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《勝利》の古具使い  作者: 桃姫
九龍編
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57話:戦乙女の残痕

【戦乙女壱】

 封印の地、【黒き炎の棘森(ヒンダルフィヤル)】。そこに、現在、黒い炎を身体に巻きつかせて煉獄に囚われた女性が居た。緑の長髪も煉獄の禍々しい黒に囚われて徐々にくすんでいた。身体には、禍々しいほどに黒い呪印が浮かび上がっている。それは、魂を堕天戦乙女に呪われた証である。


「彩姉……?!」


 その光景を目の当たりにした王司は、思わず声を出した。出さずには居られなかった。そして、王司は駆け寄る。砂利のような地面を蹴って、轟々と燃え咲く炎の茨を避けながら。そして、思い出す。かつて、同じように、ここに来たときの記憶を。あの頃は、サルディアとの境界も曖昧だが、サルディアもつれていたように思える。





【残痕】

 一人の少年が、黒い世界を彷徨い歩いていた。真っ黒なこの世界をさ迷い歩いていたのだ。齢十に届くか届かないか、と言った容姿の彼は、目に涙を浮かべながら、とぼとぼと歩いて、小一時間くらいで、見知った顔を見つけた。自分のことを、しつこく面倒見てくる少女の姿だった。


「あやねぇ……?」


 少年の声に、少女が「眼」を開いた。その目に、少年は、血の気を失った。


 禍々しいまでに、一寸の光すらない黒。それが恐ろしく、そして、そこで少年の記憶は途切れた。





【戦乙女弐】

 そのことを思い出した王司は、目を見張った。彩陽が目を覚まそうとしていたのだ。まさか、また、あの「眼」をしているのか、と思った王司は、緊張した面持ちで、彩陽の覚醒を待った。


「ん……。んぅ?」


 そして、目を開ける彩陽。その目はいつもの光のある普通の黒い眼だった。その眼に一安心した王司は、優しく彩陽に声をかけた。


「彩姉。大丈夫か?」


 その言葉に、少し目の焦点があっていなかった彩陽の目の焦点が王司の位置で定まる。そして、王司をようやく認識した。


「王司ちゃん?」


 微かな声に、王司は、歩み寄る。一歩、また一歩と慎重に、歩み寄る。麗しい黒薔薇に囚われた姫のもとへと。


「大丈夫か、痛くないか?それとも熱い?」


 王司にそう言われて初めて、彩陽は、自分が全裸で黒い炎に包まれている、否、囚われていることに気がついた。その炎の茨は、全く痛くなく、熱くもない。冷たくもないのだが。


「大丈夫だよぉ?」


 それよりも全裸なのが気になって仕方がない彩陽。一応、ほとんどが炎によって隠れているのだが、それでも気になるものなのだ。


「それよりもこれ、どうにかならないかなぁ?」


 そう王司に聞いた。それは、全裸なのがどうにかならないかな、と言う意味だったのだが、王司は何を勘違いしたのか、炎がどうにかならないかと思い違いし、さらに接近した。それは全裸と炎を勘違いしたのではないのだろうか。


「って、王司ちゃん、近づいちゃダメだよぉ~。王司ちゃんのえっちぃ~」


 そう恥ずかしそうで、嬉しそうと言う曖昧な顔で王司に笑って言う彩陽。王司は、意味が分からん、と思いながら近づいた。


「ぶっ!」


 そして、何かを噴き出した。咳き込む王司。近くまで接近して、彩陽が全裸であるとに気づいてしまったのだ。


「なっ、なんで、何にも着てないんだよ……」


 王司の言葉に、彩陽が慌てて答える。


「し、知らないよぉ~ぅ。気づいたら全裸(まっぱ)だったんだもん」


 王司は、「はぁ~」と息を吐きながら、どうしようか、と思って迷ったものの、ブリュンヒルデは鎧を着ていたこととを思い出して、王司は、辺りに鎧がないか探してみる。しかし、鎧どころか布切れ一つ落ちていない。ちなみに、王司は普通に制服だ。


「何もないな」


 王司が呟いたのと同時くらいに、彩陽の方にも変化が訪れる。彩陽の身に変化があったわけではない。


「……え?わっ!わわっ、す、すごぉ~い!」


 突如、そんな奇声を上げる彩陽。その奇声に王司がビックリして、思わずビクッとなった。


「どうし……って、は?」


 王司は「どうした?」と聞こうとして、思わず言葉が止まった。驚きのあまり「は?」となってしまった。

 漆黒で煉獄の炎が全裸の彩陽の身体に巻きついて、服になったのだ。鮮やかな黒い炎のイメージのドレス。


「うわぁ、かぁあい~」


 そのドレスを着た彩陽は、ドレスの可愛さに思わず声を上げた。そして、黒い炎の茨から解き放れた彩陽は、ドレスのままクルクルと回る。その雰囲気は、どこかの国の姫のようにも見えた。王司は思わず数刻見とれてしまう。


「どう、王司ちゃん。似合う?」


 彩陽の「えへへ」と言う純真無垢な笑みに、王司は、素直に答える。


「ああ、似合ってるよ」


 その返事が嬉しかったのか、彩陽は、再びクルクルと回りだす。それを王司は、柔らかな笑みで見ていた。いつもの悪人のような笑みではなく、普通の、年頃の青年の笑みで。

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