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マイペースな旅立ちと、初めての魔物

「よしっ、行こうヤマセ!」


 翌日、すっかり二日酔いが治ったのか、キリッとした表情でリーサが言った。

 俺としてはもう2、3日くらい居てもいいと思うんだが……。


 窓から外を見るが、まだだいぶ暗い。


「そもそも今何時だ? 外暗くないか?」


「いいの! これくらいの時間なら、まだ誰も起きてないはずだから!」


 半ば強引に背を押され、家から出る俺。

 外はまだ暗く、殆ど夜といってもいい暗さだった。


 リーサの言うとおり、村人は誰もおきていなかった。

 全員、広場で酔いつぶれていたからだ。

 宴会は俺たちが抜けた後も続き、その次の日もぶっ通しで続いたらしい。

 流石に2日続けて騒いだからか、疲れ果ててしまったようだ。


「……い、行こうかヤマセ」


 死屍累々たる村の現状を見て呆れながらリーサが言った。

 そして俺たちは村を出た。酔いつぶれた村人達を背にして。

 

 なんともパッとしない出発となった。

 

 

■■■

 


 村を出てもひたすら森の中を歩くだけだ。

 リーサが言うには1時間ほど森を歩くと、森の外に出ることができるらしい。

 道中特に何かあるわけでもなく、リーサと会話をしながら歩くだけだった。

 

 途中、道が二手に分かれていた。

 真っ直ぐ進む道と脇にそれる道。


「どっちに進むんだ?」

 

「ここから真っ直ぐ行けば、この森の出口だよ。横道に入ると『閉ざされた森』。ヤマセを見つけた、結界が張られて入れなかった場所だよ」

 

「ほーん。こっちがあの森かぁ」

 

 延々と木の間を歩き続けたあの時間を思い出す。

 もうあんな体験は2度とごめんだ。

 

「何か気になる? 寄っていく?」

 

「まさか」

 

 頼まれたって行きたくない。

 ふと気になったが……

 

「あの森って結界で閉ざされてたから『閉ざされた森』って呼ばれてたんだよな? もう結界ないから閉ざされてないよな」

 

 俺の言葉にリーサが少し考え込むようにに頷いた。


「……そう言えばそうだね。もう閉ざされてないし、そう呼ぶのは変だね。ていうかそもそも、あの森が入れなくなってから、僕たちが勝手に呼んでただけなんだけど」

 

 リーサが笑いながら言った。

 なるほどな……じゃああの森は既に閉ざされた森じゃない、ってことか。

 

「じゃあこれからあの森は『ヤマウェイの森』に改名しよう」

 

「何で!?」

 

「いや、結界が無くなった時、一番最初にあの森に居たのって俺だろ? つまり第一発見者は俺。命名権も俺にあるはず」

 

「い、いやその理屈は……ま、まあいいか」


 村人であるリーサの許可が得られたし、この森は今日からヤマウェイの森だ。

 何かアレだ。名前を付けたら急に愛着が湧いてきた。不思議だ。アレだけ嫌な記憶しか残っていないのに。

 俺をあれだけ迷わせたのも『俺と離れたくない』って意思のようにも感じる。

 逆に愛しささえ感じてきた。ああ可愛いよ……可愛いよ……ヤマウェイの森。

 

「なあ、リーサ。ヤマウェイの森も連れてっちゃダメかな?」


「ヤマセ頭おかしいの?」


「ちゃんと散歩もするから!」


「正気で言ってるなら、ボク村に戻ってもう1回お婆ちゃんに悪魔祓いしてもらうけど」


 冗談でもなく真面目な表情でリーサが言うので、これは本気だと思った俺はヤマウェイの森を諦めることにした。

 常識的に考えても森は旅に連れて行けないな。何考えてたんだ俺。



■■■



 ヤマウェイの森を過ぎた俺たちは歩き続けた。

 リーサが前方を指差す。

 

「見てヤマセ!」

 

 木で出てきたトンネルの終わり、そこから光が差し込んでいた。

 俺とリーサは光に向けて走った。

 光に突っ込むようにして森を抜ける。


 森を抜けた瞬間、焼かれるような眩しさに目を塞いでしまった。

 ゆっくりと目を開ける。

 

 そこには――草原が広がっていた。

 見渡す限りの草原。太陽の光を浴びてキラキラ輝く草花達。

 

