03話:ルラの行方
【南方院】財閥、本社ビル、最上階にある社長室に、社長の娘である南方院ルラと、彼女の自殺を防いだ女性、天龍寺秋世が居た。彼女達の前には、腕を組む中年の男性が居る。その風格は、人を支配し、動かしている者のそれである。
「それで、ルラが自殺をしようとした、と言うのは本当かね?」
深く沈んだ声音で、ルラの父にして、【南方院】を支配する南方院朱雀が、秋世に聞いた。
「はい。本当です」
秋世が頷いた。その横でルラは、深く俯いている。
「ルラ、お前と言う奴は!」
怒声を上げる朱雀に対して、秋世が静かに言う。
「ルラさんは、確か、三鷹丘の高等部に通っていましたよね?」
秋世の声に、朱雀は、怒る気を削がれ、「あ、ああ」と答える。
「確かに、ルラは、三鷹丘の二年に席を置いている」
朱雀の答えに、満足したように、秋世が言う。
「三鷹丘には、【天龍寺】も顔が利きます。ここは、彼女を私に預からせていただけませんか?」
秋世の申し出に朱雀は首を横に振った。
「ダメだ。ルラは、我が【南方院】の唯一の跡取りだ。外に出すわけにはいかん」
朱雀の言葉に、秋世は、鋭い声を出す。
「彼女は、《古具》に目覚めてしまっています。その力の制御を知らねば、何が起こるか分かりません」
その言葉に、朱雀が、「ハッ」と鼻で笑った。
「そんな眉唾の話を、信じるとでも?」
朱雀の対応に、秋世は、苛立ちを覚えていたが、抑え込む。そして、指をパチンと鳴らす。すると銀朱の光が、視界を一瞬覆う。そして、【南方院】の金庫にしまってあったはずの重要書類の数々。
「そ、それはっ?!」
朱雀の驚嘆の声。
「この【南方院】の機密書類ですね」
秋世のあくまで冷淡な声。秋世は、何度もこうやって、《古具》の力を見せてきた。
「どうやってそれを?!」
取り乱す朱雀。それを冷たい瞳で見る秋世。
「私の《古具》で」
秋世の簡素な言葉に、朱雀のうろたえが最高潮に達す。
「ば、馬鹿な……。いや、しかし……。あの金庫の番号は、誰も知らないはず……。だがっ、そんなものが存在するなんて」
そんな朱雀に、秋世が追い討ちをかける。
「それで、ルラさんを引き取ってもよろしいですか?」
秋世は、これを断られたら、書類を脅しの材料にするつもりで居た。
「ああ、分かった。好きに連れて行ってくれ……」
落ち込んだ口調で朱雀は、そう言った。
「ええ、では、行きましょう。ルラさん」
ルラを連れ、秋世は、【南方院】を後にした。
秋世は、自分の借りたマンションの一室にルラを通した。
「狭くてごめんなさいね」
一般人からしてみれば、十分に広い、マンションの最上階の部屋だ。しかし、古くからある名家【天龍寺】と有名な財閥である【南方院】の人間からしたら狭いのだろう。しかし、ルラは、十分だと思う。
「十分広いです」
ルラは、ほぼ、自室に軟禁に近い状態で入れられていて、学業以外で外へ出ることを禁じられていた。だから、十分に広く感じられる。何より自由に感じられる。
「そう?よかった」
秋世の笑顔に、ルラは不信感を覚える。
「何で、私に優しくするんです?」
ルラの問いに、秋世は微笑みかける。
「何で、かしらね。強いて言うなら、昔の私みたいだったからかしら?」
秋世の今の性格からは考えられない発言に、ルラが聞く。
「昔の私みたい?」
ルラの言葉に、秋世が頷いた。
「ええ、そう、昔の私。清二さんに会う前の私みたいだった。だから、かな」
「清二さん?」
見知らぬ人物の名に、そう問うルラ。
「ええ、青葉清二さん。貴方の友達の、青葉王司君のお父さんよ」
その言葉で、ルラの興味が引かれる。興味津々と言ったように、秋世見た。その手のひら返しのような様子に、秋世は、失笑してしまいそうになりながら言う。
「昔の私は、沈んでいたと言うか、人見知りだったと言うか。まあ、そんなので、友人も居なかったのだけどね。清二さんのおかげで友人も交友関係も増え、今のようになったのよ」
その赤みがかった目は、優しい目をしていた。ルラは、それに安堵を覚えるのだった。