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マイペースなサバイバル

 目を開けるとそこは森の中だった。

 土の上に横たわっていた体を起こす。


「んー……!」


 渦を通った影響かがわからないが、体中がこっていた。両手を上で上げて思い切り体を伸ばす。

 ぱきぱきと体中の骨がなり、非常に気持ちがいい。


 改めて自分の体を見る。

 トラックにひかれた筈だが、傷一つなかった。


「それもそうか」


 トラックにひかれた傷が残ってたら、異世界に行ってもすぐに死ぬだろう。

 着ていた制服にも傷はなかった。

 通っていた学園の制服だ。ポケットを漁るものの、死ぬ前は入っていたはずの財布はなかった。


「うわ! 記念硬貨入れてたのに! あと、ネタで入れてたカードも!」


 俺は財布の中に、ちょっとしたジョークに使えるカードを入れていた。

 例えば帰りが遅くなってガミガミ怒る妹の前に○なるバリアミラーフォースを掲げる。例えば旨そうな弁当を食べるクラスメイトに○奪のカードを差し出し、一口もらう、など。

 それら全てが無くなっている。そういえば○者蘇生のカードも入ってたけど……もしかしたらあのカードのお陰でこうやって異世界で第二の生を歩めているのかもしれない。


 反対側のポケットを漁ると、スマホが出てきた。

 電源を入れてみる……が、沈黙。どうやらバッテリーが切れてるらしい。残念だ。


 自分の状態を確認したところで、周囲を見渡す。


 森だ。


 木と木と木と木に囲まれて地面は土と草。空を見上げるも鬱蒼と茂った葉が邪魔して全く青が見えない。


 森だ。これ以上ない森。


 RPGなら『迷いの森』なんてベタな名前が付いてそうな森。

 序盤で主人公達にサッと通り抜けられてそれ以降完全に存在を忘れ去られれるただの森。


 ここが剣と魔法の世界なら、町とかあってその中にギルドとか騎士とかダンジョンとかがあるのだろう。

 この世界の文化水準は分からないが、できれば最低限度のインフラが揃った場所で生活したい。

 早く森を抜けて町に行こう。


「シティボーイは森を去るぜ……」


 俺は歩き出した。



■■■


 

 歩きながら以前後輩である忍者に聞いた『もし山で遭難したら』という話を思い出す。

 と言っても「俺山瀬だけど、川のほうが好きだからな。山とか行かねーわ」と言ってかなり適当に聞いていたんだけど。


「確か……川に沿って下って降りれば……いいんだっけ?」


 うろ覚えの知識を懸命に掘り出す。

 確か川を下りるであってたはず。


「まずは川を探そう」


 歩く。

 途中、獣やらいるか分からないけど魔物に襲われる心配をしたが……何にも出会わなかった。

 見かけるのは小さな虫くらいだ。


 それから歩いて歩いて歩き続けて……木を見つけた。


「やった木だ! ……ってさっきから木しかねーじゃねーか! 何だよ! 何かあれよ! 川でも岩でも何でもいいからさ!」


 目が覚めて半日くらい歩いた気がするが、歩いても歩いても木だけだ。

 RPGだったら即リセットして売りに行くくらいクソげーだ。

 まあ実際リセットボタンなんてないので、ひたすら歩くしかないのだが。


 そうして更に歩き続け、遂に――小さなな木を見つけた。


「やったぞ! まだ若い!」


 俺よりちょっと高いくらいの木。他のてっぺんが見えないくらい高い木と比べて親近感が湧く。

 これからこの木は大きくなって、その目線をどんどん高くしていくのだろう。身長が伸びるにつれ見える範囲が広がる。まるで人間のようだ。

 俺はこの木を山瀬ヤングフォレストと名づけることにした。


「よろしくな!」


 歩き続けてほぼ1日。俺は結構頭がおかしくなっていた。

 なんせ木しかない。

 それに話相手もいない。俺は人と話すのが好きだ。俺が話をして相手が上手く突っ込んでくるのが何よりの楽しみだ。

 そんな俺が1日誰とも話していない。

 そりゃ頭もおかしくなる。


 山瀬ヤングフォレストと別れてひたすら歩き続ける。


 たまに眠くなったらその辺で寝た。特に何かに襲われることはなかった。


 そして歩いて歩いて……


「喉が渇いたな……」


 喉の渇きに襲われていた。

 空が見えないので時間の感覚が分からない。だが既に3日くらいは歩き続けた気がする。その間、何も口に入れていない。


「そういえば……脱水症状とかにならないな」


 なったことがないので分からないが、人間水分を4~5日とらなければ脱水症状で死ぬらしい。

 今は喉が渇いたくらいだが、これといって体に不調はない。これからどうなるかは分からないが。

 

「喉も渇いたけど……腹減ったな」


 時々木を確認して木の実がなっていないかを見るが、今のところ発見できていない。

 何も食べないで何日生きられるか分からないけど……餓死だけはイヤだな。



■■■


 

 飢餓感に襲われながら歩き続けていると、遂に木以外の物を発見した。


 キノコだ。


 キノコが20本ほど、群れになって生えている。今まで見かけなかったが……ここだけに生えてるのか?

