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マイペースな遭遇

やっとヒロイン登場ですね。

  ストライプキノコの群生地を離れ、再び歩き始めた俺。その足取りは軽い。つーか早い。競歩大会に出たら余裕でトップ狙えそう。景色がスイスイ流れていく。

 足取りが軽い原因は恐らくこれだ。


「だよなぁ、あそこで柳沢が外すとかねーよな」


 俺は背後に向かって話しかけた。


「やっぱり? お前もそう思う?」

 

 なんと……友達ができたのだ!

 やっぱりアレだ。話し相手がいると違うね。相変わらず木しかない単調な風景だけど、友達と一緒なら別だ。純粋に楽しく感じる。

 一人より二人。人間一人じゃ生きてけないってね。


「え、俺? うん、妹がいるけど……可愛いよ。まあ町歩いてたらスカウトされるくらいにはね。おっ、いくらお前でも妹はやらんぞ、はははっ」


 友達との相性もいい。打てば響くって言うのかな……些細な話でもすっげえ盛り上がる。

 え? 名前知りたい? できれば出会いも? んー、しょうがないなぁ。


 じゃあ、紹介しよう。


「友達の山瀬ファンタズムです! ほら、挨拶!」


『……』


「おいおい恥ずかしがんなよ……全く、こいつっていつもこうなんだ」


 俺の友達は寡黙だ。つーか一言も喋らない。

 そもそもが俺の妄想だしな。いわゆるイマジナリーフレンド。空想のお友達。

 あまりにも話し相手が欲しくて、気がついたら生まれてた。足を挫いてて俺におんぶされてる無口な女の子って設定。

 イマジナリーフレンドって幼い子供が生み出しやすいけど、まさかこの年で生み出すとは思わなかった。

『なにっ! そ、その年でイマジナリーフレンドを!?』って書くと必殺技繰り出すっぽいな。


 そうして空想の友達と軽快なトークをしていると。


「……っ!?」


 自分以外の何かの気配を捉えた。

 何日もの間、一人でいたせいか自分以外の物に対する気配に敏感になっている。

 虫なんかじゃない、もっと大きなものの気配を感じる。

 そう、まるで人間のような……。


 俺は足音を殺して、その気配の先に向かった。

 腰くらいの高さの草に潜り込むようにして、身をかがめる。

 そのまま前進。潜った草をかき分けて、視界を確保した。 

 

 そしてその気配の正体を見た。


(に、人間だ……!)


 人間の少女だった。

 年は15辺りだろうか。後ろで結わえた赤い髪。赤い瞳を持った目は若干吊りあがっていてキツそうな印象を受ける。顔はフォトショップ使ってんかってくらい小さくて可愛い。

 狩人だろうか。背中に矢筒があって、木でできた弓を持っている。

 赤いブーツ、赤いスカート……と赤い色が至る箇所に見える格好。白い服を包んだ外套の緑が逆に目立っていた。


 少女は何かを探しているのか、周囲を警戒しながらゆっくり移動している。


(ひ、久しぶりの人間……! ニンゲン……! ウオオオオオオ……!)


 長い時間人間と会えなかった俺は、異世界に来て初めて現実感のある人間を見たせいかかなり昂ぶっていた。

 今すぎ飛び出してハグをかますという衝動に身を任せたい。

 そんな俺の背を背後からトントンと山瀬ファンタズムが指でつついた。


『……』


 山瀬ファンタズムは無言だが『オチツケ』そう言ってる気がした。

 そ、そうだな……うん。落ち着こう。初の異世界人だ、友好的にいきたい。相手を怖がらせるなんてもってのほかだ。それに可愛い女の子だ。できるだけ優しく、紳士的にいこう。


 俺はがさがさと音を立てつつゆっくりと草むらから出た。


「……ふぇ!?」


 少女が驚愕の声と共に、弓矢を向けてくる。その瞳には警戒の色が濃い。

 俺は手を上げて敵意がないことを示した。


「我が名は山瀬! よく分からんがこの森で目を覚ました! そなたは近くに住む村人か!」


「え……あ……ボ、ボクは……」


 よし、言葉は通じるぞ。ここで一番最悪なパターンは言葉が通じなくて色々と拗れることだからな。

 大丈夫。言葉が通じるなら問題ない。言葉さえ通じればこっちのもんだ。


 俺は若干敵意を薄れさせつつある少女の瞳を見て、勝利を確信した。

 が――


「――ひっ!? いやぁぁぁぁぁぁっ!」


 少女は突然悲鳴をあげた。

 一体どうしたことだろう。俺は戸惑った。


「お、落ち着け。俺は丸腰だ。武器も持ってない! ち、近くで確認してみればいいさ……!」


 俺は手を上げてゆっくり近づいた。


「ひっ、こ、来ないで! お願いだからこないでぇ!」


 少女の瞳に既に敵意はなく、その代わりその表情は恐怖に染まっていた。

 弓を構えたまま、じりじりと後退していく。体の震えが弓にも伝わっているのか、矢の先端もあちらこちらとぶれている。 


「――ひゃっ!?」


 少女が石につまづいた。そのまま尻餅をつく。

 俺は慌てて少女に駆け寄った――が、まるで思い切りスキップをしたように前方に進み、バランスを崩した。

 少女にたどり着くことなく、その途中で転倒する。


(なんだ……!?)

