08話:七峰紫苑
結局、真希も生徒会に入るということに決まり、顧問の天龍寺秋世、副会長の南方院ルラ、書記の篠宮真希、会計の青葉王司となった。会長職だけが残る結果となる。会長不在の生徒会などありえないのだが、秋世のこだわりか、この役職になってしまっているのだ。結局会長が決まらぬまま、生徒会が発足した。
そんな或る日のこと。王司は、その日、生徒会に出ていなかった。サボタージュだ。王司は、とある公園のベンチに腰を掛け、頭を空っぽにしていた。常にいろいろと思考を重ねる王司は、たまに、こうして息抜きをしなくては、頭がいっぱいいっぱいになってしまい、頭痛に襲われることもあるのだ。
そうしてボーっとしていた王司に、一人の女性が話しかけてきた。
「お隣、座ってもいいですか?」
とても綺麗な声で王司に尋ねる女性。長い茶色の髪は、艶があって、綺麗に手入れされているのがよく分かる。肌も白く美しい。張りのありそうな肌をしている。目が大きく、鼻も高い。少し赤い頬。真っ赤な唇。体のメリハリもあり、大きな胸とくびれた腰、大きなお尻。モデルのような体型とでも言うのか。着ている服も、それなりのブランドの物やオーダーメイドの品のようで、高級品、と言った雰囲気がある。また、持っているバッグもブランド物だ。つけている腕時計もブランド物。胸元には、高級そうなペンダント。
どこかの格式の高い家の令嬢だろうか、と王司が思うのも無理が無い。
「ああ、構わない」
ボーっとしていた所為か、女性の纏うやんわりとした雰囲気の所為か、王司は素で返事をしてしまう。一般の人からしたら、嫌に思う態度なのに、素で出してしまったことを一瞬後悔した王司だが、出してしまったのだ、もう遅い、と素早く己の中で切り替える。
「あら、君は……。青葉君、でしたね」
どうやら女性は、王司のことを知っているらしい。王司が、知り合いにいたかどうかを頭の中で探るが、王司が覚えている限り、面識はない。
「あっ、すみません。名乗るのが遅れました。七峰紫苑と申します」
にこやかな笑顔。その笑顔は、王司を魅了した。しかし、王司はいたって冷静に頭を動かす。
「知っているようだが、俺は、青葉王司だ」
王司の名前に対して、なんら不思議を覚えていないようなので、やはり王司のことを知っているらしい。
「わたしは、三鷹丘学園三年一組に所属しています」
その説明でようやく王司の中で得心が言った。それにしても、動じない人だ、と王司は思った。王司の普段と違う態度になんらおかしさを覚えていない。それは、クラス、学年が違ってあまり交流が無かったからなのか、それとも、王司のこの性格を知っていたから、なのか。後者なら末恐ろしいな、と王司は、警戒する。だが、それに対して、紫苑は、笑っていた。
「そう警戒なさらなくても結構ですよ。まあ、分かっていた、と言うより、気づいていたでしょうか。それとも、読めていた、ですかね?」
まるで、王司の心を読んだかのような発言に、王司は、鳥肌が立った。
「心が、読めるのか……?」
王司の問いに対して紫苑は、にっこりと笑う。
(まさか、そう言った類の霊能力か……、いや、単なる心理的な誘導に基づく手品の類。それとも《古具》、か)
王司が思考をめぐらせる。紫苑は、笑いながら言う。
「その中だとしたら、正解は《古具》、ですね」
まさに、心を読んだとしか思えない発言に、王司は、絶句した。
「《心音の旋律》。心を読む程度の能力ですよ」
冗談っぽく言う紫苑。王司は、そんな紫苑の心が読めずにいた。
(何者だ、コイツ。敵か、味方か……)
王司は、額に手を翳し、指の隙間から紫苑を見た。そして、相棒を呼ぶ。
「おい、相棒。お前は、コイツをどう見る」
銀の世界で相棒の囁きが聞こえる。
「この能力が本当なら、それを持つ人の前で、ここに来るのは避けた方がいいと思いますわよ?ここに来た瞬間、心が切り離されますから、不審に思われますわ」
相棒のアドバイスを聞きつつも、王司は、再度問う。
「どう思う。この七峰紫苑と言う女」
王司の問いに、相棒は、静かに答えた。
「少なくとも敵ではない、と思いますわ。ただ、……」
なにやら言いよどむ相棒に、王司は、怪訝に思った。
「ただ、なんだ?」
王司の反芻に対して、相棒は、迷うような素振りを見せてから言った。
「この女性には、貴方と同じものを感じますわ」
「俺と、同じ……?」
相棒のわけの分からない発言を聞きながらも、王司は、何か運命めいたものを感じていた。そして、現実に、意識を引き戻す。
「今の方は、どなたなんですか?」
紫苑の言葉に、王司が動揺する。
「ごめんなさい。さっきの《古具》の名前、嘘なんです」
艶美な笑みを浮かべる。
「わたしには、少し不思議な力があるんです。と言っても、弟と青葉君以外には使えないみたいですけれど」
弟と王司と言う、どう言った関連性があるのか分からない二人。
「その能力ってのは?」
「弟がつけた名前だと《感覚同調》ですね。わたしの思考に、相手の思考を上書きすることで、相手の思考が分かるんです」
能力であり、《古具》ではない力。姉弟ならまだ分からなくもない。しかし、赤の他人との思考共有と言うのは、ありえない。
「何故、俺なんだ?」
王司の問いに紫苑は、答える。
「分かりません」




