21話:星を見る者
紫苑は、勢いよく踏み込んで、《神双の蒼剣》をクロスするように振った。ゴィンと鈍い音を立て、凹む《危険知らせの盾》。先の攻撃で入った亀裂も相まって《危険知らせの盾》は、もうボロボロになっている。
「ハッ!」
それでも紫苑は攻撃を続ける。もはやシャーロンに戦意はない。盾を持って震えているだけである。
「七峰さん、ダメよ!それ以上攻撃する必要はないわ!」
されど紫苑は止まらない。もう、秋世の言葉など耳に入っていないようだ。
「ハァアッ!」
力の籠もった声。重い一撃がとうとう《危険知らせの盾》を割った。二つに分かたれた、その《聖盾》には、目もくれず、次の一撃をシャーロンへ向ける。
「危ないっ!」
秋世は、咄嗟に《銀朱の時》でシャーロンを自分の後ろに転移させる。
「止まって、七峰さんっ!」
秋世の呼びかけには答えない。もはや暴走している紫苑。そして、二本の剣撃が、秋世に向かう。思わず目を瞑る秋世。しかし、いつまで経っても秋世に攻撃は届かない。
「そこまでにしておきなさいな、お嬢さん」
目を開けた秋世の眼に、眩い金色が飛び込んできた。秋世がその金色をよく見る。それは髪の色だ。黄金の髪。顔は、目元を覆う面で分からない。銀色の細部に細かい花が描かれた面。艶美な笑みを浮かべる口元。そして、指先で紫苑の《神双の蒼剣》を止めていた。
「少しオイタが過ぎたかな?」
首筋に手刀を当て、紫苑の気を失わせた。その流れるような体捌きは、素人のものではない。相当鍛えられた、超人の類、もしくは、人ではない別の存在である。
「あ、貴方は……?」
秋世のかすれた声。
「私は、……そうだね。【流星を見上げる者】とでも名乗っておこうか」
スターゲイザー。星を見つめる者の意味を持つ。自らを【スターゲイザー】と称する女性は、秋世を見た。
「貴方は、天龍寺秋世お嬢さんかな?」
スターゲイザーの言葉に、秋世は、小さく頷いた。
「このお嬢さんは、少々厄介な力を持っているようだね。【蒼】の一族の力を。いずれ、封ずるか、御するか。どちらにせよ、このままでは危険すぎるよ」
スターゲイザーは笑う。
「剣帝の記憶は、魂に刻まれる、か。まさしく、かの剣帝・七峰蒼子の生き写し」
スターゲイザーの視線は、間違えなく紫苑を捕らえていた。スターゲイザーは、知っているのだ。七峰蒼子と言う、紫苑の知っているはずのない記憶のことを知っているのだ。魂の奥、血潮の中に眠る、七峰蒼子と言う人間の記憶、意思の存在を。
「そして、蒼子がいるのなら、蒼衣も……。蒼刃蒼衣も確実に存在しているはずだ。そして、その二つは確実に、出会うだろう。幾人の子らに流れた血が、巡り巡って、このようなことになったのかもしれないな」
蒼刃蒼衣。紫苑の見た記憶の断片に存在した青年。
「まあ、私には、関係のないことだが」
スターゲイザー。流星の観察者。星を見上げし者。そして、流れる世界の傍観者。彼女は、あらゆる歴史を紡ぐ吟遊詩人。もしくは、【神】の曲に目【醒】めた【存在】。
「それにしても、聖の育った環境を見に来ただけでこの有様とは、私はどこまで災難に好かれているのか……」
そんなことを呟きながら、足を進めていくスターゲイザー。
「次は、緋奏か、それともアデューネか……」
向かう先を決め、秋世の《銀朱の時》に似た淡い発光と共に、跡形もなく、そこに存在していなかったかのように姿を消した。
秋世は、その様子をただ、呆然と眺めていることしか出来なかった。