 

 ボタンの壊れたコントローラーで操作しているキャラが勝手に技を発動した……そんな不可解な状況。

 理解できないまま地面に倒れる。


 瞬間、先ほどまで背中にあった重みが消失した。


「あっ」


 慌てて顔を上げる。

 


――山瀬ボーンが……飛んでいた。



 先ほどからずっと背負ってきた、イマジナリーフレンドの依代にしていた山瀬ボーンが……フライング山瀬ボーンになっていた。

 山なりに飛んでいた山瀬ボーンは、重力に従いゆっくりと落下していった。

 そのまま山瀬ボーンは落下していき……尻餅をついた少女に覆いかぶさった。


「――にゃぁぁぁぁぁぁぁぁっぁ!?」


 少女は最大級の悲鳴をあげた。その悲鳴に森にいた虫たちが一斉に飛び立つ。

 

 少女はじたばた暴れるも、どこかの骨が服に絡まったのか山瀬ボーンが離れる気配はない。

 少女を助ける隙を見つけようと立ち上がり様子を見ていた俺。

 弓を構えたまま山瀬ボーンを振りほどこうとジタバタする少女。

 

 ふいに少女の右手が弓の弦から離れた。


 ――矢が放たれる。


「や、山瀬ボーン!」


 先ほどまで道を共にし奇妙な友情すら感じていた骨の危機に、俺はただ見ていることしかできなかった。

 あの至近距離から矢を食らっては、骨なんて木っ端微塵に――ならなかった。

 俺の心配は無用だったようで、矢は山瀬ボーンを構成するあばら骨の隙間を抜けていった。

 

 そしてそのままこちらに飛んでくる。


「は?」


 風切音を立てながら飛来してくる矢。

 生まれて初めて矢が飛んでくるのを前にしたが、すっごい早い。前に剣道有段者の先輩とバッティングセンターに行って挑戦したストラックアウト(野球のボール投げてパネルに当てるゲーム)で、先輩が適当に投げたボールがフレームごと機械をぶっ壊した時の記録を思い出した。

 大体あのときは180kmくらい出てただろうか。それくらい早い。そのまますっ飛んで来た矢は、俺の右ひざに突き刺さった。

 スコーンというまな板の上に思い切り包丁を振り下ろした様な音がした。


「え、あ……ちょっ、おまっ」


 痛みはない。多分これから遅れてやってくるのだろう。強すぎる痛みは麻痺を伴う。昔全力疾走した自転車で電柱にぶつかり前歯が3本へし折れた時もそうだった。

 それよりも自分の膝から矢が生えている光景は、精神的にクるものがある。

 

 これが矢鴨ならぬ矢山瀬ってな。……あれ、結構余裕あるな俺。


「へっ、う、うそっ、やだっ……!」


 絡まった山瀬ボーンを振りほどき立ち上がった少女が、膝から矢を生やした俺の姿を見て両手で口を覆った。

 少女は真っ青な顔で、赤い瞳に涙を浮かべる。


「ボ、ボク……そんなっ、ちがっ……」


 一方俺はというと、膝の痛みがじわじわと痛みが広がってきた。焼き鏝を押し付けられたような痛みが刺さった膝を中心に広がっていく。

 俺は広がってきた痛みに耐え切れず、そのまま体を捻りながら地面に倒れた。

 仰向けに倒れる。

 

 ここで死ぬのかもしれない。

 洒落にならないレベルまで増してきた痛みに、本気でそう思った。

 

 ここはあれだろう。辞世の句を読むべき場面だろう。

 やはりここは定番の『○んじゃこりゃ』だろうか。いや、待てせっかくだからオリジナルの句を読みたい。


 仰向けに倒れたことで、森を覆う天蓋が見えた。

 俺の目に入ってきたのは、鬱蒼と生い茂る葉の天井から――差し込む光。

 久しぶりに見た、太陽の光。


「――た、太陽……万歳……」


 俺は胸の内から自然と出てきたどこからどう考えてもオリジナルな時世の句を詠みつつ、意識を手放した。

 意識が完全に落ちる寸前、少女が駆け寄ってくるのが見えた。



■■■



 目を開けると真っ白な空間だった。


 目の前にはいつかの神。


「久しぶりだな。さて早速だが何故お前がここに――」


「ニンゲンだぁぁぁぁぁ!」


「ぎゃわぁぁぁっぁ!?」


 俺は目の前の少女を思い切り抱きしめた。力いっぱい抱き絞める。

 久しぶりの人のぬくもりに、思わず心が沸き立つ。


「い、いきなりなんだお前!? ちょっ、離せこら! 離せって言ってるだろ!」


 ひとしきりニンゲン成分を堪能した俺は、少女をリリースした。

 ペロリと舌を出しながら誠心誠意謝った。

 

「いや、ごめんごめん。長い間、人と会ってなくてさ。寂しさの余りこんなんなっちゃった」


「だからっていきなり人に抱きつくな! あと私は神で人間じゃない!」


 言われてみればそうだ。

 しかし、何故俺はここに……もしかしてまた死んだのか?