 この世界から来てずっと森の中にいた俺は、閉塞感から解放されて心の底から喜びを覚えていた。

 隙間のない小さな箱から飛び出たような爽快感。

 その爽快感に任せて、見も心も開放的になった俺は、とりあえず服を脱ぎたくなった。


「よっしゃあ!」


「ちょっとちょっとヤマセ!? なにいきなり脱ぎ始めてるの!?」


「いや、ここは脱いで光を全身に取り込むべきだろ」


「べきじゃないよ!? なにその植物的な発想!? い、いいから服着てよ、もうっ!」


 目を背けながら怒り始めたリーサに渋々従う。

 リーサには分からないのだろう。ずっと森の中にた俺が今、どんな気分なのか。この世界に来て初めて感じた開放感に、全てを脱ぎ捨てて駆け回りたいという感情に。


 改めて周囲を見渡す。

 俺たちの背後には鬱蒼と生い茂る森。アメリの村がある森だ。

 俺たちが立っているのは、馬車や人が行き来してできたであろう道だ。

 森から伸びたそれは草原の中をぶち抜いて、遥か彼方まで続いている。


「とりあえず森から出たけど、これからどこに行けばいいんだ?」


 よくよく考えると地理も全く分からないので、この道の先がどこに続いているのかも知らない。

 目標である冒険者も、具体的になる方法も分からない。

 俺何もわかってないなこれ。


 隣に立つリーサがそんな俺を見て、ニンマリと笑みを浮かべた。


「もー、しょうがないなあヤマセは。ボクが一緒に来なかったどうするつもりだったの?」


「この先に何があるかリーサは知ってるのか?」


「ふふっ、当たり前でしょ? 殆ど村から出たことないけど、流石にこの辺りの地理は把握してるよ。それに冒険者になる手順も、村に滞在した冒険者から聞いたりしてるから知ってるよ」


 むふん、と自慢げに胸をそらすリーサ。

 ちょっとイラっときたが、正直助かる。

 

 リーサは道の先を指した。


「ここから道に沿って歩くと、隣村のカダンの村に着くんだ。歩いて1時間くらいかな?」


「結構近いな」


「うん。ボクは行かないけど、他の狩人は獲物を売りに行ったりしてるよ。お婆ちゃんも月に1回くらいは買い物に行ってるんだ」


 なるほど。

 カダンの村では金銭のやり取りがあるのか。アメリの村は基本的に物々交換だったからな……頼めば普通に食べものくれるし。


「で、そのカダンの村から馬車が出てるんだ。馬車に乗って2日で……王都『アルフィス』に到着! すっっっごい大きな街で、人もたっっっくさん居るんだって! 冒険者ギルドの本部もそこにあって、冒険者も山ほどいるんだ! ……って、村に来た冒険者が言ってた」


 鼻息荒く語るリーサ。

 冒険者になりたい意思は彼女もかなり強いらしい。


「しかし情報源が村に来た冒険者だけって……信用できるのか、その情報?」


「そこは大丈夫だよ。後でお婆ちゃんに聞いたら、ちゃんと正しい情報だったみたいだし。お婆ちゃんは物知りだからね」


 ババアが言うなら大丈夫か。

 あのババア、異常に情報通だからな。


 というわけで俺たちの目的は決まった。

 まずは隣村に向かうとしよう。

 

 


■■■




 道なりに歩き続ける俺たち。

 森を出たことでいつ魔物に襲われるかと警戒していた俺だが、どうもそんな気配はない。

 道から外れた場所に魔物らしき姿は見えるが、こちらをジッと見るだけで近づいてくる様子も無い。

 

「魔物って襲ってこないのか?」


「ん? 多分大丈夫だよ。道から外れると襲ってくると思うけど。えっとね、弱い魔物は本能的に人間には勝てないことを理解してるんだ。僕たちが歩いてる道は人間が何度も行き来してるから、人間の匂いとか気配が凄く濃く染みこんでる、だから魔物は近寄ってこないんだ」


