55話:炎中の姫騎士
「呪いの主……」
聖の言葉に、紫苑が思わず呟いた。その紫苑の反芻に対し、聖は、「ええ」と頷いてから答える。
「九龍彩陽と言う人間に牢獄の呪いをかけたのは、実を言うと私の仲間なのよ」
聖の仲間、と言うからには、その人物は、チーム三鷹丘の面々か、龍神の子等か、それとも、――神醒存在か、だ。
「神醒存在の中で最も危険で恐ろしいと言われている第五楽曲魔境神奏・第五典神醒存在。それが今回の呪いの主。【炎中で眠る姫騎士】――ブリュンヒルデよ」
神醒存在の中で最強と名高いのが第四楽曲天神神奏・第四典神醒存在。そして、最悪と名高いのが第五楽曲魔境神奏・第五典神醒存在。
「第五典神醒存在?!」
その最悪と名高いことを知っているサルディアが驚愕した。そして震えた声で聖に向かって言う。
「だとしたら、九龍彩陽は一体何故、第五典神醒存在に呪われているのですの?たかだか一般人が、そんな存在に呪われるとは思えませんわ」
その言葉に対し、聖は、「そうね」と頷いた。そして、推測を語りだす。静かな声で、語りだす。
「これは、……あくまで推測なのだけれど、この呪いは、きっとある種偶然なのよ。偶然でなければ、気まぐれ、かしらね」
そう言った。それが事実かどうかは、第五典神醒存在のみが知ることである。
「偶然?でも、そんなことで、呪われたらたまったもんじゃないわよ」
秋世の言葉に、聖は、「そうね、そうかもしれないわね」と言いつつ、「でも、」と言葉を続けた。
「偶然じゃなければ、必然と言うことになるわよね。でも、九龍彩陽と言う人間に関して、第五典神醒存在どころか、神醒存在に関与している形跡がないのよ。まあ、家族のせいで呪われたと言う可能性も否めないのだけれど、彼女の家族となると、やや厄介なのが多くてね。詳しいことまでは調べがつかないわ。わかっているのは、彼女の祖母である九龍沙綾が、第一典とは知り合いであることくらいで、でも第一と第五はまったく別だから関係ないでしょうし」
そう言って、悩むように「う~ん」と唸っている。それは悩んでいるのではなかろうか。そして、結論が出たのか、聖は言った。
「分からない、と言うのが私の結論ね」
結局分からなかったようだ。そして、聖は、続けた。
「まあ、私の持っている情報は全て伝えたわ。後は貴方達でどうにかしなさい。これくらいの試練はどうと言うこともないでしょ?」
そう言って、大人っぽく笑う聖であった。
「どうと言う事もあるんだけれどね」
秋世が苦笑で返す。そして、聖は、蒼い淡い発光を残し、綺麗に消え去った。秋世は息をつきながら、一言。
「あ~、朝のホームルームの時間どころか、一限の時間も過ぎたわね」
秋世の言葉に、紫苑は、「あ~、そう言えばこの人教師だったんでしたっけ」と思った。サルディアは、特になんとも思わなかった。
「それで、これからどうするのよ。もうどうしようも……」
と言いかけたとき、バンと生徒会室のドアを誰かが開けた。
「先生、いますか?」
ルラが生徒会室に入ってきた。ルラは、王司がいないことをなんとも思っていないようだ。
「ルラさん。ごめんなさいね。自習しといてくれる?いま、ちょっと手が空いていなくて。王司君の件で」
とそこまで秋世が言ったが、ルラは、首を傾げた。
「王司君?誰ですか?」
その瞬間、秋世と紫苑は戦慄した。まさか、王司の親友だったルラまでも忘れていることに震え上がった。この様子なら、真希も忘れているのだろう。なら、何故秋世と紫苑は覚えているのだろうか。
「これは……。《古具》使いだからわたしも天龍寺先生も覚えているものとばかり思っていましたが、まさか、こうも皆の記憶から消えるとは……」
「ええ。《古具》とか関係ないみたいね。私は、彼の親の代からの知り合いだから記憶に深く関わっているのだと思うけれど」
それを聞いたサルディアが、「だったら」と口を開く。
「私は、主とは深い関係にありましたわ。それに、こちらは、主と意識と言う概念で繋がっていましたので、覚えていても何の問題もないかと思いますわ」
それを聞いた紫苑が引っかかりを覚えた。それと同時にルラが声を上げる。
「えっと、その人は?」
ルラの言葉からどうやら王司との接触がなくなったことでサルディアとの接触もなかったことになっているようだ。
「気にしないで自習しに戻っといて」
秋世がそう指示すると、ルラは教室へ戻っていった。そして、その直後紫苑が口を開く。
「おかしくないですか?確かにわたしと青葉君は繋がっていても、九龍さんとわたしはなんの繋がりもありません。元から交流がない天龍寺先生は、曖昧でしょうけれど、同じクラスのわたしは、九龍さんの記憶がはっきりしています。でも繋がってないのに覚えているのはおかしくありませんか?」
そう、それが、紫苑が引っかかったことだった。
「そう?でも王司君と九龍さんを同率で考えちゃダメじゃない?あの娘は呪われた本人で、王司君は巻き込まれたんだし」
秋世の言葉に「そう、なのかな」と紫苑は呟いた。




