「ああ、おやすみリーサ」


 俺は目を閉じた。

 柔らかい布団に包まれているからか、すぐに睡眠は訪れた。


 完全に意識が落ちる寸前。


「……ふふっ。おやすみ……か。おやすみが返ってくるのって、こんなに嬉しいんだ」


 そんな風に小さく笑うリーサの呟きが耳に入ってきた。



■■■


「……ふあー」


 2日続けての心地よい目覚めに、俺は幸せに気持ちになった。

 やはりベッドはいい。目が覚めたら地面で目に入るのは木だけとかもうごめんだ。

 人にはベッドが必要だ。ベッドサイコー。


「ん?」


「むにゃむにゃ……」


 目を開けると、目の前にリーサの顔があった。

 だらしない寝顔だ。釣り上がった目が閉じているからか、違った人間に見える。

 小さく開かれた口からは、昨日のデザートだったリンゴらしい果実のかすかな香りと、うっすらと涎がこぼれていた。


 どうしてリーサがここにいるのか。

 リーサが寝ていたはずの毛布を見る。何故か家の入口辺りにあった。

 推測するに外にあるトイレに行こうとしたときに蹴飛ばしたのだろう。多分寝ぼけていたと思われる。

 そのまま寝ぼけて自分が普段寝ているベッドに戻ってしまったのだ。


 そのままリーサの顔をじっと観察していると、ぷるぷると瞼が震えた。

 次いで小さな欠伸が口から洩れ、ゆっくりと目が開いた。

 焦点の定まらない目が徐々に停止する。


「おはようリーサ」


「おはぁ……よう。えっと……ヤマセ?」


「そうだヤマセだ。反対から読むとせまやとなって狭い家みたいに聞こえるあお」


 だから何だって話だが。


「えへへ。おはよー」


 ふにゃっとした笑みで朝の挨拶をするリーサ。まだ寝ぼけているようだ。

 リーサの覚醒はゆっくりだが確実に進行し、今自分が置かれている状態に気が付いた。

 すなわち俺との同衾に。


「すわっ!?」


「すわ?」


「すわわわっ!?


「日本語でok」


 すわって何だろか。すわだけで会話するこの村独自の言語体型かな? スワヒリ語の仲間かもしれない。


「な、なななななんで!? なんでヤマセがボクの毛布に!?」


「いや、逆。リーサが俺のベッドに入ってきたんだ。昨日寝ぼけてな」


「そうなの!? ご、ごめん……ボ、ボク寝ぼけて変なことしなかった?」


 変なことか。多分していないだろう。だが俺もぐっすり眠っていたからはっきりとは分からない。

 寝ぼけたリーサが俺に変なことをした可能性もなくなくなくはないだろう。

 この布団の中はいわばあの有名なシュレディンガーの何ちゃらだ。

 ここは一つ、変なことをした体で話を進めてみよう。実験の一環だ。


「めちゃくちゃした」


「したの!?」


「昨日は激しかった……体が壊れるかと思った」


「嘘!? ……と、ということはボク――卒業しちゃったの!?」


 何をだ。


「いや、どちらかいえば入学かな?」


「大人の仲間入り!?」


 その後、ちゃんと冗談だと伝えた。

 めちゃくちゃ怒られた。


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