77話:嫉妬の女
祐司は、八千代を保健室に運んだのだが、保健講師は、不在だ。祐司は、酷い汗をかく八千代を見て、やらしい気持ちがないわけではないが、身体を拭くために、誰かが来てあらぬ誤解を生んでしまわないように保健室の鍵を閉めて、八千代の服を脱がした。
シャツのボタンを外して脱がすのではなく、まくって、首元から上に脱がしたため、胸が引っ張られて、服を脱がした瞬間に、たわんと上下に大きく揺れた。それを見てしまった祐司は、鼻血が出そうなほど顔を真っ赤にした。
真希の言った通りのことになってしまいそうになるのを必死に堪えて、保健室の備品である真新しいタオルで、八千代の肌に浮かぶ水滴を拭きとる。
「んぅ❤ふ、あぁ……」
妙に艶かしい声を上げた八千代に、祐司は、思わずビクッとなった。しかし、と祐司は思う。
「刺青……にしちゃ派手だな」
八千代の右肩にある呪われた刻印を見て、そんなことを思った。確かに、一般人から見てみれば、ただの刺青か何かに見えるだろう。
――ジュッ!
「うおっ」
そして、その刺青をタオルで拭いた瞬間、タオルが焦げ付いた。異臭を放ちながら、タオルが真っ黒になる。
「なっ、何だ?」
祐司が慌ててタオルを手から離した。そんなとき、八千代が、うわごとのように言葉を発する。
「《恋女の嫉妬》……。嫉妬深い、悪魔と女神の呪い……」
そのうわごとに、祐司は、どこかで聞いたことあるな、と思った。
「レヴィアタン……。絶対ぼうえ……いや、そうじゃなくて、あれか。七つの大罪の嫉妬を司る悪魔……だったか?王司がいればそれこそ確実に分かるんだが……。それに、ヘラ。ヘラって、確か……、神話、ギリシャ神話かなんかの婚姻の神様だ。確か嫉妬深いとか……。なるほど、『嫉妬』ね」
胡散臭い話が絡んできやがったな、と祐司は、脳をフル回転させた。確かに一般人からしたら何だこれは、となる話である。ここにルラか真希のどちらかでもいれば話が変わったかもしれない。もしくは、王司がいれば、この時点で解決していたかもしれない。
「まあ、詳しいことは、本人がおきてから聞けばいいか」
そう言って、祐司は、八千代に服を着せる。慣れない手つきで頑張って着せて、やっと落ち着いた。
「それにしても、嫉妬、ね」
そう言って、祐司が思い浮かべるのは、自分と、そして、真希と王司と彩陽のことである。
小学校の頃、祐司は、真希、王司、彩陽とは仲がよかった。王司とは親友のように接していたし、真希とも家が近くてよく遊んだ。王司についてきた彩陽とも必然的に仲良くなった。そして、四人で遊ぶのが何よりも楽しかった。祐司の仕入れてきた情報で、遊び、王司がそれを分析して、真希が「関係ない」と言って分析を無視する、そして彩陽が拗ねる王司を宥める。そんな毎日だった。それでよかった。一生、それが続けばよかった。
真希が王司のことを好きなのは知っていたし、王司も気づいているのを知っていた。また、彩陽が王司のことを好きなことも知っていた。王司がそれに気づいていることも気づいていた。そして、王司がそれに応える気がないことにも気づいていた。王司は、昔から、何か目的がある、と祐司は思っていた。それは人には言えないことで、人に言えるようなことでないことも。
だから、それが何かは分からなかったが、少しでもそれの助けになるように、と、とにかく情報を集めた。もはや、それは趣味になっていた。それがやがて新聞部と言う部活に活きることになるのだが、それはまだ関係ない。
祐司は、誰かのためになる事しかできなかった。自分自身のための目標と言うものを持っていなかった。
祐司は知っている。真希は、王司に好かれたいと言う目標があることを。彩陽は、王司を守りたいと言う目標があることを。王司は、何らかの目標を持っていることを。
そして、祐司にはなかった。だから、――嫉妬した。
だが、このことを人が聞いたならば、そう、例えばルラが聞いたならば、こういっただろう。
「何だ、月丘。貴方も十分目標を持っているじゃないの。王司の……、みんなのためになりたいと言う目標を」
しかし、祐司は、思い込んでいる。自分には目標がない、と。コンプレックスとは、本人にしか分からないものだ。他の人は、なんともないと思うことも、本人には、なんともある場合が多い。
祐司は思っている。確かに王司は、凄い、と。知識の量、そして、まっすぐと貫く、自分の意思。強いのだ。あらゆる意味で。
――嫉妬。
自分にないものを全て持っている王司に対して嫉妬した。
自分よりも強固な意志を持つ真希に対して嫉妬した。
自分よりも深い愛を持つ彩陽に対して嫉妬した。
全てに嫉妬した。嫉妬と言うどす黒い感情が祐司の中には渦巻いていた。
そんなことを考えているうちに、祐司は、寝てしまう。八千代のベッドの横で……。




