90話:夜空VS深紅
夜空が、宙を駆ける。【力場】を足場にして、空中を歩いているのだ。いや、走っている、か。特務調査部隊、通称「狗」の人間なら、誰でも出来るだろう。そして、夜空は、力を使う。
「光翼天ィー!」
光の粒子が渦を巻くように槍の形で集まっていく。槍の穂先は、螺旋状になっている。それは突貫性の高さの証。それだけで、簡単に、岩をも貫けるだろう。だが、夜空は、それで終わらせない。
「暗宵獄!」
闇の粒子が、光の粒子の槍を包み込む。さらに螺旋を描きながら、包んでいく。その突貫性は、深紅の《龍王の遺産》をも貫く事ができるだろう。
「明暗翼の天獄」
突貫の一撃が深紅目掛けて放たれた。そして、深紅は避けきれない。咄嗟に、避けようとしたが、あまりにも速い投擲に、反応が追いつかなかった。
「これで終わりー」
夜空の言葉。だが、終わらない。バァアンと言う衝撃音とともに砂煙……細かくなった大理石の破片が煙のように舞い上がる。
「やったかなー」
その言葉は、ある種のフラグである。そして、煙が晴れて、徐々に鮮明に周りが見えるようになる。そして、深紅は立っていた。黄金の煌きを放ちながら。
「くっ、くはっ、あ、あはっ、あははははははははははははははは!」
突如、大声で笑い出す深紅。その深紅が纏っていた鉄の鎧は、眩い輝きで溢れ出す金色の鎧へと姿を変えている。
「なぁ、夜空。お前、オレの鎧が《古具》だって言ったよなぁ~。それは、半分正解で、半分不正解だぜ」
そう言って嘲笑する。徐々に、深紅の髪の色が、瞳の色が、変貌していく。深紅は知っていた。自分が、曾祖母の血を二番目に多く継いでいることをよく知っていた。一番は、彼方。二番は、深紅。そして、深紅は、普段、その血を全て抑えている。だが、それを今、解放した。
「オレの《龍王の遺産》は、生まれつきの天然モンだ。それを蒼天の馬鹿が《古具》に加工して、力を抑えさせてんだよ」
黄金の鎧は、鉄の鎧よりも装甲が薄く、深紅の身体に密着するようになっていた。そして、頭にあった部分は、取り払われる。それによって、漆黒の、夜空よりも、闇よりも、何よりも深く黒い、暗黒で漆黒で極黒の髪色、瞳色。それは、まさしく、【夜の女王】の再来。
「なぁ、知ってっか?オレのひいばあさんは、黒夜響花ってゆーんだぜ?」
黄金の鎧の各所に着く宝玉も色を変える。赤から紅へ。青から蒼へ。黄から金へ。茶から黒へ。緑から翠へ。
「黒夜響花……っ?!あの【夜の女王】っ!」
深紅は、笑う。獰猛に、得物を狙うような鋭い目で、笑う。
「《炎龍の劫火》」
――《Blaze》!
先ほどとは比べ物にならないほどの業火が床から燃え立つ。全てを燃やし尽くす地獄の劫火を髣髴とさせる炎龍の吐息。それを再現した能力。
「ヒッ……!」
悲鳴を上げて、俊足で後方まで下がる。脅えた様子の夜空。そこにさらに深紅の追撃が加えられる。
「《嵐龍の劔舞》」
――《Hurricane》!
人どころか、建物すら吹き飛ばしてしまいそうなほど強力な風。それは、まさしく全てを吹き飛ばす嵐を髣髴とさせる嵐龍の吐息。それを再現した能力。
「ふぇえ……」
もはや、呆然と逃げ惑う夜空。風で髪はボサボサに乱れ、布地の少ない服も炎と風でボロボロだ。しかし、まだ攻撃は続く。
「《霆龍の雷霆》」
――《Thunder》!
雷鳴を轟かせ、バチバチと電気を撒き散らす破壊の雷が床に落ち、第一階層全体に行き渡る。紫苑……深蘭の放った【暗転】【雷霆砲撃】には劣るものの、十分な破壊の限りを尽くす。
「ひゃうっ……」
雷撃に足をやられて、足が痺れて動けなくなる。幾ら速かろうと、足が動かなければ意味が無い。
「そろそろ終わりにしようぜ、夜空」
そう言って、深紅は笑う。その右手に黒色の極界結界が生まれる。そして、それが夜空を包む。
「眠ってな」
深紅の言葉と同時に、夜空は、極界に封じ込められたのだった。そこは深い夜の世界。【夜の女王】の世界。
「あ~、大分力を使っちまった……。少し休んでいくとするか」
そうして、深紅は、ボロボロになった床に座り込んだ。上の階を仰ぎ見て、深紅は呟く。
「気をつけろよ……」




