39話:破壊者
紫苑は、気がつけば【空白】の部屋に居た。王司とは別の【空白】だ。白い世界。紫苑は辺りを見回した。しかし、他の人の姿は見受けられない。見渡す限りの「白」。そんな中に、一つ、ぽつんと浮かぶ「紫」に紫苑は目を奪われた。長い紫色の髪。純白の、白雪の様な肌。十歳くらいだろうか、それくらいの容姿をした幼子。紫苑は、その少女が誰だか分からず、思わず首を傾げた。
「ここは、あら……。マリクスのところじゃないわね。てっきり、マリューシカの子のとこにしばらく留められると思ったのだけれど」
少女はそう言った。そうして紫苑を見る。そして、目が驚愕に開かれた。少女が一瞬、頬を引きつらせたのが分かった。
「なるほど、ね。一時の軽はずみな行動が身を滅ぼすと言うこと、かしら?」
そんな風に、大人っぽく笑うのだった。年に……外見年齢に見合わず、とても色っぽい笑みだった。
「あ、あの、貴方は……?」
紫苑は本能的に敬語を使っていた。本来、目の前に居るのは十歳程度の少女であり、敬語なんて使う必要はない。しかし、その雰囲気が、気配が、ただの少女ではないことを物語っていた。
「私?私は、希咲紫苑。【彼の物を破壊する者】よ」
ラシオンと名乗る紫苑……いや、紫色の髪の少女。二人も紫苑が居るとややこしいな。ややこやしいと言った場合は、名古屋弁である。
「そうね、貴方も『紫苑』だったわね。ふぅ、じゃあ、私のことは深蘭とでも呼んで頂戴」
魂的な根源の名前を出す紫苑……いや、深蘭。根源的に言えば、紫色の方の紫苑と深蘭は同じ人物である。なので、どちらを名乗っても問題はない。
「深蘭、さん?」
さん付けをした紫苑に深蘭は、少し笑いそうになりながらも、堪えて、紫苑に声を投げかける。
「ええ、希咲深蘭。【氷の女王】の姉よ」
【氷の女王】、【帝華】、【氷華】、【氷河の乙女】、【氷上の妖精】、【冷徹の悪魔】、【一門】、【氷神】など数多の異名を持つ武神。その容姿は、紫の長い髪と濃紫の瞳。この世の全ての美を集約したようなそんな美貌。小柄な体。深蘭にもよく似た美少女である。そして、その【氷の女王】こそ、篠宮無双ではなく篠宮無双である人間。正確には、篠宮無双の転生体、とでも言えようか。いや、正確には、転生体と言う言葉は適切ではない。転生はあくまで一人の人物が一人の人物へ生まれ変わることである。無双と【氷の女王】に関しては、その概念から外れている。篠宮無双と言う人物の魂は、次の器に移っただけだ。生まれ変わっているのではない。つまり【氷の女王】と言う人間の中には、彼女自身の魂と無双の魂が入っている状態なのだ。無論、それが武神である天辰流篠之宮神の特徴だ。
「氷の、女王?」
深蘭の言葉に、首を傾げた紫苑。それはそうだ。聞いたことのない言葉だったから。いや、正確には聞いた事がある言葉の組み合わせだったが、それが何を意味するのか分からなかったからだ。
「まあ、気にしないで頂戴。それよりも、まさか、こんな風に、隔離されるとは思っていなかったわ。せっかく紫蘭のところへ行くはずだったのだけれど」
そんな風に言う彼女を見て紫苑は、今の状況が異質なことだと言うことに気がついた。しかし、どう異質なのかは分からない。
「わたし、確か龍神様に会うと言うことになって転移した、はずだったんですけど……。何でこのようなことに?」
紫苑の疑問に答えるように、深蘭が笑った。そして、周りを見渡してから、紫苑を見て、ふっと溜息を吐いてから言う。
「異質分子の排除と言うことかしらね。次元の狭間に入ったときに高位次元の存在である私と一部、繋がっていたためにはじき出されたのでしょうね」
その言葉に、紫苑が慌てだす。次元の狭間ではじき出された、などと聞けば慌てるのは当たり前か。
「じゃ、じゃあ、どうすればここからでられるのですか?」
紫苑の質問に、深蘭は、空間の床を触りながら言う。無論、そこが床と言う確証はなく、さらには、壁や天井と言う概念が当てはまるかどうかすら微妙なところなのだが。
「それほど【力場】が強固と言うわけではないわね。この程度なら余裕よ」
そう言って、深蘭は手を前に突き出した。そこから迸る紫色の電気。正確には、電気が移動する時の光。先駆放電と先行放電のことである。バチバチと音を鳴らすそれは、徐々に手の先で球体状に集まっていく。
「【暗転】」
そう言葉を発した途端、深蘭の目には歪な紋様が浮かび上がる。まるで幾何学模様のような、五芒星や六芒星のような、おかしな紋様。それは、紫の瞳の中で赤青黄白黒様々な色へと変化する。七色、と言う言葉では弱いほどに様々な色に移り変わる。
「【雷霆砲撃】」
球体が光る。そして、球が回転しバチバチと放電を始めた。球の大きさが桁外れに大きくなる。
「きゃっ!」
紫苑が一瞬怯んだ、その瞬間に、解き放たれる雷。これは、破壊のための一撃。壊すことだけに特化した【破壊】そのもの。
そして、【空白】が破れ壊れる。深蘭は、紫苑に声をかける。そのときには、もう、彼女の眼は通常の紫色に戻っていた。
「す、凄い」
呆気に取られる紫苑。それを見た深蘭は、微笑を浮かべる。妖艶に、艶美に、色っぽく、艶やかに。
「まあ、伊達に【彼の物を破壊する者】を名乗っていないわよ」
そして、崩れ行く世界と同時に、深蘭も消えていく。そんな中、紫苑に向かって言葉を残す。
「七峰紫苑。貴方も、【破壊者】よ。何せ、私と同じ名前を持っているのだから」
その言葉と同時に、紫苑の体は光に包まれた。それはおそらく転移の光。だから、紫苑は、それに身を委ねる。




