33話:来る魔神
八刀神一族。夜刀神とは似て非なる文字で書かれる魔導十家の一つ。そこの一族の長女、八刀神火々璃は、一族の秘宝と呼ばれる「バルムンク」を持っていた。そして、より「バルムンク」を持つに相応しい者を婿にしようとしていた。そして、火々璃が辿りついたのは、蒼刃蒼衣であった。華麗な剣捌き。片手でも大剣を自由に扱うほどの筋力。無論、魔術強化は併用していよう。だが、それでも蒼衣が、凄い力を持っていることに違いはなかった。だからこそ、「バルムンク」を持つに相応しいと判断したのだ。
八刀神火々璃。その容姿は、まるで、高貴な貴族の娘。しかし、彼女の本質は、努力をし続ける努力家だ。澄んだモスグリーンの瞳とまるで夜の黒をそのまま凝縮させたかのような黒い髪。まるで、全てを見透かすように達観したような表情。ただ、その表情は、傍から見ればそう見えるだけであって、彼女からしてみたら、ただボーっとしているだけなのだが。体つきは華奢だが、「バルムンク」を振るうには、十分だ。
バルムンクとは、「ニーベルンゲンの歌」に登場する剣である。彼女が持っているのは、その実物である。本当の魔剣であった「バルムンク」である。魔剣で「あった」と言う過去形なのは、憎しみにより「魔剣」となったが、復讐を果たしたことでその瘴気が抜けたからである。つまり、ほんの少しの間、「魔剣」だった剣と言うことだ。
黄金の柄。そして、柄にはめ込まれた空の青を凝縮したかのような「蒼い」宝玉。魔剣であったときは、火々璃と同じくモスグリーンに濁った宝玉だったが、復讐を果たしたことで「蒼く」戻っている。
「あぁ、蒼衣様……」
まるで恋を煩う乙女のように、手を合わせ、祈るように蒼衣の写真を見ている。ちなみに、写真は、剣帝になったときのものである。もう、このとき、剣帝になってから一年が過ぎようとしていた。
「カッコいい……」
火々璃は、もはや、蒼衣を慕いすぎているほどに慕っている。憧れと言う次元を超えて心酔している。崇めていると言っても差し違えない。
「ああ、いつか、いつかいつか、必ずお会いしに行きますから」
まるで恋する乙女のように身を捩じらせ憧れを思い描く。
【紫炎】
紫の炎が立ち込める。
真っ黒な、それこそ墨を被ったように真っ黒な髪。
日に焼けた程度では成り様が無いほど浅黒い肌。
そして、真っ黒な、それこそ闇に紛れるための服のように真っ黒なスーツを着ている。
そう、本当に黒い。「漆黒」、「真黒」、様々な表現があるだろうが、本当に黒い。
紫の炎の中に、一人佇む真っ黒なその女性は、微笑んだ。まるで、炎に破
壊された全てに興奮を感じるように。破壊に心を振るわせるように。
そして、その眼が光る。黒い右目とは違う、金色の左瞳。
彼女は、一体何者なのか。
そう問われて、明確な答えを持つ者はいない。
しかし、あえて答えるならば――バロール――だ。
そう、ルーの祖父である。
彼、いや、今は彼女、か。
神に性別など関係ない。
明確な形など無いのだから。
だからこそ、今は、彼女であり、過去では彼であった。
彼女は向かう。
運命として対立する事が決まっている「ルー」の元へ。
彼、もしくは彼女の孫を宿す蒼き青年、蒼衣の元へ。




