お隣さんとの出遭い
俺は今現在のこの現状に対して、特に不満がない。
普通に毎日、三食ご飯が食べられて、屋根の下で眠る事が出来て、それでいてそれなりの自由な時間がある。これ以上は望まない。特に望む事も思い浮かばない。
俺は非常に今の日常に満足しているし、人生が充実しているとそう思っている。
それに、それは周りでどんな出来事が起こったとしても、やはりこの俺の満足な気持ちが、大きく変わる事はないと思う。気にせず順応できるだろう。
大げさな話をすれば、きっとこの世界が魔王の手に落ちても、俺はそこに不満なく住める自信があるし、普通に現実的な話ならば、虫の巣食う部屋でも、今にも壊れそうな家でも、自殺した人がいる部屋だとしても、正直住めば都と言う概念が俺には適応する。通用するとそう考えていたりする。俺はそれを気にしないし、それが気にならない。
俺は自分の事をどんなに痩せた土地でも最低限の肥料で育つことが出来る植物みたいな、そんな人間だと自負している。そんな人間でいるつもりである。
そんな人格な人であるこの俺は、自分の通う「西向第四高校」の校舎の三階、二年四組の教室にて、陽の光がよく当たる窓側の前から四番目の席に座る。「土産屋瓜」という氏名の、一般的な男子生徒である。
そして俺は陽の光を体いっぱいに受けて、今まさに日光浴の最中である。
しかしそんな俺の行動を知らないのだろう前の席に座るクラスメイトは、「眩しいからカーテンを閉めよう。」と、カーテンを閉めてしまった。
が、まあいいだろう。暗くてじめじめしている所もそれはそれで俺は好きである。
そしてその後、時は放課後の下校後。所変わり我が家の前、ここにて隣の家へ入っていく人影を見た。その人影は俺と同じ制服を着ていたが為に、同じ高校の生徒だとわかったが、そこで俺は不思議に思った。俺は疑問を持った。
と、いうのも俺の隣の家は三年前、住人であった家族全員が殺されるという集団殺人の事件現場となった場所なのである。住もうと思う人間も寄り付く人間も見たことが無かったし、いなかったからだ。現に昨日までは空き家だったはずだ。三年もの間、放置されていたはずだ。
「……ふうむ、今は心霊スポットとしての役割でも果たしているのだろうか。」
俺はそんな事を呟きながら、当然のように我が家への帰宅をやめて、隣の家の玄関前へと足を運んだ。まあそして、リィンと呼び鈴を鳴らした。
すると驚いた事に普通に返事が返ってきた。「新聞などの勧誘はお断りです。」と、しかし驚いたのは当たり前のように返事が返ってきた事についてだけではない。その即座に帰って来た女性の声に聞き覚えがあったので、俺は耳を疑った。
その返って来た声は、三年前に殺されたはずの住人の女性の声だった。間違いなく、三年前のお隣の家族の、母親の声だった。
そこで俺は腹を括って話し返す。その幽霊の声に俺は話し掛ける事にした。
幽霊を信じていないという事もあったが、同時に幽霊に興味もあったからだ。
「いえ、俺は高校生です。勧誘とかはやっていません。部活も入っていません。なぜここに来たのかと言えば、それはこの家の隣に住んでいる住人であり、この家に新しい住人が住んでいることを知らなかった俺が、簡単に言うと貴方に興味を持ち、こうやって呼び鈴をポーンと鳴らしてみた次第です。不愉快だと思ったなら謝ります。すみませんでした。では、これで。」
俺はこの場からさっさと離れようと後ろに飛びのいた。そして踵を返して帰ってしまおうと思った。この場から。取りあえず謝ったからこの幽霊屋敷から離れようとした。別に幽霊が怖かったとか、そういう理由ではなく。あくまでこれ以上はこの場にいたくなかったからだ。お化けは信じていないが興味はあるし、深く関わり合いたいとは思わない。
しかし、結局離れる事は出来なかった。まあ実際は出来たと言えばできた訳だが、扉が開いてその中にいる人がこちらを見ていたから、その視線の主を俺の目が捉えたから、それをする意味を失った。と、いう事である。
扉が開く瞬間。無造作に、そして勢いよく開け放たれた扉から、自分への視線が注がれる。
「……。貴方は一体、誰ですか?」
そこにいた人物は俺にそう問い掛けた。ちょうど聞こえるぎりぎりの大きさの、ごく小さな声が耳に届く。それは別に幽霊でも何でもなく、普通に先程この家へ入って行った制服を纏った人影の正体そのものだった。
「二年四組在籍。「土産屋瓜」と言います。初めましてお隣さん。」
だから普通に俺は答えた。初対面の人に対して、自己紹介は大切だ。
「そう、ですか……。」
如何にも大人しそうな顔立ちで目の前に佇む小柄の少女。その瞳は何処か俺に対する警戒に染まっているようにも見える。まあ、見知らぬ人を疑うのは当然だろう。
