82話:告白
祐司は、八千代に語った。静かに、語りだした。八千代は、それに耳を傾ける。沈んでいく夕日を眺めながら、話が始まる。
「俺はさ……。ずっと……。ずっと、要らない人間なんじゃないか、って思ってたんだよ」
その最初の言葉に、八千代は、否定した。
「月丘先輩は、要らない人間なんかじゃ、ないです。少なくともわたしにとっては、……。その、ひ、必要な人間です」
その言葉に祐司は微笑んだ。そして、八千代の頭を撫でる。ゆっくりと子供を褒めるときのように。
「うん、ありがと。思ってた、って言ったろ。今は思ってない」
祐司の言葉に、撫でられて頬を染めながら、安心した八千代。
「俺は、……。子供の頃に、友達たちがいたんだ。いや、今も友達なんだけどさ。昔は、俺を含めて四人。今は五人。本当に仲がよかったんだ。あいつらは、俺よりも目標が、力があって、すっげぇ頑張ってた。俺は、ただ情報を教えてあげたりする事しかできなかった。役に立ってないんだと思ってたんだよ……」
祐司の悲しげな表情に、八千代は胸が締め付けられるような気分になった。しかし、祐司は、話を続ける。
「王司……、さっきの青葉王司は、すっごい奴でさ……、勉強できる上に運動神経抜群、そして、なんか凄い目標を持っているのが良く分かるんだよ。
真希。篠宮真希って言ってさ、俺の幼なじみなんだけど、ずっと王司の事が好きで、一途に思い続けてる奴なんだよ。凄いよな、ずっと思い続けるって。
彩陽さん。彩陽さんは、ある意味で、一番尊敬してるんだ。あの王司とずっと一緒にいようと必死になって。王司をずっと支えていた。姉として、そして、思い人として。
ルラ。南方院財閥って言う大財閥の跡取りで、昔から仕来りに縛られて生きてきて、でも今は、自由になった。
なのに、俺は、ただ、情報を教えるだけ。面白いこと、面倒なこと、得なこと、損なこと、その他いろいろ。ただ情報を教えるだけ」
そう言って悲しげな目をしている祐司を八千代はギュッと抱きしめた。それは自分の胸の痛みを誤魔化すためでもあった。
「でも、さ。王司が今言ったように、俺も、凄い奴に入ってるんだってよ。ホント、あれだよな。自分の実感と他人から見てだと違うんだな」
そう言って、微苦笑を浮かべた。八千代は、今度は逆に祐司の頭を撫でる。優しく、暖かく。まるで、子をあやす母のように。
「月丘先輩は、凄い人ですよ。わ、わたしは、他の誰よりも月丘先輩が凄いと思います。優しくて、包容力が会って、わたしなんかのために、一生懸命で」
その自虐した物言いに、祐司は、胸が苦しくなってきた。そして、耐え切れない祐司は、その口を唇で塞いだ。
「んっ!……んん、んふぅ」
塞いだ唇の隙間から熱い吐息が漏れる。甘い。祐司はそう思った。
「んん……、ん、はぁ……」
そして唇をようやく離した。
「にゃ、にゃにゃ、な、ななな、何をなさるんですか!」
八千代がパニックになる。わたわたと慌てて口を押さえた。顔をカァーと真っ赤に染める。
「烏ヶ崎さん、……ううん、八千代。君は、……俺は、君なんかのために一生懸命になっているんじゃない。君だから一生懸命になってるんだ。君だからこそ。俺は、君が好きだ。君は『なんか』じゃない。少なくとも、俺にとっては」
その言葉を聞いて、八千代は、頬どころか顔、いや全身真っ赤に染めて、卒倒しそうになった。
「ほ、ほほ、本当、ですか?」
「ああ、嘘じゃない。好きだよ」
ニッコリと微笑む祐司。
「わ、わたしも、す、……好きです!」
もう夕日も沈みきった保健室で二人は抱き合った。




