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《勝利》の古具使い  作者: 桃姫
九龍編
58/103

58話:麗しの戦乙女

 【黒き炎の棘森(ヒンダルフィヤル)】の牢獄から解き放たれた王司と彩陽。二人の周りの光景が崩れていく。それは、【黒き炎の棘森(ヒンダルフィヤル)】の役目である「恐れることを知らない男」が来るまでの間、呪われた哀れな戦乙女の写し身を囚えておくだけのものだからだ。


 そして、崩れた世界の先は、おぞましき戦場だった。荒れた大地。天は雷鳴が轟き、あちらこちらで眩い稲妻が地面へと吸い込まれていく。そんな場所で、雄叫びと金属がぶつかり合う音、馬の蹄の音、様々な音が響いている。まるで、中世の……いや、それ以前の戦争だ、と王司は思った。そのとき、空気を裂く妙な音が王司の横を掠める。矢だった。別に王司を狙ったわけではない。ただの流れ弾……ならぬ流れ矢だ。


「なんだよ、これ」


 これも幻覚や夢ではない。紛れもない現実だ。王司は、ピリピリとする空気でそれを悟る。どうにかして、ここを脱出しなければ、と王司は、必死にサルディアを呼ぶが、その甲斐虚しく、サルディアの反応はない。と言うことは、右耳についたままの耳飾りの本来の姿、「終極神装(ラグナロク)」は、現在使用不可能と言うことである。それに伴って、《聖具(セイクリッドアーク)》である【断罪の銀剣(サンダルフォン)】も使用不可能だ。


「くっ、《勝利の大剣(フラガラッハ)》!!」


 念のために、《勝利の大剣(フラガラッハ)》を呼んで、周りを警戒する。近くで戦争しているようで、時折、何人かの死に掛けの戦士達がよろよろと寄ってくることもある。王司は、脅える彩陽に向かって声をかける。


「彩姉。ここは危険だ。とりあえず逃げるぞ。さあ、立って」


 そう言って、立ったかどうかを確認するため後ろを振り向いた瞬間だった。一人の弓兵が、弓を構え、王司を狙った。剣を持っているのが悪かった。戦い逃れた戦士か何かと勘違いされたのだろう。彩陽は、それに気づいた。王司は、まだ気づかない。


 そして、弓矢が放たれる。まっすぐに、王司へと。軌道を変えることなく。その瞬間、無風だった。風があれば多少変わったかもしれない。けれど、無風だった。だから、まっすぐに王司へと矢が迫る。


(王司ちゃんが、死ぬ……?それだけは、それだけはダメっ……!)


 彩陽の心の叫び。彩陽の体が物理法則ではありえない軌道と速さで、王司の前に移動する。それは転移と言っても差し支えない【力場】から【力場】への移動。そして、矢は、彩陽の寸前で彩陽の放つ【力場】の風圧で弾き飛んだ。


 彩陽のやんわりと薄い緑色の髪が、徐々に薄い水色に染まっていく。そして、黒い眼は、より一層色を濃くし、僅かな光すらない完全な漆黒へと染まる。それは、かの「神性」を奪われし姫騎士。戦乙女の写し身である。


「王司ちゃんに……。王司ちゃんに攻撃する人をお姉ちゃんは、赦さないっ!!」


 そして、次の瞬間、彩陽の周囲に特大の【力場】が発生する。その実体を持たない【力場】が形を成す。そして、実体を持って、鎧として彩陽の身体に装着される。その【力場】の密度は、通常の【力場】を遥かに凌ぐほどで、それゆえに実体を持つのだ。ちなみに、実体を持たないと言うのは、【力場】自体がと言う意味であり、発生時の風圧や、【力場】が発生したことで及ぼす物理的影響は含めない実体を持たないということである。


「なんだ、これ。これが神性って奴か?」


 驚愕の声。しかし、この【力場】は「神性」とは違う力によって生まれたものだ。そう、かつては「神性」により戦乙女の鎧を、武器を、馬を、全てを造っていた。それらと同じように、神醒存在となったことで、最悪の力を、最悪の性質を、身につけてしまったのだ。それこそ「神性」と対をなす「魔性」。ブリュンヒルデだけに宿る「堕天」の最終到達点。


 今の彩陽は、長い薄水色の髪。顔の横の髪を編みこんで後ろで束ねているハーフアップと呼ばれる髪型。闇の象徴のような漆黒の(まなこ)。漆黒の鎧。全身に鎖のように編みこまれた鎖帷子(くさりかたびら)。その上にアーマープレート。腹部の部分はなく胸元に胸の形に沿って銀の装飾付きで装着されている。腕の籠手も黒い。ただし肩や腕は鎖帷子がむき出しである。腰も三枚の草摺(くさずり)がついている。太ももや脛辺りは、鎖帷子がむき出しである。足は、黒い鉄靴。頭は、むき出しである。これは、本当に防御する気があるのか、と言う鎧だが、そもそも、この鎧は【力場】を実体化させたものであり、つまりそれほどの【力場】を使えるものは、まず普通の攻撃は当たる事がないし、大抵の攻撃は【力場】を盾にすれば弾ける。【力場】を盾にするというのは、実体のない【力場】でも発生時に風圧を生んだり、地面を砕いたりすることを盾にするか、実体化させて盾として使うかのどちらか、と言う意味である。


「《炎呪の姫剣(カオス・ブレード)》!」


 それは、開花した彩陽の《|古具「アーティファクト》》だった。柄まわりと鍔に禍々しい黒い炎のような装飾が施された細長いレイピアだった。鍔の血の様に紅い宝石も特徴の一つだ。


「消えて頂戴っ!」


 そう叫びながら、彩陽は、レイピアで虚空を……、自分で発生させた【力場】を突いた。その瞬間、レイピアから放たれた斬撃が、【力場】で力を増す。


――ズドォオン!