「……いや、死んでない。今からそれを含めて説明する。お前が覚醒するまでの時間しかないから、手短にな」


 俺は正座をして聞く体勢を整えた。


「な、なぜ正座を……ま、まあいい。まず今のお前は意識だけの存在だ。向こうの世界のお前が意識を手放したから、こうしてここまで引っ張ってきている」


 少女は綱引きのようなジェスチャーをした。あちらから……ここ、と。

 ここ、とはこの少女の領域だろう。

 俺は弓で射られ、その痛みで気絶してしまったらしい。ふと自分の膝を見るが、何も刺さっては射なかった。意識だけの存在だからか?


「目が覚めるまでの限定だ。手早く行くぞ。まずお前の体についてだ。何か自分の体に異変は感じなかったか?」


 異変……思い当たるフシがあった。


「小学生卒業したくらいからさ、その恥ずかしい話なんだけど、下の方に毛が……」


「向こうの世界で目が覚めてからだ! お前の思春期事情なんぞ知るか! 向こうの世界で目が覚めた後、空腹を感じにくかったり、水分を摂取しなくても体に不調を感じなかったりしただろう!?」


「……?」


「何を言ってるんだこいつ、みたいな目で見るな! 思い出せ! つい最近の話だろうが!」


 少女の言うとおり、思い出してみることにした。

 ……。

 確かにそうだ。今考えればおかしい。

 基本的にお腹が空きやすい俺は、朝食の後、午前の授業中に早弁、普通に昼食、昼休みの後の授業中に遅弁、帰って夕食、夜食とかなり食ってたはず。

 そんな俺が何日も食わなくてそこまで空腹を感じなかったのはおかしい。


「人間は水分を4,5日、食料を2週間ほど摂取しなければ徐々に弱って死ぬ。だが私が与えた加護により、それらに抵抗ができたのだ」


「つまり……俺って飲まず食わずでも死なないのか」


「そうじゃない。徐々に弱る、といった部分がなくなったのだ。具体的に言えば5日水分を摂らないと日が変わった瞬間に死ぬ」


「ゲームかよ」


 何となく分かった。つまりRPGのゲームだな。HPに例えれば分かりやすい。現実にHPがあるとして、HPが削られるような怪我を負ったら徐々に体が動かなくなってくる、HP1の状態なんて指一本動かせないだろう。だがゲームならHP1でも残ってさえいれば、HP満タンの時と同じく普通に動ける。

 それを食糧事情に置き換えたのだろう。しかし微妙な加護だな……。


「び、微妙って言うな! そ、それだけじゃないぞ私の加護は! あ、あれだ! 風邪とか口内炎くらいの簡単な病気にはかからないぞ! あと、ちょっと成長に補正がつく! そ、それから……そうだ! 拾い食いしてもお腹を壊さない! ほ、他にも――」


「一振りで世界を2、3回滅ぼす剣とかないの?」


「あってたまるか! んなもん持ってどうする!? ここに来る奴でそういうもんバカみたいなもん欲しがるやつ結構いるけどな、神様自らありがたい言葉をくれてやる! ――過ぎたる力は身をほろぼろっ……ほろぼすんだぞ」


 噛んだ……神田が噛んだ……。


「う、うっさい! あと神田じゃねー!」


「でも、ありがとう。その加護なかったら俺普通に餓死してたわ。助かったよ」


「……お、おう。さ、最初からそうやってありがたそうにしとけよ」


 少女はそっぽを向いて頭をかいた。

 

「微妙な能力ありがとな」


「微妙つけんな! 本当に感謝してんのかお前!?」


「してるよ。舞おうか? 感謝の舞を」


「いらんわ! い、いやだからいらんと言ってるだろ!?」


 俺は立ち上がり、感謝の舞の基点となる白鳥のポーズをとった。

 ……が、どうやらここで時間切れらしい。見ると俺の体はうっすらと消えていっている。

 少女は右手に巻いた時計を見た。


「ん、もう時間か。じゃあな、せいぜい頑張れよ――あ、その……山瀬」


「あ、俺の名前……」


 少女が顔を赤くしながら言う。


「い、いつまでもお前って呼び方だと呼びにくいからだ! ……も、もういいからさっさと行け」


 そのまま顔を赤くした少女の顔を見ながら、俺の意識は消えていった。



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