52話:呪い
紫苑は、因果の狭間で清二と戦った後四日間、体が動かず、学園を休んでいた。事情が事情だけに、王司にネチネチ言われるのもあれだったので、秋世が便宜を図って生徒会の生徒会長職研修で休みと言うことになった。そして、久しぶりの登校となる紫苑は、重い足取りで、教室のドアを開いた。
「おはようございます」
少しおぼつかない足取りのまま紫苑は、自分の席へ向かう。すると、彩陽が紫苑に向かって近づいてきた。
「おはよぉ~!久しぶりだねぇ、会長さん、研修どうだったの?」
彩陽のテンションの高さに、思わずのけぞる紫苑。そこに、紫苑が休んでいた間の活動報告の書類を持った王司がやってきた。会計の仕事と言うよりは、書記か副会長の仕事だと思うのだが。
「紫苑、無事復帰したみたいだな」
チャラと音がする王司の右耳の耳飾り。髪は何とかもとの色に戻ったが、未だに耳飾りだけは消えずに残っている。サルディアに聞いたところ、いまだ、力の使いすぎで眠いのだが、少しだけ起きているときに聞くと、サルディアもいまだ左耳に耳飾りがついたままだと言う。
「王司ちゃん!!お姉ちゃん、王司ちゃんに会えて朝からテンションが上がっちゃうぅ~!」
既に高いのにさらに上がるのか、と紫苑が慄いた。紫苑と違い、そう言った彩陽の性格を熟知している王司は聞き流す。
「はいはい、彩姉。俺も朝から会えて嬉しいよ」
雑に流す王司。そして、再び耳飾りが揺れて、その耳飾りが、彩陽の目に入る。目に入ると言うのは、物理的にと言う意味ではなく、耳飾りが見えたという意味の目に入るである。
「ありぃ?王司ちゃん、そのイヤリング……」
目に留めた十字の耳飾りを見て、彩陽は、意外そうに王司を見つめた。
「王司ちゃんて、イヤリングとかしない子だよねぇ?お姉ちゃん、気になるなぁ~。王司ちゃん、そのイヤリングどうしたのぉ?」
興味津々と言った風に王司に対して詰め寄る彩陽。物理的に詰め寄っているため、王司と彩陽が密着状態だ。
「近い」
王司がそう言うが、彩陽は身体をくっつける。そのときに王司の身体に、むにゅと柔らかい感覚が当たる。
「王司ちゃん。えへへへへ」
密着から抱きつきに変更する彩陽。王司の背後に回り思いっきり抱きついた。そのときだった、突如、彩陽が「うっ」と声を上げる。
「ん?どうした、彩姉?」
王司の問いかけにも返事ができず、胸を押さえ蹲る彩陽。その様子に、王司が珍しく取り乱す。
「彩姉……?おい、どうした、彩姉?!」
王司の取り乱し具合が尋常ではないので紫苑は思わず驚いた。流れ込んでくる思考が尋常じゃなく焦っている。
「あ、青葉君、動揺しすぎですよ。ただ具合が悪いだけ……」
その瞬間、紫苑の頭に、ある映像が流れ込んだ。おそらく齢十かそこらの彩陽。その彩陽が今と同じように胸を押さえ苦しんでいる光景に、紫苑は絶句した。
「こ、これは……」
そして、さらに、その後に続く光景に、紫苑は、危うく意識を失いかけた。
「青葉君!青葉君!!」
紫苑は慌てて王司に呼びかける。それにより慌てて我を失いかけていた王司に自我が戻った。
「止めないと……」
王司がふと呟いた。紫苑は、唖然とした。王司の思考が「無」に染まる。では、この「止めないと」とは誰が言ったのか。紫苑は、それが分からず、震えた。
「あの、黒いのが来る前に」
(黒いの……?)
そう、黒い、黒い、彼女が来る前に、全てを終わらせなければならない。これは、龍の呪いとは別の、深き炎の呪い。
「ちょっと青葉君、説明を」
紫苑の言葉に、答えるまでもなく、王司と彩陽の姿が消えた。掻き消えたのだ。
そして、世界は回りだす。狂々と……。
二人の消失など気にせずに。
二人をなかったことにして、世界は動き出す。




