76話:月丘祐司と恋物語
或る日のこと。祐司は、いつものように、王司たちと馬鹿みたいな話を繰り広げていた。しかし、王司は、途中で席を外す。紫苑から呼び出されたのだ。そう言って、王司は、教室を出ようとした。
「きゃっ」
教室のドアのところで王司は、女子生徒とぶつかってしまった。王司は、女子生徒に向かって謝った。
「悪い、大丈夫か?」
そう言った瞬間、王司の中にいる王司の相棒、サルディアは、大きく反応
した。その所為で王司の頭に少し頭痛がしたが、堪えた。
(悪しき気配がこの女子生徒の肩の辺りから漂っていますわよ)
サルディアの言葉に、女子生徒の肩に目をやるが、目立った特徴はこれといって見られなかった。
「あ、はい。えっと、あの……、その……。つ、月丘先輩、いらっしゃいますか?」
女子生徒、こと八千代は、思い切って、王司に聞いてみた。八千代がこのクラスを訪れた理由も、祐司にブレザーを返すためである。
「ん?祐司か?……あいつも隅に置けないな」
そんなことを言う王司に対して、「ち、違います。私と先輩はそんな関係じゃありません」とは言えず、ただ無言で待った。
「おい、祐司。お客さんだ」
そう言って、祐司を呼んで、王司は、何事もなかったかのように、スタスタと生徒会室に向かって歩いて行ってしまう。ただ一人ぽつんと残された八千代の元に、祐司がやって来た。
「ん?あ、あれ、烏ヶ崎さん」
祐司は、見知った顔がいて、声をかけてみる。この時点で祐司は、王司の言った「お客さん」が八千代だとは思っていない。
「それにしても誰もいないじゃないか。王司の悪戯か?」
などと言って、八千代をスルーして戻ろうとしてしまう祐司。八千代は慌てて祐司を引き止めた。
「まっ、待ってください」
――ぎゅ。
そんな少し引っ張られる感覚に祐司は、振り返った。袖のところをぎゅっと掴んでいる八千代が目に入った。
「え?何?」
祐司が思わず聞いた。何故引き止められたのか、真剣に分からなかったからだ。いや、まあ、自分が上着を掛けてあげたことすら忘れている可能性がある。
「あの、これ」
八千代が、袖を握られたまま、頬を染めて、綺麗にアイロンを掛けてたたまれたブレザーを差し出した。
「……?……あっ、ああ、俺のブレザーね」
差し出されたものが何かを理解するのに少々時間を要してしまった祐司は、ようやくそこに思考がいたった。
「は、はぃ……」
潤んだ瞳。朱が差した頬。可愛らしい小動物のような表情で祐司を見つめる八千代。その表情に思わず祐司がゴクリと喉を鳴らした。
(か、可愛い……)
思わず見とれてしまうほどに愛らしい表情に、祐司は、頬を染め、誤魔化すように大声を上げた。
「あ、ありがと!」
祐司は、そう言うや否や、バッとブレザーをひったくるように持ち去ろうとした。しかし、あまりにも急すぎて手を離し損ねた八千代は、祐司に引っ張られる。
「ひゃっ」
八千代は、ステンと祐司に突っ込んだ。微かに触れた唇への感触。それは、偶然のキス。それが何か八千代は理解できなかったが、周りのどよめいた反応と交わされるヒソヒソ話から、そうなってしまったのだと客観的に理解した。
そして、理解してから、恥ずかしさがこみ上げてくる。急速に顔が茹でダコのように真っ赤になった。
それと同時に襲い来る右肩の身体を焼くような痛み。
「……」
そして、八千代は機能停止した。パタリとその場に倒れてしまう。祐司は、床に向かって落ちていく八千代の上体を寸でのところでキャッチする。
「うおっ、だ、大丈夫?!」
慌てて祐司が聞くが、返事はない。そこに、クラスの後ろの方で傍観していたルラと真希がやってくる。
「ちょっと、月丘、あんたの彼女、気絶しちゃっているじゃないの」
「つーか、祐司、彼女いたんだ」
ルラと真希の言葉に、顔を赤くして祐司は慌てて反論した。
「ち、違う。俺と烏ヶ崎さんはそんな関係じゃないって!」
その慌てっぷりが逆に怪しい、と言うのはあえて言わないでおこう、と真希が思った。そして、クラスメイトの何人かが、うらやましげな視線を祐司に送る。八千代は、誰がどう見ても、十中八九美人の部類にはいる。
「だーかーらー!って、こんなことしてる場合じゃなかった。ちょっと俺、保健室に連れて行ってくるから」
祐司が立ち上がる。そして、急いで、逃げるように教室を脱出しようとした祐司に真希が一言。
「保健室で気絶してる彼女に変なことすんなよー!」
「するかっ!」