 そう、たったの一突きで大地が割れ、周囲は崩れ、当たり一面が更地と化す。それが、【炎中で眠る姫騎士(ブリュンヒルデ)】の力。ブリュンヒルデの写し身たる九龍彩陽の力と言うものである。だが、間違ってはいけないのが、【力場】はあくまで彩陽自身のものを使っている。即ち、ブリュンヒルデの力は、【力場】を実体化させたときのイメージと戦いへの心、そして、呪いだけである。根本的力は全て彩陽自身のものなのだ。


「ふぅ……。大丈夫だった、王司ちゃん?」


 王司は、唖然としていた。驚きのあまり絶句した。何も言葉が出てこない。ただただ、彩陽が放った突きの残した傷跡を眺めていた。戦場の音も止まっている。おそらく、戦場が酷く崩れたはずだ。しかし、まあ、近くてもそれほど近いわけではないだけあって、ほとんど巻き込まれて死んだ人間はいないだろう。


「あ、ああ……」


 声を振り絞って、やっと出た返事がそんな声である。王司は、とりあえず自分の《勝利の大剣(フラガラッハ)》をしまい、何度か立ち損ねそうになりながらも立ち上がった。


「王司ちゃん。お姉ちゃんね、分かったの」


 ふと、そう言葉を洩らす彩陽。そして、にっこりと笑って、王司に微笑みながら、こう言った。


「お姉ちゃんのこの力は、王司ちゃんのためにあるんだって……。きっと、王司ちゃんのためだけに、もらったんだって。呪われた力でも、王司ちゃんのためなら、って授かったんだって。それが分かっちゃったの」


 そう、それは、切なる願いだった。母より聞かされた言葉により、彩陽は、自分が、他の人とは違う道を辿ることを知っていた。


「王司ちゃん。お姉ちゃんは、多分、死なないの。もう、四、五年したら完全に年も取らなくなって、不老不死、不滅無窮の存在になっちゃうの。十歳のね、誕生日の日に、おかーさんから聞かされちゃったの」


 そう、それは、十歳の少女にとっては残酷な話。


「お姉ちゃんの一族は、ずっと呪われているって。不死になっちゃったり、極熱だったり極寒だったりするんだって。だからね、お姉ちゃんは、どうなっちゃうか分からなかったの」


 何故だろうか。真剣な話なのに、彩陽が言うと何処となく真剣味にかける気がする。彩陽は言葉を続ける。


「だけど、王司ちゃんは、お姉ちゃんが、どうなっても助けてくれるって言ってくれた。だから、お姉ちゃんは、王司ちゃんのためになることがしたかったの。そう思っていたからきっと、この力を授けてもらったんだと思うんだよ」


 そう言って、王司に微笑みかける彩陽。そう、王司は、ここに来て思い至るのだった。ブリュンヒルデが「神性」を失う前のことを。


「そうか、『勝利のルーンに通ずるもの』、ブリュンヒルデは確かそう言う風に言われていたな」


 そう、《勝利の大剣(フラガラッハ)》を持つ王司と《勝利に通ずる騎士(ブリュンヒルデ)》の写し身の彩陽。お似合いと言うより、運命だろうか。


「彩姉。ありがとうな。俺なんかのために」


 優しげな顔を見せた王司に彩陽は、さらに優しげな笑みを見せて、王司に抱きつく。飛びつくように抱きつく。


「うわっ、痛い、痛いって!」


 その際に、彩陽が出したままの【力場】の鎧が王司に激突した。フライパンで殴られたような痛みを感じ、声を上げる。


「あ~、これって、どうやって脱ぐのかな?かな?」


 そう言っていると、自然と、【力場】が収束して弾け飛んだ。まあ、当然のことながら、鎧を脱ぐと全裸である。しかも今度は正真正銘、隠すものがない状態。


「ぶっ!」


 王司は噴き出した。ごほっごほっと咳き込む王司。それを見て、不審に思ってから、自分の身体を見て、そして思わず二度見してしまう。


「ふぇ?……ひゃあ!お、おお、おう、王司ちゃんのえっちぃ!!」


 可愛らしい声を上げて体の要所を隠す。すると、地面から黒い炎が這い上がり、あっという間に黒い炎をあしらったドレスがあっという間に彩陽を包む。それと同時に、彩陽の髪が、緑色に戻った。【力場】で染まっている紫苑の【蒼刻】や王司の「終極神装(ラグナロク)」とは違い、ただブリュンヒルデのイメージによって色が変わっているだけだから即座に髪色が戻る。


「うぉおお~。便利だねぇ、王司ちゃん」


「あ、ああ、そうだな」


 王司は顔を真っ赤に染めるのであった。この赤く染まった顔は中々元に戻らない。しかし【力場】で染まっているわけではない、決して。

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