06話:覚醒の古具
秋世は、感覚的に、予兆を感じ取った。《古具》の「開花」の予兆を。
「二人とも、準備して。《古具》が『開花』するわ」
秋世は、ルラと王司に告げる。二人は、意外そうな顔をしてすぐに、状況を把握して、準備を整えた。
「場所は?」
王司の短い言葉。それで秋世は、適応力の高さに気づいた。言われてすぐに判断し、適応する、それがあるから王司は、これほどまでに、鋭いのだろう、と秋世は思った。
「この学園からさほど離れていない場所です。これなら歩いても間に合うので、私の《古具》は使う必要がなさそうですね」
それに対して、ルラが聞いた。
「そう言えば、先生の《古具》とはなんなんですか?」
それに対して秋世は、「言ってなかったかしら」と言ってから、歩きながら説明する。
「私の《古具》は《銀朱の時》。叔母上の危機で『開花』した《古具》よ。その能力は、物体の空間移動」
ルラは、感心したように頷き、王司は、何の反応も示さなかった。
「貴方達の《古具》の詳細は分からないけれど、複数存在する系統の物ではないから、それなりの力があると思うわよ」
その言葉に、反応したのは王司だった。
「なるほど。主体性の決まった一つの物だから、か」
王司の言葉の意味を理解できなかったルラが秋世に目で訴えかけると、秋世が答えてくれた。
「えっと、例えば《闇色の短剣》と言う《古具》は、ただ、黒い短剣を生み出すものだけど、ルラさんの《エンシェント・スピア》は、あの槍しか出せないでしょ?前者は、闇色であれば形を問わず剣を生み出せる。後者は、同じものしか作り出せない。けれど、前者には無い、特有の力を秘めていることが多いの。まあ、前者も前者で、《古具》が進化することもあるらしいのだけど、進化については詳しく分かっていないわ」
秋世の言葉に王司が返す。
「進化と言うより、『解放』……。力を封じられていたものが解放されるという感じか?前者が危険ゆえに封じられた物。後者が、完全な上に危険が無いから封じられなかったもの。だから、解放されたら、前者の方が強くなる」
王司の言葉を聞いた秋世は、驚いていた。以前、姉が話していた仮説と全く同じだったからだ。
「ええ、そう言う説もあります」
昇降口で、靴を履き替えながら秋世が言った。
「ただ、それが本当かどうかも分からないし、後者の《古具》が進化することがあるかもしれませんから、やはり詳細は分からないわね」
秋世の答えに、王司は、思考をめぐらせた。しかし、分からないものは分からない。《古具》を生み出した本人ならともかく、ただの人間に分かるはずも無い。
「それで、《古具》の『開花』の反応ってのはどっちだ」
昇降口を出た王司が聞く。
「校門を出て右にしばらく行ったところ辺りじゃないかしら。私のサーチも正確ではないから」
秋世の自身なさそうな声に、王司は、スタスタと歩く。
「しばらく、か。そうなると商店街方面だな」
王司が、頭の中で地元の地図を展開して言う。
「それにしても、『開花』しようとしているってことは、何かあったってことだよな。心意的か、肉体的か、いずれにせよ、何らかの危機に応じて『開花』するんだろ?」
王司の推測に基づいた言葉に、秋世が返す。
「基本的には、ね。でもその逆もあるのよ。嬉しさ、喜び、快楽。それによる目覚め。一般に、『開花』は、心に急激な変化が齎されたときに起こると言うふうに言われているわ」
王司は、頷く。
「なるほど、と言うことは、《古具》を複数保持していても、それが『開花』しえないから、複数保持している可能性は、捨ててもいいのか」
王司の言葉に、ルラが言う。
「ええ、そうかも知れませんが、可能性は捨て切れないけどね」
ルラの言葉に、王司が「一理あるな」と頷いた。
校門を出てしばらく言ったところに、溜息をつく真希の姿があった。その姿を見つけた王司は、いつもの王司を装って、真希に声をかけた。
「おっす、真希」
王司に声をかけられ、真希は、驚き、変な悲鳴を上げる。
「ひゃあ」
その声が、妙に女っぽく、普段、男友達のように見ていた王司は、少しどぎまぎしてしまった。
「ど、どうした、真希」
少し声が震えてしまいながらも、平静を装って王司は、真希に聞いた。真希は、手に持っていた物を後ろ手に隠し、平静を装い答える。
「な、なんでもない!」
妙な緊張から、思わず大きな声を出してしまい、真希は「しまった」と言う顔をした。王司は何を勘違いしたのか、言葉を返した。
「ど、怒鳴らなくてもいいだろ?そりゃ、急に声をかけたのは悪かったけどさ」
王司のしゅんとした顔(王司からしたら油断させるための外面)に真希は、慌てて弁明する。
「いや、怒鳴ってない。あたし、怒鳴ってないって。それよりも王司、あんた、生徒会は?」
王司の後ろのルラと秋世に気づかず、王司に少し嬉しそうに問う真希。
「いや、生徒会の活動中だ」
そう言って、後ろを振り返る王司。それにつられ、王司の後ろを見てしまう真希。
そして、ルラを見た瞬間に、真希の中で何かが蠢いた。そして、――カチリ――と枷が外れるような音が、頭いっぱいに響く。真希が後ろ手に隠していた手から、一枚の写真がヒラリと落ちる。王司とルラ、祐司、真希で撮った写真。そして、脳裏に過ぎる単語。
「《翼蛇の炎砲》……?」
「え?」
思わず呟いた真希の言葉に、王司は、真希の方に振り返る。