「へー。でも弱い魔物ってことは……」


「うん。ある程度強い魔物は人間を襲いにくるね。でも、大丈夫だよ」


 リーサが自信満々の笑顔を浮かべて、背負っている弓を揺らした。


「もし襲われても、ヤマセはボクが守るからね!」


「……どうも」


 男として自分より小さい女の子に守ってもらうのはどうなんだろうか。そう思うが実際に魔物に襲われたら、どう対応すればいいか分からない。

 こればっかりはリーサに頼るしかないだろう。俺が魔物との戦いに慣れるまでは。


 道を歩いていると、1匹の兎が俺たちの歩みを遮るように道のど真ん中にいた。

 以前、リーサの狩りに付いて行った時に見た兎だ。あの時は死体だったが。

 大きな角の生えた兎。確かホーンラビットだったっけ。


「さっきはああ言ったけど、たまにああやって警戒心がない弱い魔物が道に現れることもあるんだ」


 リーサが背中から弓を取り出し構えた。


「ホーンラビットはもともと弱い魔物だし、あれだけ警戒心が弱いと多分真横を通りすぎても大丈夫だと思う。でも……一応、念には念を入れて倒しておくよ」


 構えた弓をホーンラビットに向けるリーサ。

 リーサが手を離せば矢が放たれ、あの兎は命を失うのだろう。それは間違いない。


 いい機会だ。いつかはやらなきゃいけないことだし、ここで経験しておくべきだろう。

 俺はリーサの肩に手を置いた。


「リーサ。俺にやらせてくれないか?」


「へ?」


 獲物を狙う狩人の表情が崩れる。


 このまま冒険を続ければ、いつか俺自身の手で魔物の命を奪うことになるだろう。

 爺ちゃんのこともあって、生き物が目の前で死ぬことには慣れている。だが俺自身が命を奪ったことは無い。

 もし今後戦闘になって、魔物を前にして躊躇してしまっては、俺自身の命に関わる。

 だからここで命を奪うことに慣れておく。

 幸い、状況は整っていた。


 リーサに俺の考えを説明した。


「……そっか。うん、確かに。その方がいいと思う。そういえばボクも初めて父さんと狩りに出かけたとき、罠にかかった獲物を相手に練習させられたよ。ナイフを渡されて、それでやれって言われて。弓だと慣れにくいからって」


 リーサは弓を下ろした。

 俺はダガーを取り出し、魔物に近づく。


 そのまま近づいて、手が届く範囲まで来ても魔物は動こうともしなかった。

 暢気に毛づくろいなんかをしてる。

 自分が殺されるなんて思ってもいないのだろう。


「ヤマセ。ダガーだとしっかり急所を狙わないと致命傷を与えられないから」


 後ろからリーサの助言が飛んで来た。

 確かにリーサの家にあった長剣だったら、あたりさえすれば致命傷を与えられるだろう。

 だが、このダガーは短くて軽い。的確な場所に当たなければ、簡単には仕留められない。


 俺はダガーを振り上げた。




■■■



 結局、心臓を狙った俺の一撃はわずかに狙いを外してしまった。

 流石に攻撃されたことでこちらを敵と認識した魔物の目に敵意が灯り攻撃に移る……その前に俺のダガーが体に深々と突き刺さり、魔物は動かなくなった。


「……ふぅ」


「お疲れ様、ヤマセ」


 動かなくなった魔物を見下ろしていると、いつの間にかやってきたリーサが俺の肩に手を置いた。


「慣れそう?」


「どうかな。分からん」


 それ以外の感想が浮かばなかった。

 何度も繰り返していくと慣れる気がする。だが何度繰り返してもずっと慣れない気もする。

 妙な感じだった。


「大丈夫だよ、ヤマセなら」


 根拠の無い発言を自信たっぷりに言うリーサ。


 俺が命を奪ったホーンラビットは、血を流しながらその場にあった。

 ゲームのようにドロップアイテムだけを残して消滅する、なんてことにはならなかった。

 この辺はゲームのようになっていないらしい。

 リーサが手際よく、魔物の解体をして、肉と毛皮、角を俺に手渡してきた。


「はいっ、戦利品だよ。ヤマセ、おめでとう」


 思っていた以上に重いそれを受け取る。

 初めて命を奪った罪悪感と、魔物を倒したという達成感が交じり合って妙な気分だった。

 

 それから道中に現れた魔物を何度か倒した。

 倒すたびに先ほど感じた抵抗感は薄れ、何も思わなくなっていた。

 どうやら思いのほか早く慣れたらしい。

 

 随分と早く慣れたことに違和感を覚えた俺だが、もしかするとこれも加護とやらの効果なのかもしれない。

 そんなことを考えながら、隣村へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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