 色は水色と白のストライプ。……アリだな。

 後輩が毒キノコは見るからに毒々しい色をしてるって言ってたけど……この色は大丈夫だな。俺縞パン好きだし。


 取り合えず1本手に取り、齧ってみた。


「……旨いな。つーかめちゃくちゃ旨いわ」


 空腹というスパイスがあるからかもしれない。非常に美味に感じた。

 火を通してないし調味料なんてかけていない、素材の味だ。これで美味しいのなら、このキノコを使って料理を使ったらさぞ美味かろう。

 ひたすら手にとって食べる。

 食べて食べて……気が付くと全部食べてしまっていた。


「いかん。あまりの旨さに本能的になり過ぎた……」


 残しておいて持っていくという考えは食べている間に吹っ飛んでいた。

 とにかく旨すぎてもっと食べたい、そんな欲求に囚われていた。


 何はともあれ、これでひとまず餓死はなくなった。


 余裕ができた俺は、他にキノコがないか周囲を見渡し――人骨を見つけた。


「どうも山瀬です!」


 恐怖よりまず嬉しさが勝った。何せ木以外の物を久しぶりに見たのだ。それも(元)人間!

 とりあえず俺が最初に発見したということで、命名権は俺にあるはず。山瀬ボーンと名づけた。


 山瀬ボーンはファンタジーに出てくるような魔法使いのような格好をしていた。

 傍らには杖が一本。散乱している薬瓶。そして小さな鞄。

 

「俺、山瀬ボーンのこと……もっと知りたい」


 久しぶりの(元)人間に凄まじい親近感が湧いた俺は、鞄の中身を拝見することにした。今の俺なら、しきりにスマホの中身を確認してくる妹の気持ちが分かる。

 相手のことを知りたいって感情は止められないもんな。


 鞄の中には何らかの地図、パンの屑、手帳が入っていた。

 手帳を開く。


『私の名前はラーイエ・アルベルト。珍味を愛してやまない冒険者だ。この手記は私が珍味を探し食した記録である』


 ほー、珍味ハンターか。


『齢45になって突然冒険者になることを、必死に止めた妻と娘よ。すまない……珍味を愛する想いは止められないのだ。私は市場に流通しない、幻の珍味が食したい!』


『そして私は旅立った。まずは近くのアメリの村、すぐ側にある森にのみ存在するとされた――ブースターマッシュルーム。青と白の縞模様をしたキノコだ』


 おや……そのキノコ、どこかで……。


『世の中にある幻の食材、その中には己の能力を上げる物がある。このキノコもそのうちの一つだ。だが決して流通はしない。そんな物があるなら、世の強さを求める冒険者が殺到するはず――だがそれは決してない。何故ならばそれらの食材は――まず食べると死ぬからだ』


 なるほど。


『幾人もの冒険者がこれに挑んでは生存を試みた。だが誰一人として、生き残ることはなかった。どの冒険者も「あ、何か足が速くなった気がする。つーかこれウマッ! ハヤ……ウマ……」と言い残して死んだ』


『私は苦労の末、こうしてブースターマッシュルームの群生地に辿り着いた。今はいないがかつては多数の冒険者が挑戦したせいで乱獲された……ここがもう最後の群生地だろう』


『私は今からこれに挑む。この著書を読んでいるものよ、心配しなくてもいい。私は他の冒険者とは違う。無様に死ぬつもりはない』


 何か策があるのか……ドキドキしながらページを捲る。


『私は珍味を愛している! そんな私を珍味が裏切るはずがない! 他の冒険者と違って、私は珍味への愛で動いている!』


 何て根拠のない自信だ……!


『念のため、ありとあらゆる毒消しは飲んだ……一応念のためだ。私がここで死ぬはずがない。私はこの珍味を食し、これから数多の珍味を食してこの著に記す! そしてこの著を売り出して一攫千金を狙うのだ! 見える……見えるぞ……! たくさんの町、村にある本屋に私の本が山積みされる光景が……!』


『ではラーイエ・アルベルト――推して参る』


 ページはそこで終わっていた。以降のページは食材とその名前は載っているが、その下に著者のコメントはない。

 最初で最後のチャレンジなったようだ。


「……ふぅ」


 俺は手帳を閉じた。

 考える。


 手帳にあった青と白の縞模様のキノコ。そのキノコの側にあった死体。死体が持っていた手帳。散乱した薬瓶。

 俺の中で情報が一つに繋がった。




「このキノコの名前はストライプキノコ、新種のキノコ。倒れてる死体の名前は山瀬ボーン。山瀬ボーンはたまたまこの手帳を鞄に入れてただけ。たまたまこのキノコの目の前で死んだ、心臓発作とかで」




 だから俺が食べたのはブースターマッシュルームとかいう毒キノコじゃないし、この死体はラーイエさんとやらじゃない。


「それが答えだ」


 これが真実だろう。いや、そうに違いない。だから俺は大丈夫だ。大丈夫大丈夫……大丈夫デース。

 さ、腹も満たされたし、ここを去ろう。

 

 俺は山瀬ボーンに別れを告げた。杖と鞄、ついでに手帳は貰っていくことにした。お前の物は俺の物。山瀬ボーンの物は俺の物だ。

 生きている人間に使われたほうが、ラーイエさん……じゃなくて山瀬ボーンも喜ぶだろう。


 俺は森を出るために歩いた。

 長い時間歩いたが、死ぬことはなかった。やはり俺が食べたのは、ストライプキノコという新種のキノコだったらしい。

 だって俺生きてるし。ちょっと足早くなった気がして、その気になればもっと早く移動できる気がするけど……気のせいだろう。

 ああ、生きてるって素晴らしい!


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