04話:新任教師
王司が学園に登校すると、教室内がざわついていた。情報通の新聞部である祐司が、情報の発信源らしい。すると、俺に気づいた真希とルラが別方向から同時にやってきた。
「おはよう、王司」
「おはよ、王司」
ルラと真希の挨拶に、王司は、明るく答える。
「おはよう、二人とも」
王司の返答に、二人も笑う。しかし、ルラも真希もお互いに、嫌いあっているために、ギスギスした空間が形成される。それを王司は壊す。
「なあ、この騒ぎはなんなんだ?」
王司の疑問に、二人が答えようとしたが、先にいつの間にか近づいてきていた祐司が答えた。
「おお。産休の九条先生の代わりに新しい先生が来るんだってさ。生徒会顧問になるらしいし」
祐司の答えに、王司が感心する中、女子二人に、足を踏みつけられる祐司。王司の顔には、普通の笑顔を見せる。作った偽りの笑顔を。
「それで?どんな先生なんだ?」
王司の問いに祐司が首を横に振った。
「残念ながら、幾ら俺でも個人情報は知らないよ。高木先輩は知ってるかも知れないけど……」
祐司の答えに、ルラが自慢するように、笑う。
「王司、貴方は、新任の教師を知っているはずよ」
ルラの言葉に、王司が頭の中で組み立てる。
(俺が知っている?それで居て、ルラも知っている。他の人間は知らない、か。なるほど。そうなると、天龍寺秋世、だな)
王司は、思考を終え、ルラに言う。
「う~ん、分からないな。誰だ?」
真希がルラに言う。
「何よ、知ってるんだったら教えなさいよ」
「篠宮さんは知らないと思うけれど?」
真希とルラが喧嘩しそうな雰囲気になる。王司と祐司は、いつものように傍から眺めていた。いや、王司は眺める振りをして、頭に手を当て、考える仕草を見せる。
(ルラが普通に登校してきていると言うことは、自殺の一件は、無事解決したのだろう。だとしたら、天龍寺秋世が教師として来る事を知っていることを踏まえて、天龍寺秋世がルラを引き取ったのだろう。それ以外の可能性は、あまり考えつかないな)
王司は、そう思いながら、目の前で繰り広げられるルラと真希の喧嘩を眺めていた。
案の定、やってきた教師は、秋世だった。しかし、気づかない振りをしていた王司は、驚いた様子を見せる。
「あっ!ああ!」
秋世を指差し、ガタンと椅子を後ろに倒して立ち上がった。大げさすぎる気もしたが、多少なりともオーバーリアクションの方がいいだろう、と王司は考えていた。
「下手な芝居はよして、席についてください。王司君」
しかし、あっさりと芝居を見破られ、「ちぇ」と言いながら、椅子を元に戻す。
「そう言う悪乗りは、お父さんそっくりですね」
そう言ってから、コホンと咳払いして、言う。
「本日より、このクラスの担任代理兼副担任となる天龍寺秋世です。また、学園生徒会の顧問にも成りますゆえよろしくお願いします」
秋世の丁寧な挨拶に、クラスがざわつく。美人な教師にクラスの男子達は目を奪われた。
「さて、早速ですが、皆さんに自己紹介をしてもらいたいと思います。ああ、その前に、ルラさんと王司君は、生徒会に入ることが決定しますので」
秋世のサラリと流しそうな重大な発言に、ルラが慌てていた。王司は、一見慌てているように見えて、頭の中で、既に理由を導いていた。
「なっ、何で私が生徒会に……」
ルラの発言に対し、王司が、人の悪い笑みを浮かべ言う。
「なるほど、昨日の件と生徒会は関係しているのか」
学校では珍しい、王司の素の笑いに、一部女子生徒が黄色い歓声を上げた。それほどに、クールな王司は格好いい。
「まあ、概ねその通りです。その件に関しては、放課後生徒会室で話しましょう」
「別に構わないが、あまり長い話は勘弁してほしいな。ルラと先生は、いつでも話が出来るんだ。俺は概要を説明してもらうだけで構わない」
にやりと笑う王司。その言葉には、「ルラと秋世が一緒に住んでいる」、「概要でおおよそ理解できる」などの言葉の意味が含まれる。
「これだから歩く図書館二世は……」
そんなことを呟いてから、秋世は、仕切りなおす。
「はい、では、端から自己紹介をお願いします」
そう言われ、端の女子生徒が立ち上がって自己紹介をする。
「篠宮真希です」
その名前に秋世が、「あら」と口元を綻ばした。
「もしかして、真琴さんのお嬢さん?」
秋世の言葉に、真希が怪訝そうに眉根を寄せた。
「パパを知っているんですか?」
「ええ。清二さん……王司君のお父さん共々仲良くさせていただいています」
秋世の返答に、意外そうにしたのは王司と真希。
「うちの親と真希の親が知り合い?」
「聞いてないんだけど」
王司たちは、親同士の繋がりを知らなかったらしい。
「あれ、久々李さんから何も聞いていなかったんですか?」
秋世の意外そうな声。篠宮久々李。真希の母である。真琴が真希の父。どちらも女性のような名前だが、真琴は立派な男性で、三鷹丘で未だに伝説に残るほどのファンが居たと言う。
「ええ。母さんからは何も、と言うか、王司って母さんに会ったことなかったし。それに、家で学校のこととか話さないし」
それで得心がいったと言う風に秋世が頷いた。
「では、次の人、自己紹介を」
秋世の掛け声で、次々自己紹介をしていく。なんら不思議のない、平凡な自己紹介。王司は、一人、頭に手をかけ、指の隙間から教室の様子を見た。その瞬間、世界は、銀色の光に包まれる。勿論、王司の体感でだけだが。
銀の世界で王司は相棒に語りかけた。
「おい、相棒。どう思う、あの女」
あの女とは、天龍寺秋世のことである。
「そうですわね。別段、不思議な気配はないですわ。どちらかと言うと、貴方の味方、正義サイドですわよ」
その言葉に、王司は、心の中でにやりと笑う。
「そうか、俺と同じサイドの人間か。なら、構わない。それで、俺の《古具》に関しては、何か分かったか?」
王司の問いかけに、相棒は溜息をついて答える。
「いえ、たいした情報は、得られませんでしたわ。こちらは情報専門ではないのですわよ」
相棒の答えに、王司は、怒ったりしなかった。
「まあ、期待していなかったからさして問題はない。俺自身でも何とか探ってみる」
「了解ですわ。私の魂は、貴方のために」
その返事に、王司は、一言。
「相変わらず安っぽい言葉の忠誠だな」
そう言って、頭から手を離した。
「王司君!王司君!!」
その怒声で、王司は、「ん?」と思い、辺りを見回す。クラスの視線が王司に集中していた。
「王司、どうかしたの?ボーっとしていたみたいだけど。頭痛いのかしら?」
ルラの問い。どうやら、相棒との会話に夢中で、現実の話に気が回っていなかったらしい。
「いや、問題ない。突発的な頭痛だ」
「そう、無理しないでね」
ルラの心配の言葉に、王司は、「問題ない」と嘘っぽい笑みを浮かべて安心させた。
気づけば、王司以外の自己紹介が終わっていたが、王司は、秋世とは面識があるため、スルーした。その結果、無事、自己紹介が終わった。