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《勝利》の古具使い  作者: 桃姫
剣帝編
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36話:邪眼の魔神

 蒼子の弟子、立花(りっか)(しゅん)。「立花(りっか)(しん)」と「五威堂(ごいどう)弓歌(きゅうか)」の間に生まれた子である。つまり、蒼子たちとは親戚に当たるのだが、それを知っているのは、祖母の「七峰(ななみね)静葉(しずは)」だけである。


 さて、蒼衣と火々璃の婚姻から早一年。二人の間には、無事、双子が生まれた。なんだろう、この家系は先天的に双子が多いのだろうか。「八刀神(やとがみ)闇音(あんね)」と「蒼刃(あおば)(ひかる)」と名づけられた二人は、蒼衣、火々璃、蒼子、峻の四人で面倒を見ていた。


 そんな或る日のことだった。突然、蒼衣に異変が起こった。視界が眩み、全てが閉ざされた。そして、髪色も目の色も、漆黒に変わった。


「うっ……」


 そして、蒼衣の意識は飛ばされる。闇の暗き果てへと。「深淵の龍(ジ・アビス)」が巣食う場所へと。そこは、時の流れが違う場所。ここでの数千年の時が、蒼衣たちの中での一秒である。





 暗い、暗い暗い闇の果て。そこには、何もない。


 あるのは、闇と孤独と憎悪だけ。


 深淵に巣食う龍は、それすらをも食う。






 蒼衣の身体には、「バロール」が居た。それは確かに居た。もはや、蒼衣は、蒼衣ではない。バロールだ。


「【歪な器】」


 その声が発せられた頃には、既に火々璃と蒼衣の身体は、荒野へと移動していた。そして、「バロール」は、火々璃を刺す。何の躊躇もなく、フラガラッハで。





 追ってやってきた蒼子が見た光景。荒野に、立たずむ蒼衣。


(蒼衣、なの?)


 蒼子が眼前の光景に、そう思う。先ほどまで黒かった容姿は、いつもの彼に戻っていた。そして、蒼衣の足元に転がる死体。その死体には剣が深々と突き刺さっていた。一本の大剣。


火々璃(かがり)……」


 蒼衣の口から、その言葉が発せられた瞬間、蒼子は、胸が痛むような感覚に、膝をつく。何故、この様なことになったのか。


蒼衣(あおい)


 蒼子が洩らす声。この緊迫した状況で、洩れた震える声だ。


「やあ、姉さん。久しぶり」


 時の流れが違う地に居た蒼衣にとっては、久しぶりと言う表現が適当だ。


「何を、言っているの、蒼衣……」


 いつもと違う歪んだ笑顔。もはや、それは蒼衣の笑顔でなかった。嘘の笑顔を見せる蒼衣。それがどうしようもなく、たまらなかった。心が痛んだ。


「下がってください、蒼子先生!あれは、あれはもはや、蒼刃(あおば)蒼衣(あおい)ではありません。化け物です!」


 蒼子を庇うように、前に立つ峻。


(しゅん)。ダメよ。あの子は、蒼衣は……」


 蒼衣が、死体から剣を抜いた。


「行くぜっ、フラガ!」


 剣を構え、そして、目に見えぬほどの速度で、竣の前に移動していた。その瞬間、蒼子の心の奥、「開花」とは違う、別の「タガ」が外れる――カチリ――と言う音が鳴った気がした。


「もはや、この体の主は、アビスに囚われている。そう、もはや憎悪の虜。バロールと同化するのに容易い状態なのだよ」


 そう言うバロール。いや、蒼衣。どちらでもある存在。


「【暗転(おわり)】」


 そう、それは、蒼子の中の何かであった。


「告げる――」


 それで全てが終わりを告げる。蒼衣は、死ぬ。

 荒野に残ったのは、蒼衣と火々璃の死体。蒼子と峻だけが生きていた。蒼子の中にある何かは、既に、もうなかった。


「蒼子先生、大丈夫ですか?!」


「ええ、うん。大丈夫よ」


 そう言って立ち上がる蒼子。


「でも、峻、これからは、闇音と光もわたし達で育てないといけなくなったわね」


 そうして、その後、そこに、蒼衣と火々璃の墓を作った。彼らは永遠に、共に眠るのだった。


「それにしても、」


 蒼子は思う。自分の体の中にいた、アレはなんだったのか、と。それを強いて言うならば、「天使の悪戯」だろうか。今や、紫苑に眠るソレの正体は、まだ、誰も知らない。しかし、いずれ、いつの日にか、それら全てを巻き込む「彼の物」の闘争は、起こるであろう。それは、おそらく、蒼子や蒼衣とは別で、紫苑や王司とも別なところで。

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