だが、その不安の眼差しも、俺が同じ高校の制服を着ていたからか、そんなに長く続くこともなく、少女が再び口を開くのに時間はかからなかった。そして先程よりも一回りだけ大きくなった声が発せられる。非常に落ち着いた声が発せられる。
「私は二年四組に転入予定の「銘柄市告」です。初めましてお隣さん。あなたと同じクラスのようですね。」
……そうか転校生か。だが今までスルーしていたが、先程の幽霊声の正体は判明していない。気になる事は直接相手に聞く人間である俺は率直に聞いた。
「さっきのインターホンからの声はどういう事ですか?」
「……ああ、あれですか? あれは声真似です。」
あっさりした答えだった。声真似か、なかなかどうして上手だった。他のレパートリーがあるのならば、是非物真似芸人にでもなるといいと思う。などと真剣に考えながら、俺は更に増えた疑問をぶつけるべく口を開く。
「よく前の住人の声を知っていましたね、銘柄市さん。三年前の住人の声だというのに。」
「ここは私の親戚の家ですから。寧ろよく三年前のお隣さんの声を覚えていましたね。正直効果なんてないと思ったのに血相を変えて逃げようとしていたのを見て驚きでした。どうして隣の家の人の声なんて覚えていたんですか?」
無表情に淡々と台詞を返す少女は、俺の目を覗き込みながら疑問を返してきた。
「ああ、親戚の方だったんですか。まあ、俺が覚えていた理由はと言えば、俺が毎朝登校する時にその女性に挨拶していましたから、それで覚えていたというだけですよ。銘柄市さん。」
そう、だから俺とお隣さんとの間に面識は特にない。知っているのは女性の声と顔、家の表札に書かれていた「貢木」という文字だけだ。
「そうですか、ではお隣さん。今後ともよろしくお願いします。」
「そうですね、では銘柄市さん。今日はこれで失礼させてもらいます。では。」
「……。では、」
すると若干切なそうな眼をした目の前の少女。その瞬間に彼女の瞳は言った。困っていると切実に言っていた。そしてそれは当然のように少女の口から発せられた。
「引っ越してきたばかりで、荷物がすごいことになっているのです。だからお隣さんとして、助け合うという意味も含めて手伝ってくれはしませんか?」
そう言いながら「願望」の雰囲気を身体全体から醸し出す少女の後ろを覗くと、今日引っ越して来たばかりだと言った通り、玄関内に積まれた大量の段ボールが目に入った。なるほど、これは彼女一人ではきつそうだ。そしてやはり、実際きついだろう。
そして今ここで、俺はもう一つ気が付いた。
それは俺が三年前の住民の声を聞いたと思って逃げようとした時に、あんなに勢いよく開ける必要はなかったのではないかという事だ。今思えば、おそらくインターホンにはカメラがついていた訳だから、彼女はどんな奴が来たのかは分かったはずだ。
そして逃げようとした俺を見て、あわよくば手伝わせようと考えていた彼女は、急いで扉を開けた。と、なるとさらに彼女は最初俺をじろじろと警戒しているように見ていたのは、本当は俺を値踏みしていたのかもしれない。手伝ってくれそうかどうか。というのを。
これは俺の深読みだろうか? 疑り深過ぎだろうか?
ふうむ、ならば俺はどうしたらいいか。手伝えばいいのか? まあ仕方がない。手伝おうか。
「では、まずその箱を中に運ぼうか。銘柄市さん。」
と、ここで彼女、今完全に「しめしめ」と言ったような悪人の雰囲気を無表情のまま滲み出した。やっぱり帰ろうか。面倒だし俺には特にメリットがない。などと今更思うももう遅いと俺はわかっている。早々に諦めた。
「手伝ってくれるんですか? お隣さんの土産屋君は優しい人ですね。助かりました。」
そしてその無表情のまま、今更俺の事を苗字で初めて呼んだ彼女である。まったく、顔に似合わずちゃっかりしている少女だと、俺は思った。
「銘柄市さん。この荷物はここでいいのですか?」
そう聞きながら、俺は荷物を移動させると、当の本人は「はい。お願いします。」と言いつつ、何やら取り出した荷物を広げているようだ。
「で、銘柄市さん。これで最後なのですが、このデカいのは何ですか?」
俺は言いながら、自転車が入りそうな位大きい大きさの箱を指す。
「え? ああこれですか。これは……まあ運ばなくてもいいですよ。」
という事はやはり中身は自転車だろうか。まあ、詮索する気もないので、「じゃあもう帰りますね。」とだけ言って玄関へ向かう。
「あの、今日はありがとうございました。まあ、お隣同士ですし、これからも仲良くしましょう。土産屋君。」
玄関で見送る少女に俺は「そうですね。銘柄市さん。」とだけ返事し、その場を後にした。
日が暮れるまで無駄な勤務時間を過ごした俺は、やっと家へ帰る。