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野良怪談百物語

向こうの世界

作者: 木下秋

 私が十七歳の時、母は亡くなった。


 化粧台の前で倒れていた母を見つけたのは、学校から帰ってきた私だった。


 もう、すでに息はなく、冷たくなっていた。救急車を呼んだのも私だったらしいのだけれど――記憶は定かではない。


 気付けば、病院の廊下にいた。隣には、いつになく真剣な顔をした父がいた。



 ――死因は、急性心不全。葬儀は何事もなく、しめやかに行われた――。




 母のいない日常は普通の“明日”となって、いつも通りにやってきた。私は学校に行き、父は会社へ行った。


 ……あまりに呆気なかった。――私は泣いた。たぶん、父も泣いたと思う。――それでも、また“明日”になる。――もう、母はどこにもいなかった。




     *




 ――三年の月日が経った。いつものように朝目覚めると、私は仏壇に向かって手を合わせる。



 あの頃高校生だった私は、大学生になった。母の使っていた化粧台は、今は私のものになっている。


 椅子を引き、鏡の前に座る。いつものように化粧をし、ふと鏡から顔を離した時。――息が止まった。



 私の後ろに、誰かが立っている。



 顔は見えなかったけれど――見覚えのある服、背丈、体型からして、すぐにわかった。



(お母さん……!)



 とっさに振り向くと、誰もいない。しかしまた視線を鏡に戻すと――やはりいる。


 鏡の中の私の目が、うるんでゆくのが見えた。



「お母さん……」



 小さく呟き、左手をゆっくり、後ろに伸ばす。


 視線は鏡に向けたまま。左手で、触れようとする。



 ――もうあと数センチで触れるというところで、急に――



 ――バリィンッ‼︎



 鏡は粉々に割れ、砕け散った。




     *




 数年後、知り合いになった霊能者にその話をしたところ、こんなことを言っていた。



 母の愛用していた化粧台の鏡が、“向こうの世界”に行ってしまった母の姿を切り取るようにして映してくれたのだと。――ただ、私が触れようとしたから、鏡は“限界”を迎えた。別の世界を一瞬映してはくれたけど、それらが触れ合う瞬間というのは、鏡は映せない。だから、鏡は割れたのだと。



 ――化粧台は新しい鏡をめ込んで、今でも使っている。



 いつか――私に子どもができたとして、私が死んだ時。この化粧台は――私にそうしてくれたように――私の子どもに死んだ私の姿を見せてくれるのだろうか――。



 そんなことを思いながら、毎日化粧台の前に座り、鏡を拭いている。

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