40話:龍神
秋世が転移した。久々に龍神の元へ来た秋世は、いつも通りの光景に「ふぅ」と息をついた。横を見れば、ルラと真希、少し疲れた表情の王司と紫苑、それとリテッドが居た。王司と紫苑が少し疲れた顔をしている理由が分からず、秋世は、不思議に思った。
「むっ……」
「え?」
王司と紫苑が同時にそんな声を洩らした。その声に、ルラがビクッとした。真希は、気にしていないらしい。
「紫苑、お前もか」
「青葉君も、みたいですね。それにしてもこの干渉、相棒さんですか?」
ほぼ同時に声に出した二人。声に出さずとも本来なら意思疎通できるのだが、現在は、王司の脳内にサルディアの思考も混在しているため紫苑が王司のものを感知しにくい状況にある。そのために、紫苑ははっきりと声に出して聞いた。
「ああ、そうだ。少しアストラル的に問題があってな。本来なら高位次元に居るのが、上下が消え、アストラル的に俺とほぼ同じ状況下にある。だから、俺とあいつの思考は一時的に境界が曖昧になってしまっている節がある」
それは小声で王司が紫苑に言った言葉だ。紫苑はそれを聞くなり、よく分からないと思いつつも、王司に言った。
「なるほど、それで二人分の思考がわたしの中に流れてくるわけですか」
紫苑も小声で返す。そんな二人を訝しげに、不機嫌そうに見つめるルラ。要するに妬いているだけだ。
「ム……、中々に久しい客だ」
突如響く声。それは王司達の頭上からの声だった。王司が上を見上げる。そこに居たのは、巨大な一匹の龍。
「久しぶりですね、龍神様」
そう秋世が龍に呼びかける。すると龍は、「ム」と声を上げて、秋世を見た。そして、声を上げた。
「おおっ、天龍寺の秋世っ子か」
「っ子」などと呼ばれるのは久しぶりだったので、秋世は思わず頬を染めた。それを面白そうに見る王司。
王司にサルディアが囁きかける。脳内に直接響くため、あまり大きな声を出すと王司は、目を回すだろう。
「私の中のアレが反応していますわね……。おそらく、彼ら、一列のアストラル体を固めているのは、私の中のアレと同種の何かですわね」
サルディアの中にある「アレ」が反応すると言うことは、この龍神と言う存在は、この世のものではない存在と言うことになる。そして、「一列」と言う名だ。サルディアは知っているのだ。【輪廻】の三家のことを。
「一列……」
王司の小さな呟きにサルディアが答える。無論、サルディアと王司が話している内容は、紫苑に筒抜けである。
「【輪廻】の力を与えられた家のことですわ。確か、アデューネさんの知り合いの第一典……、いえ、緋奏と言う女性が関わっていたらしいですが……。一列、二本、三縞の三家に伝えられたと聞きますわ。まあ、貴方の世界においては、その概念すらないので知らないのも無理がないですわね」
サルディアの言葉を聞きながら王司は、龍神を見上げた。荘厳とした巨大な龍。その全身は鱗に覆われ、頭からは角が生えている。無論、手足もきちんとある。まさに東洋の龍と言うに相応しい姿をしている。
「む、青葉の清二か?」
龍神が王司を見て、そう言った。無論、王司は王司であって清二ではない。しかし、王司と清二は割りと似ている。
「俺は、王司だ。青葉王司。と言うか、薄々勘付いていたが、やはり親父もここに来た事があったのか?」
王司がそう言う。無論、清二はここに頻繁に出入りしている。真琴もそうだ。真琴の容姿のときに、「彼らは、時の流れが違う場所を体験しているため、体が受ける時間の影響が狂ってしまっている節がある」、と書いた。その時の流れの違う場所と言うのが、龍神の居る次元の狭間と言う「時間」からも「空間」からも隔離された異常な場所なのだ。
「ああ。清二の息子なのか……。ふむ、人の成長と言うのは速いものだな」
感慨深そうに、そう言葉を洩らす龍神を見て、真希がボソリと言った。ちなみに、真希は、あまり驚いていないようだが、ルラは龍神を見て驚きのあまり停止してしまっている。
「と言うことは、パパも来た事があるのかな」
真希の言葉が聞こえた王司は、おそらくそうなのだろうな、と思った。思っただけで何も言わない。今言葉を口にしても確証があるわけではないからだ。おそらく、真希が言った事が事実かどうか知っているのはこの場では龍神と秋世だけなのだろう。
「本当に龍なんて居るのね……」
ルラの思わず洩れた呟き。それを聞いて、王司が、少し逡巡してか、考えるような素振りをして言う。
「まあ、龍神様自体は龍とは異なる別の存在だがな。まあ、龍がいないとは言わないが」
その言葉に、龍神が「ほぉ」と声を洩らした。先ほどから皆声を洩らしまくりである。秋世も王司の言葉を否定はしなかった。と言うより、龍神の元へ来る前にしたやり取りがまさにそれを示すので否定のしようがなかった。
「一列のアストラル体が集まった存在……まあ、寄り代は別にあるだろうが、それが、龍神様の正体だろう」
王司の言葉に、真希が変な顔をする。そして、周りを見て、自分だけが理解していないのか、と少し苦い顔をしてから言う。
「王司、アストラル体って何?」
そう言えば、あまり一般人が知っていることではないな、と王司は思った。まあ、真希も一般人か、と問われると困るくらいに一般人ではないのだが、知識は一般人のものと何ら相違ないため、昔からオカルトチックな知識を詰め込まれて育った秋世や様々な分野の知識に精通するよう育てられたルラ、歩く図書館を父に持つ王司などと違い真希には理解できなかったらしい。
「あ~、普通の意味だと、英語で『星のような』とかの意味なんだが、オカルト関連では、千八百年代のフランスの魔術師であるエリファス・レヴィの『アストラル・ライト』と呼ばれる考えから霊能力や超能力などを発動させるために必要なエネルギーのことを『アストラル体』と呼ぶようになったんだ」
と、そこまで王司が説明して、それを引き継ぐように秋世が、補足説明のように語り継ぐ。
「その超能力等に使われるエネルギーと言うことで《古具》との関連性も考えられて調べられていたのだけど、その過程で、《古具》と『アストラル体』の関係性は皆無である事が分かったのと同時に、『アストラル体』と考えられていた人間の内面、内部にある不思議なエネルギーと魂が同じであるということが結論付けられて、結果、『魂=アストラル体』と言うことになったのよ」
ルラは「うんうん」と頷くだけである。ちなみに忘れ去られているが、勿論リテッドはその場にいる。しかし、繰り広げられるわけの分からない天才達の会話に、唖然としているだけだった。
「な、なるほど……。つまり魂ってことね!」
最後の結論の部分だけ理解した真希。まあ、そこが分かっていれば問題がないのだが。
なお、物語中に登場する「アストラル体」に関する解釈は、この作品独自のものであり、実際の「アストラル体」とは何の関係もないです。実際の「アストラル体」について詳しく知りたい方は、その辺で検索をして調べてください。




